米同盟国の通貨と国債はつらいよ

日本の米ドル売り介入は、実はとても上手。英国売り浴びせは完璧な自滅策

2022年10月3日(月)アナリスト工房

最近の為替・債券市場の状況は、まるで”モグラ叩きゲーム”のようだ。アメリカの同盟国(とくに日英)の通貨や国債が次々と市場で叩かれている。


米ドル基軸の国際通貨制度が中ロ勢の金本位導入への構えに脅かされ始めた3月以降、不思議なことにドルでなく日本円が急速に売り浴びせられた。理不尽な円売りに堪忍袋の緒が切れた日本の通貨当局(財務省と日銀:*)は先月22日、2兆8382億円(200億ドル)と史上最大規模のドル売り・円買い介入を実施し、1ドルあたり一時145.90円と1998年8月以来の円安水準まで落ち込んでいた円相場を140.36円まで大きく円高方向へ是正した。


日本の通貨当局が為替市場で売った外貨の米ドルは、主に外貨準備の米国債を売って得たドル資金を為替取引の相手へ支払うことにより、資金決済される。ドル売り介入は、その規模と同額(今回は200億ドル)の米国債売却を伴うことから、アメリカの通貨だけでなく国債の需給も悪化させ、ドル安および米国債安の要因となるはず。

史上最大のドル売り・円買い介入の翌週26日、理不尽で投機的な円売り浴びせを憂慮する鈴木財務大臣は、追加介入も辞さない強い姿勢を明確に示した。

「投機筋の動きを強く憂慮している。今後も必要に応じて対応を取るという考えに変更はない」

鈴木財務大臣(Sep 26th 2022)閣議後の記者会見(翌週も同様の発言:**)

しかし直後、投機筋の主な矛先は、再び不思議なことにアメリカでなくイギリスの通貨および国債へ向かった


26日のアジア市場では、英ポンドがフラッシュクラッシュ(薄商いのなか瞬間的暴落)を伴いながら、1ポンドあたり1.0350ドルまで史上最安値を更新した。

英10年債利回りが跳ね上がり続けて7日めの9月28日には、年金負債の3倍規模のレバレッジ運用に励むイギリスの年金基金勢が、英国債の先物などデイバティブ取引で巨額の追加証拠金の差し入れを迫られた。年金制度救済のために同日、英中銀BOEは英国債を無制限に買い取る量的緩和を始めた(10月14日まで毎日続ける予定)。10月3日予定だった量的引き締めの開始は10月末に延期された。緩和と引き締めが同時にスケジュールされる金融政策は、とても迷走的ですね。


そもそも、トラス英政権の5年間で1610億ポンド規模の大型減税策(9月23日公表)は、その財源をまかなう英国債が価格崩壊(利回り高騰)への危機のなか、実現には大きな無理がある。とんでもない上記無理(レバレッジ3倍の危険な年金運用、引き締め直前の緩和開始による金融政策迷走)と併せて、イギリスは官民共同で用意周到に準備した自滅策を一気に本格化し始めたと見受けられる。自滅的な彼らの狙いどおり、英国破たんは時間の問題と化してしまった。やれやれ…

▼アメリカ依存脱却を強く迫る、ユーロ圏の深刻なインフレと通貨パリティ割れ

英ポンドが史上最安値をつけた9月26日、EU(欧州連合)の共通通貨ユーロは、1ユーロあたり一時0.9554ドルと02年6月以来の安値を付けた。ユーロ急落の最大の原因は、ウクライナを侵攻したロシアへの制裁がEUに深刻なインフレを招いた”自虐的制裁”と化している実態だ。

ロシア以外からのガス追加調達がままならずロシア産ガスに依存するしかないEUは、制裁に伴い跳ね上がったガス代をロシアの要求どおりルーブルで支払うために、ユーロ売り・ルーブル買いの為替取引を大量に行なってきた。8月のドイツの生産者物価指数は、前年同月に対しなんと45.8%高騰(9月20日公表)。

【主要5通貨とルーブルの年初来騰落率(対米ドル)】 9月末時点


・ロシアルーブル:27.7%、米ドル:0.00%、中国元:▲10.7%

・欧州ユーロ:▲13.8%、英ポンド:▲17.5%、日本円:▲20.5%

パリティ割れ(1ユーロあたり1ドル未満の状態)のユーロが価値を取り戻すためには、8月末から停止中の主力のガスパイプライン「ノルドストリーム」を復旧させ、ロシア産ガスの本格輸入を再開することにより、過度のインフレを退治してゆく必要がある。


9月26日、ノルドストリームが爆破され一部損傷を被った。その場所は、米諜報機関が管轄するデンマークとスウェーデンの沖4カ所。覇権国の地位をサッサと降りたいアメリカは、その前に同盟国の筆頭EUを突き放し対米従属をやめさせようと、同盟国を叩く”モグラ叩きゲーム”に参加し始めたと推察される。欧州をEUとロシアに任せ、アメリカは世界から去ってゆく。そんな哀愁の場面から、「西側覇権の崩壊」はすでに始まったかもしれない。

「ドネツク、ルガンスク、ザポロジエ、ヘルソンの皆さんが、ロシアの歴史的な統一回復に賛成の声を上げてくれた。皆さんは永遠にロシア国民です。われわれは、あらゆる力と手段を駆使して国土を防衛し、国民の安全を確保する。(中略)始まった西側覇権の崩壊は取り返しがつかず、西側が以前の状態に戻ることは決してない。歴史と運命が呼び寄せた戦場は、偉大な歴史をもつロシアおよびわれわれ国民のための戦場である」

プーチン露大統領(Sep 30th 2022)クレムリンでの演説

幸い、並行する2本のパイプラインのうち、完工後未使用のノルドストリーム2は損傷が比較的軽く済み、10月1日にガス漏れが止まった。従来利用してきたノルドストリーム1と同じガス供給能力(年550億立方メートル)をもつこの新パイプラインを稼働すれば、EU諸国のインフレは収束し、共通通貨ユーロは反発に転じる可能性が高い。

アナリスト工房 2022年10月3日(月)記事

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*)日本の為替介入は財務省が決定し、その指示のもとで日銀が市場業務を実施する。

**)「投機的な動きを背景にした急激な動きがあるときは、断固とした対応を取ることが必要だ。今後とも為替の動向には十分に注意をしながら、必要があれば必要な措置を取っていく」

鈴木財務大臣(Oct 3rd 2022)マニラでのアジア開銀総会後の記者会見