対ロ制裁が招いたEU発インフレ急加速
”パリティ割れ”のユーロの舞台裏は、完工後に放置中の新ガスパイプライン
2022年8月23日(火)アナリスト工房
2022年8月24日(水)最終段落を加筆修正
先週は、欧州発のエネルギー価格高騰に伴い、過度のインフレがますます悪化してゆくとの懸念が急速に世界へ広まった。19日公表された7月のドイツPPI(生産者物価指数)は、なんと前年同月比37.2%上昇と、1949年の統計開始以来最も高いインフレ水準。
危険領域に達した独インフレとほぼ同時に広まった最悪のニュースは、ドイツなどEU(欧州連合)に天然ガスを供給するロシア国営ガスプロム社が、タービンの保守作業を理由に、ガスパイプライン「ノルドストリーム1」でのEUへのガス供給を8月31日から9月2日までの3日間すべて停止すること(同社が19日公表)。
結果、欧州の天然ガス先物価格の指標(オランダTTF)は、ガス供給減少に歯止めが掛からないなか過去最高をまたまた更新し、1年前のなんと約6倍の水準に跳ね上がった(図表)。
昨年9月、ノルドストリーム1と同様にロシア産ガスをレニングラード州からバルト海の海底を経てドイツまで運ぶ、全長1200kmにわたるパイプライン「ノルドストリーム2」が完工した。本来であれば、ノルドストリーム2によりロシアからドイツなどへのガス供給能力は年1100億立方メートルへ倍増する予定だった。並行するノルドストリーム1が上記タービンの保守作業などにより停止したときの問題は、ノルドストリーム2の稼働を上げることにより、容易に解決できるはずだった。
ところが今年2月、ウクライナ東部の州だったドネツクとルガンスクが共和国として独立し、駆け込んだ先のロシアが独立承認したことを口実に、ドイツのショルツ首相はノルドストリーム2の承認審査を停止し、現在に至る。
他のウクライナの州(南部のオデッサとミコラエフ、北東部のハリコフ など)でも独立への機運が高まるなか、ノルドストリーム2の承認審査再開は期待薄。かつてドイツの強みだった合理的思考に基づく判断力は、いまでは残念ながら見る影もない。
今週初22日の為替市場では、欧州のエネルギー価格高騰が中核国ドイツを中心にインフレ悪化を加速させるとの懸念が強まり、ユーロの対ドルレートは一時「1ユーロ=0.9926ドル」まで急落し、02年12月以来のユーロ安水準。
すでにユーロは”パリティ割れ(1ユーロあたり1ドル未満)”の状態だが、EU中核国のドイツがノルドストリーム2の承認審査を再開する前向き姿勢に転じない限り、ユーロの亀裂と過度のインフレは急激に悪化し続けてゆく危険が高い。
▼跳ね上がったガス代金は、欧州勢がルーブル払い。ユーロ売りが激増
欧州のインフレがひどく深刻化している根本的な原因は、アメリカの意向に従ったEUの対ロ制裁がロシアでなく自らを制裁する内容と化してしまった失態である。独仏をはじめ大多数のEU諸国は、天然ガス輸出首位のロシア以外の国々(米国、カタールなど)からのガス安定調達が困難な現実のなか、いまもロシア産ガスの購入を高騰後の価格で継続中。
EU勢のロシアへのガス代金支払は、ロシアのウクライナ侵攻直後まで主にユーロだったが、いまではロシアの要求どおりすっかりルーブルと化している。ガスをロシアに依存するしかないEU勢は、複数の通貨(ユーロとルーブル)で入出金できる「マルチカレンシー口座」を銀行に開設し、ロシアへルーブルで支払うガス代をユーロで入金する仕組みを速やかに完備した。
「一極集中の世界秩序の時代は終わった。(中略)価値を失った米ドルや欧州ユーロ建てでは、商品を売りたくない。見かけ倒しで幻の世界経済は、真の価値をもつ実物資産に裏付けられた経済に置き換わってゆく」
プーチン露大統領(Jun 17th 2022)ペテルブルグ世界経済フォーラム
結果、市場ではマルチカレンシー口座を管理する銀行の為替ヘッジ(銀行がロシアへ支払うルーブルを買い、EU勢から受け取ったユーロを売る取引)が激増。対ドルレートの年初来騰落率は、買われているルーブルが24.7%上昇に対し、売られているユーロが12.6%下落と低迷(8月22日時点)。
EUの対ロ制裁をきっかけに、プーチン大統領のロシアから三行半を告げられた欧州の共通通貨は、通貨価値低迷に伴う過度のインフレを退治するために、「真の価値をもつ実物資産」で価値を裏付ける課題を突きつけられている。通貨制度の改革(ペーパーマネー制→金本位制)を要する重い課題がクリアできない限り、欧州勢のロシア産ガス購入に伴う大量のユーロ売りはしばらく続くだろう。
アナリスト工房 2022年8月23日(火)記事