ルーブル高の舞台裏はEUの米国離れ

ロシア通貨が年初来上昇率No.1。ドイツへのロシア産ガス供給拡大へ

2021年9月21日(火) アナリスト工房

世界の主な通貨のなかで今年これまで最も上昇しているのは、ロシア連邦の通貨ルーブル(下記)。石油・ガスのエネルギー輸出が盛んなロシアは2015年以降、貿易黒字額が世界第3位。輸出で稼ぐ力が通貨価値に大きく反映する為替市場では、ロシアルーブルへの評価がずいぶん高い。

市場が注目しているのは、ロシア産の天然ガスをレニングラード州からバルト海の海底経由でドイツまで運ぶ、全長1200kmにわたるパイプライン「ノルドストリーム2」。今月10日に完工したノルドストリーム2は、パイプの圧力試験や現地当局の正式承認を経て、年内の稼働開始を目指す。先行して2011年から稼働中の既存パイプライン「ノルドストリーム」と合わせ、本件によりロシアからドイツなどへのガス供給能力は年1100億立方メートルに倍増する見込み。

【GDP上位国通貨の年初来騰落率*)2021年】 9月17日時点


1. ロシアルーブル(RUB): 4.36%

2. 中国元(CNY): 3.84%

3. 英ポンド(GBP): 3.40%

4. 米ドル(USD): 2.87%

5. カナダドル(CAD): 2.55%

6. メキシコペソ(MXN):2.34%

7. インドルピー(INR): 2.29%

8. インドネシアルピア(IDR): 1.61%

9. ブラジルレアル(BRL): 1.01%

10.欧州ユーロ(EUR): ▲1.27%

11.豪ドル(AUD): ▲2.87%

12.スイスフラン(CHF): ▲2.32%

13.日本円(JPY): ▲3.38%

14.韓国ウォン(KRW): ▲4.92%

15.トルコリラ(TRY): ▲11.42%

利上げを機動的に繰り返しインフレ退治に励むロシアの金融政策も、市場では高く評価されている。インフレは通貨価値を損なう典型的な要因だからだ。今年のロシア中銀の政策金利の変更は、3月半ばに4.25%から4.5%への利上げから始まり、以降も消費者物価の上昇に追従し、9月10日にはなんと5回目の金利引き上げ(6.5%→6.75%)に踏み切った。年内にさらなる追加利上げが、場合によっては(今後のインフレ動向次第では)複数回実施される可能性も高い。

基軸通貨の番人(米連銀)が過度のインフレ状態が続いているにもかかわらず未だゼロ金利政策から脱却できないのは、利上げ継続中のロシア中銀とは全く対照的だ。もしもドルが基軸通貨でなければ、ロシアルーブルと米ドルの年初来上昇率の格差は上記よりもはるかに大きく開いていただろう。

▼米大統領の狙いどおり、ドイツがロシアへ走り、フランスは米国を去った

ロシアルーブル高の要因と取り巻く世界情勢のなかで地政学的に最も興味深いのは、ノルドストリーム2をきっかけに欧州とアメリカの溝が深まり、欧州の米国離れが本格化してきた実態である。


2019年12月、当時のトランプ米政権は安全保障上の口実(ロシアへのエネルギー依存拡大は危険)に基づき、ノルドストリーム2のプロジェクトに参加する欧州企業への制裁(米ドル建て資産へのアクセス禁止)に踏み切った。以降、独仏などの企業が参加を中断し工事が停滞した。

当時、ドイツのメルケル首相は「治外法権を伴う制裁の実施をけっして認めない!」、マース外相は「欧州のエネルギー政策を決めるのはアメリカでなく欧州だ!」と、アメリカへ露わに猛反発。米軍を欧州から撤退させたいトランプ政権は、ロシアへ走るEU中核国ドイツの意思をしっかり固めた。


21年5月、バイデン政権はノルドストリーム2の参加企業への制裁を解除し、以降の工事が急ピッチで進み、9月6日に最後のパイプが接続されてまもなくパイプライン全体が完成した。

翌週15日、米英豪3国軍事同盟「AUKUS」が唐突に発足したとき、オーストラリアは米英から原子力潜水艦8隻の導入することと引き換えに、フランス政府系企業に発注済みだった潜水艦を一方的に突然キャンセル。900億ドルの潜水艦開発プロジェクトを突然破棄されたフランス政府は直後、駐米大使と駐豪大使の召還を決定(9月17日発表)。アフガニスタンに続き欧州からも米軍を撤退させたいバイデン政権は、米軍の転進先(豪)を確保しながら、ドイツに次ぐEU主要国フランスをあえて激怒させアメリカから走り去るよう促したと見受けられる。


トランプとバイデンのアメリカが米欧の一枚岩を叩き割ったなか、EU主要2カ国の米国離れが本格化してきた。覆水盆に返らず。完成済みのガスパイプライン「ノルドストリーム2」は、アメリカとの軍事同盟を口実とした否定的な意見が後退したなか、ドイツやEUの当局による正式承認が得られ年末前後に稼働開始し、来年にはロシア産ガスのドイツなどへの供給が拡大してゆくと想定される。

ロシアがエネルギー輸出を大きく伸ばすとともに、通貨ルーブルの続伸が期待できそうだ。

アナリスト工房 2021年9月21日(火)記事

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*)年初来騰落率は、米ドルがBloombergドル指数(BBDXY)、それ以外の通貨がBloombergドル指数と各通貨の対ドルレートに基づく計算値。