日本勢の米国債ヘッジ為替が丸見え

米債利回り連動のドル円相場とともに、ネガティブなヘッジ差損が復活

2021年10月4日(月)アナリスト工房

米連銀が量的緩和で市場へ供給した資金の回収を急いでいる。実は、すでにQE4マネーの3割以上が回収済み。市場では、アメリカの金融商品のバブル崩壊と基軸通貨ドルのリセットへの懸念がずいぶん広まってしまった(投資マネー回収を急ぐ米連銀の皮算用、最新の数字は下の脚注*))。にもかかわらず、押し目買い好きの日本の投資家たちは、初夏まで慎重だった米国債投資を夏の終わりから再び活発化している。

8月最終週から9月第4週の日本勢は、海外の中長期債を計3兆9253億円買い越した(財務省 9月30日公表)。彼らが4週連続で買い越した主な中長期債は、もちろん発行残高が圧倒的No.1の米国債。結果、ドル円が米国債利回りに強く連動して決まる傾向がすっかり復活してしまった(図表)。

NY市場の日次終値(21年6月21日-10月1日)に基づく

6月下旬以降、米国債10年物利回りとドル円相場の相関係数の2乗を表す”R2乗値”がとても高水準(0.691)。なので、プロットを結ぶ近似直線の当てはまり度が十分に良好だ。その直線の傾き(5.331)によると、米10年債利回りが0.1%上昇すると為替がドル高・円安に53銭進む傾向がみてとれる。


米国債利回りとドル円相場の連動性が高いのは、投資対象の米国債の利回り変化に基づく価格変化に応じて、日本の投資家が為替ヘッジの金額を次々と増減させていくことによる。

米国債の価格が上昇(利回りが低下)したとき、日本勢が上昇後の米国債価格のもとでヘッジ状態を保つためにドル売り・円買いの為替ヘッジの金額を増やすことがドル安・円高の要因。逆に、米国債価格が下落したときは、為替ヘッジ金額減少(一部のドル買い戻し・円売り戻し)がドル高・円安の要因となる。

【日本勢の米国債投資の為替ヘッジと市場影響】 ヘッジ状態を保つのが基本


・米国債が利回り低下(価格上昇) →ヘッジのドル売りが増え円高へ

・米国債が利回り上昇(価格下落) →ドルが一部買い戻され円安へ


ただし、円高時のドル売りと円安時のドル買いが為替差損を招く仕組み

日本の機関投資家の為替ヘッジ操作がたいてい月1回だけ(大多数は月末)のなか、円相場が米国債利回りに連動する傾向に沿って為替レートを導くのは、先回りして素早く為替売買(円高進行前のドル売り、あるいは円安進行前のドル買い)を実行し為替差益を稼ぐヘッジファンドなど海外の投機筋。

一方で日本勢は、海外勢が導き形成した不利な水準での為替売買(円高進行後のドル売り、あるいは円安進行後のドル買い)を強いられ、為替差損を積み重ねるケースが目立つのが実情。例えば先週は、ドル円が一時112.08円と20年2月以来の円安水準に跳ね上がった9月末、ヘッジのドルを高く買わされた日本勢の差損が不当に膨らまされたと推察される。ネガティブな為替ヘッジを繰り返すジャパンマネーが、ヘッジ付き外債投資でプラスのリターンを確保するのは難しい。

▼日欧マネーが自虐的通貨安でドル防衛も、基軸通貨リセットは不可避

日本の投資家たちの米国債投資は、為替ヘッジ付きだけではない。6月以降の主流となった「オープン(為替ヘッジ無し)」も依然活発だ。

為替ヘッジ付き米国債投資の開始時は、ドル建ての米国債を購入するために投資資金の円をドルへ替える円売り・ドル買いがヘッジの円買い・ドル売りと互いに相殺されることから、為替市場への影響は生じない。一方、日本勢がオープン米国債投資を始めるときは、円の投資資金をドルへ替える円売り・ドル買いだけが生じることから、為替は円安・ドル高へ作用する。


