想定為替レート2018年度 105円主流

トランプ貿易戦争に伴うドル安への懸念のなか、最後まで予断を許さず

2018年5月14日(月)アナリスト工房

毎年5月半ばまでの3週間は、3月を年度末とする日本企業の決算発表ラッシュ。上場各社の前年度の本決算とともに今年度の業績予想が公表されます。なかでも外貨建ての売上が多い輸出企業(自動車、電機、部材など)の業績は為替に大きく依存することから、その予想と同時に注目されるのは前提とした"想定為替レート”です。

企業の業績予想は、貿易や海外子会社の外貨建て売上・利益の予想額を円へ換算のうえ、国内取引などの円建て売上・利益の予想額と合算し作成します。そのとき外貨建ての予想額を円へ引き直すのに用いるのが、今年度の平均為替相場として各社が独自に見積もった想定為替レートです。

想定為替レートの見積もりは、決算発表の数週間前の市場の為替相場を重視し、ネガティブな"業績予想の下方修正"をなるべく避けるために保守的な円高水準で定めるケースが多い。GW休暇を考慮すると、社内調整しながら業績予想の策定と情報開示の準備を行うためには、4月半ばまでにそのレート水準を決める必要があります。

▼輸出企業の主流派は、4月前半のドル107円のとき2円保守的に想定か

過去5年間(2013〜2017年度)における輸出企業の想定為替レートの主流は、決算発表が本格化する2週間前の為替市場の実勢に基づき、その水準よりも円高方向へ平均3円保守的に見積もられていたと推測されます(*)。

今2018年度(18年4月〜19年3月)の輸出企業の想定為替レートは、4月12日の市場実勢107円よりも2円保守的な105円がドルの主流です(図表)。

貿易黒字国へ不均衡是正を迫るトランプ貿易戦争(対米貿易戦争は1980年代と同様にドル安要因)のなか、中国の米国債投資減らしでの反撃と人民元建て原油取引開始による”ドル外し"への懸念をきっかけに、前年度末の3月のドルは一時104.56円まで急落しました。

一方で翌4月は、日本の生保などの外債投資が、過去2年間の失敗に懲りず再び活発化。中国に代わり日本勢が米国債などを買い支えた結果、わが国の海外中長期債の買い越し額は、年度はじめの月としてはなんと2007年以降の最大です。

ジャパンマネーの外債投資での円売り・ドル買いによりドルが107円まで反発した4月の段階で、輸出企業の主流派の想定為替レート105円が2円保守的に最終決定されたと推察されます。ドルの上昇トレンドの影響を踏まえた主流派の保守度2円は、過去5年間の平均(3円)および昨年度(4円)よりも小さい。

▼米国債の需給悪化と対米貿易不均衡の是正が、長期のドル安リスク

わが国の輸出企業の縮図をイメージして選んだ図表の12社の昨年度は、円安・ドル高の追い風を受けて、全体では営業利益がその前の年度に対し16.4%増益。為替要因が増益額の61%を占めています。

一方で今年度の12社全体は、円高・ドル安の逆風(ドルは前年度市場平均が108円に対し今年度想定が100〜107円)を前提に、営業利益が前年度比4.9%減益と業績伸び悩む見通し(図表)

足元5月のドルは109円台を中心に推移しており、今年度の輸出企業にはいまのところ為替の追い風が吹いています。とはいえ、上記3月のドル安要因(トランプ貿易戦争、米国債の需給悪化、中国原油市場でのドル外し)はいまも解消していません。

とくに米中の貿易と国債投資をめぐる争いは、アメリカの関税引き上げおよび中国の米国債投資マネーを一部アメリカからの輸入拡大へ振り向け、不均衡是正へ対処し解決する可能性が高い。その場合、米国債は中国勢の売却に伴い需給悪化し、その通貨ドルは米国債とともに価格下落していくでしょう。

日米の貿易戦争もドル安への要因です。1985年にレーガン政権(1981-1989)はドル安への修正を日・独・英・仏に了承させ(プラザ合意)、ドルは82年10月の高値278.50円から88年1月の安値120.45円までなんと57%暴落しました。

アメリカの関税引き上げや通貨切り下げを通じて対日中の貿易不均衡が是正される場合には、日本はアメリカへの製品輸出だけでなく(製品をつくるための部材を日本に依存している)中国への部材輸出も落ち込む可能性が高い。わが国の輸出企業にとって対米貿易戦争は、輸出取引のドル安での採算悪化だけでなく米中向けの販売数量減少にも作用する危険があるのです。

為替と荷の動きを揺るがす貿易戦争の動向は、終戦まで予断を許さない。

アナリスト工房 2018年5月14日(月)記事

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*)輸出企業の想定為替レートの主流(2013〜2017年度)は、次のように決算発表が本格化する2週間前の市場実勢よりも平均3円保守的な円高水準。

・2013年度:90〜95円(←4月11日の市場実勢100円)

・2014年度:100円(←4月11日の市場実勢102円)

・2015年度:115〜120円(←4月10日の市場実勢121円)

・2016年度:110円(←4月11日の市場実勢108円)

・2017年度:105円(←4月12日の市場実勢109円)

なお、2016年の想定為替レートが挑戦的な円安水準なのは、会社の持続的成長と企業価値向上への指針を定めた「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針:2015年6月適用開始)」の適用直後の悪影響を受けて、会社が市場参加者をがっかりさせる業績予想を打ち出しづらかったためと推察されます。