西も東もみんな"為替操作国"

操作の草分け国アメリカが日中の"通貨安誘導"を非難する狙いは?

2017年2月10日(金)アナリスト工房

(2017年2月12日(日)脚注追加)

産業競争力をテコ入れしたり対外債務を軽減するために、国が為替水準を不公正に動かすことを”為替操作"といいます。その手段は、量的緩和(中央銀行が国債など金融商品を買い取り市場へ資金供給する緩和策)、自国通貨売り・外貨買いの為替介入の2つ。

1.対日交渉を有利に進め、設備投資とインフラ建設のお金を引っ張りたい

まず、リーマンショック後の量的緩和は、アメリカ(2008〜2014)が口火を切り、日本(2008〜)、欧州ユーロ圏(2014〜)が追従しました。この緩和策の別名は”プリントマネー"。すべての主要先進国が、お金のプリントに伴う1通貨(1ドル、1円、1ユーロ)あたりの価値低下を通じて、次々と為替を自国通貨安に導いたのです。

なかでも、いちばん長期にわたり量的緩和を続けている日本は、国債発行残高のなんと41%も中央銀行が保有する異常事態(2016年末時点)今年後半には国債市場での売り物が尽き、日銀の緩和が限界を迎える見込み。4月から緩和規模を縮小予定のユーロ圏に続き、わが国も出口(緩和の縮小・撤退)へ向かうとの市場観測が強い。

ところがアメリカのトランプ新大統領は、中国だけでなく日本の為替操作についても、名指しで非難しています(下記)。量的緩和の元祖アメリカが、その緩和策を「自国通貨安に誘導」すなわち為替操作とみなし、しかも緩和終了間近にもかかわらず文句をたれているのはなぜか?

「他の国々は通貨切り下げにより持ちこたえている。中国が何をしでかしているのか、日本が長年にわたり何をしてきたのかにご注目。彼らは金融市場を操作し、自国通貨安に誘導している。一方、われわれはいま何もせずここに座っているのが現状だ」

トランプ米大統領(Jan.31:製薬業界トップ達との会合での発言)

いまになってアメリカがわが国を為替操作国よばわりする背景には、「政治権力を首都ワシントンから国民の皆さんへ返上する」との大統領就任演説ではじまったトランプ新政権が、まるで主権の担い手を変える革命政権のように振る舞い、過去の政権の施政方針・政策を受け継がず否定していることがあります。

アメリカの政権は、かつて積極的に受け入れていた不法移民を断固拒否・排除の姿勢へ転じるとともに、国益だった強いドルを一転して国損とみなすようになりました。

なぜなら、新政権が掲げる"アメリカ第1主義"の目的は、製造業の国内回帰と社会インフラの整備でもって、雇用統計に反映されない長期失業者が大勢いるアメリカ人の復職。国内でのアメリカ人によるモノづくりのためには、彼らの職を奪う不法移民を拒否・排除するとともに、弱いドルでコスト競争力をつけることが国益なのです。

米国製品が貿易黒字国(日本、中国、ドイツなど)のモノと同じコスト競争力を確保するためには、ドルは円に対し36%、人民元に対し44%、ユーロに対し20%も切り下がる必要があります(英エコノミスト誌Jan 20th 2017号の購買力平価に基づく)。

その前に、黒字国が基軸通貨ドルに対しさらなる自国通貨安(円安、人民元安、ユーロ安など)へ誘導しないよう釘を刺しておくことが、今般のトランプ米大統領の為替操作発言(上記)の狙いと見受けられます。

日本の量的緩和は物価上昇を促すことが建前上の目的とはいえ、その手段が輸入物価の上昇を引き起こすプリントマネーに伴う円安誘導。円安への為替操作の疑いを晴らすのが難しいわが国は、黒字額の一部を(企業の設備投資、年金基金の投資でもって)アメリカでの設備投資、インフラ投資に振り向けてしまう可能性が高い(下記)。

「昔は最高水準だったアメリカの空港は、いまでは最低だ。航空システムも鉄道も時代遅れとなり、道路の状態は悪い。われわれはこのような現状をすべて変える!(中略)高速鉄道は、中国と日本には各地にあるが、アメリカにはない。(中略)お金は私が引っ張ってくるので、心配ご無用

トランプ米大統領(Feb.9:航空業界トップ達との会合での発言)

2.人民元の超割安状態を解消させ、巨額の対中貿易赤字を是正したい

一方で為替介入は、人民元の為替水準をきめ細かくコントロールしている中国の常套手段です。中国の最大の貿易相手はアメリカ。リーマンショックに続くアメリカの量的緩和に伴いドルが円などに対し著しく急落するなか、PBOC(中国中銀)は大規模な元売り・ドル買い介入を続け、対米輸出でのコスト競争力をしっかり維持しました。

このとき元の対ドル為替レートが2年近くもほぼ一定で推移した影響により、いまも購買力平価に基づくと元は主要国の通貨のなかで実はいちばん割安なのです(上記)。しかも、アメリカの貿易赤字額に占める割合は、日本・ドイツがともにわずか9%に対し、中国がなんと47%(2016年)。”為替操作"の最大の問題は中国なのです。

ところが、輸出額が伸び悩んでいる中国は、いまなお輸出テコ入れのために緩やかな元安志向。貿易赤字削減とドル安を望むアメリカに対し、売られた喧嘩を買う(貿易戦争と通貨安競争に挑む)と想定されます。そのとき、トランプ政権が「伝家の宝刀を抜く(政府債務減免に踏み切るなどしてドルを切り下げる)」かどうかが最大の注目点です(*)。

アナリスト工房 2017年2月10日(金)記事

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*)「私は長期にわたり(中国などの)通貨切り下げに不満を表明してきた。われわれは早急にフェアな競争の場を確保する。フェアにすることが、同じ条件で対等に貿易などを競う唯一の手段だからだ。その実現に向けて、われわれはわが国のために懸命に取り組んでいきたい」

トランプ米大統領(Feb.10:日米首脳会談の記者会見での回答)

上記トランプ発言の「早急にフェアな競争の場を確保する」には、日中欧の"通貨切り下げ"により割高となっているドルの水準を速やかに是正する強い意志がみてとれます。やはり、トランプ政権は伝家の宝刀を抜く可能性が高い。