大量のジャパンマネーが為替ヘッジ付きだけでなくオープンでも米国債を必死に買い支え続けるなか、為替市場の日本円はGDP上位国通貨の年初来騰落率ワースト3位とずいぶん弱い(下記)。

【GDP上位国通貨の年初来騰落率**)2021年】 10月1日時点


1. ロシアルーブル(RUB): 5.61%

2. 中国元(CNY): 4.99%

3. カナダドル(CAD): 4.29%

4. 米ドル(USD): 3.66%

5. 英ポンド(GBP): 2.72%

6. インドルピー(INR): 2.19%

7. インドネシアルピア(IDR): 1.79%

8. メキシコペソ(MXN): 0.95%

9. ブラジルレアル(BRL): 0.35%

10.スイスフラン(CHF): ▲1.45%

11.欧州ユーロ(EUR): ▲1.61%

12.豪ドル(AUD): ▲2.22%

13.日本円(JPY): ▲3.62%

14.韓国ウォン(KRW): ▲5.20%

15.トルコリラ(TRY): ▲12.94%

一方、年初来上昇率1位のルーブルの発行国ロシアは2018年、米国債保有高をわずか2カ月間でなんと84%激減させ(3月末:961億ドル→5月末:149億ドル)、米財務省の主要保有国リストから消え去った。アメリカの対ロ制裁を受けて米ドル資金口座へ自由にアクセスできなくなったロシアは、以後も米国債の売却処分をせっせと進めている。


上昇率2位の人民元(CNY)の中国は、今年7月の米国債保有高(1兆0683億ドル)が13年11月末に付けたピーク(1兆3167億ドル)に対し19%縮小。その間に米連邦政府の債務残高はなんと65%も膨らんだ(17.2兆ドル→28.4兆ドル)。今年8月の中国の対米貿易黒字は377億ドルと過去最高を更新(従来の最高は20年11月の374億ドルだった:中国貿易統計)。最大の貿易黒字国の稼ぎが米国債投資を通してアメリカへキャッシュバックされる「債券金融システム」の仕組みは、いまではほとんど機能していない。


中国に代わって米国債保有高首位に浮上したのは、貿易黒字ランキング31位(2020年)にすぎない日本。アメリカの重大なカントリーリスク(金融バブル崩壊、連邦政府デフォルト、基軸通貨リセットへの懸念)が緊迫化している逆風にもかかわらず、日本勢の集団的投資行動が自虐的な自国通貨安を引き起こしている。その点は、年初来上昇率が11位のユーロの欧州も、米国債保有高を顕著に伸ばしていることから、似たり寄ったりとみてとれる。


一方、来年2月の北京冬季五輪で中国のCBDC(中銀発行のデジタル通貨)が華やかにデビューしドル基軸性を脅かす懸念が強いなか、米ドルはとくに通貨価値を安定させる刷新を迫られているのが実情。「リバースレポ」の奇策を用いて市場からドル資金回収を進めている米連銀は、すでに通貨リセットのボタンを押してしまったと解釈できる。やれやれ・・・

アナリスト工房 2021年10月4日(月)記事

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*)米連銀は今年3月半ばから、市場参加者の金融機関から翌日物資金を借り入れるリバースレポ(O/N RRP)を毎日実施中。9月末のリバースレポは、3日連続で過去最高を更新した結果1兆6049億ドル。すでにQE4マネー4兆4376億ドル(うち米国債が3兆2081億、MBSが1兆1229億:9月29日時点)の約36%が回収された。

**)GDP上位国は2020年の上位19カ国で、うち欧州の5カ国(独、仏、伊、スペイン、オランダ)がユーロ圏。年初来騰落率は、米ドルがBBDXY(Bloombergドル指数)、それ以外の通貨がBBDXYと各通貨の対ドルレートに基づく計算値。