自虐的な円安とロシア産ガス価格高騰

米10年債利回りが3.4%台に上昇すると、21世紀の日本円最安値更新か?

2022年6月6日(月)アナリスト工房

今月1日からアメリカの量的引き締めQT(米連銀FRBが過去の量的緩和QEで買い取った米国債とモーゲージ債MBSを満期継続停止あるいは売却することにより、市場からQEマネーを回収する引き締め策)が月475億ドルのペースで始まった。来週15日に満期を迎える米国債149億ドルの継続停止に伴うドル資金回収を皮切りに、厳しい引き締めが本格化してゆく。

市場では、情け容赦ないFRBの引き締め策QTの悪影響が懸念され、先週の米国債10年物の利回りは一時2.986%まで早くもじわじわと上昇(価格は下落)。米国債利回りとの連動性が極めて高いドル円は、先週末には一時130.98円までドル高円安が進んだ(図表)。なお、米国債とともに日本円が価格急落する自虐的仕組みをつくったのは、日本の機関投資家たちの為替ヘッジ付き米債投資である(*)。

NY市場終値に基づき作成

今週以降のドル円は、もしも米債利回りのさらなる上昇とともに4月に付けた131.35円(02年4月以来の円安水準)を急速に突破した場合には、今世紀の最円安水準135.16円(02年1月)を早くも試す展開が想定される。上図の近似直線によると、米国債10年物の利回りが3.41%まで上昇したとき、ドル円が21世紀の円最安値を更新する見込み。

急激かつ過度の円安は、輸入物価(とくに原油、ガスなどエネルギー)の跳ね上がりを通して、過度のインフレを日本へ招く恐れが強い。

▼EUには過度のインフレ直撃。上昇率首位のルーブルは金連動も依然好調!

ロシアのウクライナ侵攻後の世界的なエネルギー価格高騰の舞台裏では、対ロ制裁に踏み切ったはずのEU(欧州連合)の独仏をはじめ大多数の国々は、天然ガス輸出首位のロシア以外の国(米国、カタールなど)からのガス安定調達が実際には困難な現実に直面したため、ロシア産ガスの購入を高騰後の理不尽な価格で続けてゆくしか選択肢がない。


EU勢のロシアへのガス代金の支払通貨は、従来が主にユーロだったが、いまではロシアの要求どおりルーブルと化している。ガスをロシアに依存するしかないEU勢は、複数の通貨(例えばユーロとルーブル)で入出金できる「マルチカレンシー口座」を銀行に開設し、ロシアへのガス代をユーロで入金しルーブルで出金のうえ支払う仕組みを急いで完備。

結果、対ロ制裁のなかユーロへのアクセスがままならないのを好機に、ロシアは高騰したガス輸出代金を自国通貨ルーブルでたっぷり受領できるようになった。一方、跳ね上がったガス輸入代金を支払うEUの対ロ制裁は、ロシアでなく自らを厳しく懲らしめる制裁内容と化している。


為替市場では、マルチカレンシー口座でのユーロ売りルーブル買いを担う銀行のヘッジ取引(同様にユーロ売りルーブル買い)が激増し、5月下旬のルーブルの対ユーロレートは一時7年ぶりのユーロ安ルーブル高水準まで著しく急伸。そのとき、ルーブルの対米ドルレートは一時1ドル=55.3083ルーブルと、18年2月以来のドル安ルーブル高水準。結果、足元のロシアルーブルは、GDP上位諸国の通貨のなかで年初来上昇率No.1と絶好調(2位はブラジルレアル、3位はメキシコペソ:6月3日時点)。


なお、ロシア中銀が3月下旬に金融機関から金1グラムあたり5000ルーブルの固定価格で金買い取ることにより、通貨価値を裏付ける金準備をさらに充実させながら本格化させた金本位推進も依然好調。

ルーブル通貨の番人は、当初の目標(金1グラムあたり5000ルーブル)を2週間保ち通貨の安定性を取り戻した後、4月下旬からよりルーブル高の目標水準(金1グラムあたり4000ルーブル)を保つトライアルを実施中と見受けられる。その途中5月下旬には、一時さらに高い目標(金1グラムあたり3500ルーブル)に挑んだ積極姿勢がみてとれる(図表)。

モスクワUSD/RUB翌日物とNY金先物中心限月の終値に基づき作成

ロシア中銀は、引き続きさまざまな市場環境で金連動のトライアルを重ねながら、金1グラムあたりのルーブル固定価格の落とし所を見出してゆくだろう。


一方、米国債保有高No.1の日本は、自虐的な為替ヘッジ付き米債投資が深刻な円安を招いた(上記)。アメリカに協力し対ロ制裁に踏み切った欧州は、エネルギー価格高騰などにより過度のインフレ状態(中核国ドイツの5月の消費者物価指数は前年同月比7.9%上昇)。世界各地から米軍が退く動きに続いてグローバル市場からQE4マネーの回収が本格化するなか、サッサと世界から去りたいアメリカは日欧に過酷な負担を強いながら対米依存をやめ自立するよう強く促しているのかもしれません。

アナリスト工房 2022年6月6日(月)記事

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*)米10年債利回りとドル円は、R2乗値(相関係数の2乗)が極めて高水準であることから、相場連動性がものすごく高い(最初の図表)。その理由は、投資対象の米債の利回り変化に基づく価格変化に応じて、日本の機関投資家(金融機関、保険会社など)が為替ヘッジの金額を次のとおり忠実に増減させていくことによる。


・米国債が利回り低下(価格上昇)したときは、ヘッジのドル売りが増え円高へ

・米国債が利回り上昇(価格下落) したときは、ドルが一部買い戻され円安へ

→円高時のドル売りと円安時のドル買いが、為替差損を積む自虐的仕組み


日本勢の集団的投資行動が招いた自虐的な仕組み(米国債利回り連動型のドル円相場)による”利回りマイナス”の被害が相変わらず続出中。足元ではヘッジ付きでの米債新規投資を減らす(あるいは控える)動きはあちこちで観察されているが、ヘッジ付き米債投資残高の減少ペースはじれったいほどゆっくりなのが実態。