円急落の元凶は対米しがみつき投資

旺盛な米債投資に伴うドル買い・円売りが、日本円をワースト2に転落

2021年10月18日(月)アナリスト工房

目新しいニュースが乏しい先週金曜の日本時間の夕方、世界の主な15通貨のなかでなぜか日本円だけが、年初来安値を次々と更新しながら一方的に大きく売られる奇妙な展開を繰り広げた。その日のドル円は一時114.46円と、18年10月以来の円安水準。結果、日本円の年初来騰落率はなんとワースト2位まですっかり落ち込んでしまった(下記)。

資源・エネルギー価格がすっかり高騰したなかで円の急落は、日本企業の仕入れコスト急増に伴う採算悪化や日本人の暮らしを強く圧迫する過度の輸入物価高を招く危険が高い。いったい誰がどのような目的と理由で、米ドルに対し日本円を売り浴びせているのか?

【GDP上位国通貨の年初来騰落率*)2021年】 10月15日時点


1. ロシアルーブル(RUB): 7.99%

2. カナダドル(CAD): 6.48%

3. 中国元(CNY): 4.96%

4. 英ポンド(GBP): 4.10%

5. 米ドル(USD): 3.49%

6. インドネシアルピア(IDR): 3.30%

7. メキシコペソ(MXN): 1.39%

8. インドルピー(INR): 0.48%

9. 豪ドル(AUD): ▲0.18%

10.スイスフラン(CHF): ▲0.73%

11.ブラジルレアル(BRL): ▲1.57%

12.欧州ユーロ(EUR): ▲1.72%

13.韓国ウォン(KRW): ▲4.89%

14.日本円(JPY): ▲6.45%

15.トルコリラ(TRY): ▲16.85%

急速な円安要因の大きな材料が見当たらないなか、日本円を執拗に売り浴びせているのは、対外証券投資でアメリカの買い支えに励む日本の機関投資家たちと見受けられる。9月の日本勢は、海外の中長期債を4兆6341億円買い越した(日本の財務省が10月8日公表)。その前後を合わせ彼らが6週連続で(8月最終週から10月第2週に)必死に買いまくった主な中長期債は、もちろん発行高が圧倒的No.1の米国債(および米国債との価格連動性が高い債券)である。

結果、ドル円が米国債利回りに強く連動して決まる傾向が復活した後、さらなるドル高・円安水準へ突然跳ね上がった(図表)。

NY市場の日次終値(21年6月21日-10月15日)に基づき作成

ドル高・円安へ跳ね上がる前(図表の近似直線付近にある大多数のプロット)は、米国債利回りとドル円相場の連動性がとても高い。その理由は、投資対象の米国債の利回り変化に基づく価格変化に応じて、日本の投資家が為替ヘッジの金額を次々と増減させていくことによる。

米国債の価格が上昇(利回りが低下)したとき、日本勢が上昇後の米国債価格のもとでヘッジ状態を保つためにドル売り・円買いの為替ヘッジの金額を増やすことがドル安・円高の要因。逆に、米国債価格が下落したときは、為替ヘッジ金額減少(一部のドル買い戻し・円売り戻し)がドル高・円安の要因となる。(下記)。よって、ヘッジ付きでの米国債投資が活発なときのドル円は、米国債利回りとの連動性が極めて高い。

【日本勢の米国債投資の為替ヘッジと市場影響】 ヘッジ状態を保つのが基本


・米国債が利回り低下(価格上昇) →ヘッジのドル売りが増え円高へ

・米国債が利回り上昇(価格下落) →ドルが一部買い戻され円安へ

一方、オープン(ヘッジ無し)での米国債投資が活発化し始めたのは、アメリカ連邦政府債務の引き上げ法案(引き上げ額4800億ドル、期間12月3日まで)が上院に続き下院で可決した先週の12日。以降、引き上げ額だけでなく期間もごく限定的な一時しのぎにもかかわらず、米国債入札(10月12日:10年債380億ドル、13日:30年債240億ドル)が妙に好調だった。

結果、米国債相場の一時的安定とともに為替がドル高・円安方向へいきなり飛んだ(上の図表:近似直線からはるか上方のドル高水準のプロット4つが10月12-15日)。日本の投資家たちがアメリカの国債とともに基軸通貨を必死に買い支えている状況は、自虐的な手口が露わで見苦しい。

▼米政府預金の残高回復策、短期国債増発も年内のドル高・円安要因

もっと見苦しいのは、アメリカの政府預金「TGA(Treasury General Account)」の残高が依然ほぼ枯渇したままの実態だ。連邦政府の資金決済口座TGAの残高は、財政破たん懸念がすっかり広まったなか、政府の支払い能力が後いくらかでみたカントリーリスク指標としてよく活用されている。

TGAを管理する米財務省の最新の日報によると、先週10月14日のTGA残高はわずか465億ドル。昨年7月に記録した過去最高額(一時1兆8305億ドル)のたった2.5%にすぎない。TGA残高の推移(下の図表)を眺めると、今年9月末以降の実質破たん状態(一部の先への支払い停止)が相変わらず継続中とみてとれる。

TGAの預け先FRBの週報(B/Sのページ)に基づき作成

とにかくTGA残高を元の平残水準(3000〜4000億ドル)まで回復させる必要に迫られている米財務省は、今週から短期国債(40日物、13週間物、26週間物など)の発行をたっぷり増やしてゆく(Reverse QE Begins: Treasury To Drain $480 Billion Starting Monday)。

市場で短期資金を調達しその残高をしばらく増やし続ける米財務省の手法は、FRB(米連銀)が実施中のリバースレポ(市場の金融機関から翌日物資金の担保付き借入)の残高を次々と急増させ市場から大量の資金回収(すでにQE4マネーの約3分の1を回収済み)に励むのと同様。前のFRB議長だったイエレン長官の財務省は、FRBに続き資金回収を今週月曜からスタートする。


本来、アメリカが量的緩和を終え引き締めに転じるときは、テーパリング(量的緩和の段階的縮小・終了)の後、資金回収での引き締めを実施するのが金融政策の基本。なのに、来月以降始まる予定のテーパリングに先立ち、今年3月からのリバースレポに加え今週からは短期国債が大増発され、大規模引き締めが一段と本格化する。

ひとまず、国債での短期調達資金が政府口座TGAを然るべき残高(3000〜4000億ドル)に積み上げる過程では、ドル円が115円程度を中心に高水準で推移するだろう。


なお、アメリカの超大規模な資金回収(すでにQE4マネーの約3分の1がリバースレポにより回収済み)は、新ドル切り替えのための「通貨リセット」へのプロセスと推察される。市場では、22年2月の北京冬季五輪で中国のCBDC(中銀発行のデジタル通貨)が華やかにデビューし、ドル基軸性を脅かす懸念が強い。中国元CBDCへの対抗上、米ドルはとくに通貨価値を安定させる刷新(いまのドルから新ドルへの切り替え)を迫られているのが実情。

アメリカの新たな通貨制度のもとで、いまのドルが一体どれだけの新ドルに替えられるのか全く予想できないなか、誰かさんたちのように大量のドル買いポジションを来年以降もしばらく続ける戦略は絶対に避けたい!

アナリスト工房 2021年10月18日(月)記事

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*)GDP上位国は2020年の上位19カ国で、うち欧州の5カ国(独、仏、伊、スペイン、オランダ)がユーロ圏。年初来騰落率は、米ドルがBBDXY(Bloombergドル指数)、それ以外の通貨がBBDXYと各通貨の対ドルレート基づく計算値。