ドル離れを促すトランプ貿易戦争
米政権の狙いどおり、黒字諸国はドルを外し自国通貨での貿易拡大へ
2018年9月19日(水)アナリスト工房
歴史は繰り返すとはいえ、過去とまったく同じ歴史場面が忠実に再現するわけではありません。過去の過ちを繰り返さないためには、いまと過去の違いをしっかりつかみ対処することが大切です。いま進行中の似て非なる経済史は、今月30年ぶりに開戦した日米貿易戦争。ついにアメリカは"トランプ貿易戦争"の対日宣戦を布告してきました。
まず、6月の日米首脳会談でトランプ米大統領は、1941年の真珠湾攻撃のときのように、いまの日本が周辺国ともっと戦うべきだと自主防衛の必要を説きました。しかし、日米安保での対米従属にこだわるいまの日本には、主体的に戦う気力がみられません。
そこでトランプ氏は、9月1日、軍事防衛をアメリカに依存しながら対米貿易黒字を稼ぐ日本などの友好国からモノを買う必要なしと怒りの発言(下記)。
「われわれは、ひどい貿易協定と安保ただ乗りの友好国からは、モノを買ってやる必要はない!」
トランプ米大統領(Sep 1st 2018)Twitterr
それでもなお日本の反応が鈍かったためか、トランプ氏は翌週6日の米WSJ誌を通して「(貿易不均衡の是正のためにアメリカへ)日本がどれだけの代償を払う必要があるかを伝えれば、(日本の首脳との良好な)関係はすぐに終わるだろう」と世界中へ公に通知し、事実上の日米貿易戦争の開戦に踏み切ったと見受けられます。
"安保ただ乗り"を口実にアメリカが日本へ貿易不均衡の是正を強く迫る場面は、1980年代の中曽根・レーガン政権の日米貿易戦争ととてもよく似ていますね。しかし21世紀のトランプ政権は、安保ただ乗りを言い張る本当の狙いと不均衡是正のための為替への姿勢が、前世紀のレーガン政権とは実はまったく正反対です(後述)。
アメリカの産業空洞化と中流層消滅を招き失敗に終わったレーガノミクスの過ちを繰り返さないよう、歴史の教訓を踏まえ再び開戦したトランプ貿易戦争の本当の狙いと次の展開は?また、宣戦布告された日本など貿易黒字の国々はどのように対処すればよいのでしょうか?
▼製造拠点と正規雇用を国内回帰させたいトランプ政権はドル安志向
まず、日本の"安保ただ乗り”が日米貿易戦争の口実となったのは、ソ連の脅威を声高に唱えていた1980年代が対ソ脅威に備え日米の結束を促す目的に対し、ソ連崩壊後のいまは米軍の東アジア撤退への布石とみてとれます。
2011年からデフォルト騒動を繰り返し深刻な財政赤字に対処しなければならない米政権は、トランプ大統領が米軍撤退の意向を何度も表明している中東と欧州と同様に、東アジアをいまの軍事覇権国ロシアへ任せ米軍を撤退させたい。
2018年6月の米朝首脳会談では、「朝鮮半島の完全な非核化」が共同声明に盛り込まれました。韓国も含む朝鮮半島全体を非核化するためには、核兵器をもつ在韓米軍は.半島から撤退する必要があります。すると、朝鮮半島の有事に備える役割がなくなる在日米軍は、おのずと縮小・撤退していくでしょう。
上記共同声明には、東アジアから米軍を撤退させるトランプ政権の意志がさりげなく織り込まれているのです。
また、2014年から貿易黒字国が対米貿易での稼ぎをキャッシュバックする米国債投資が伸び悩んでおり、深刻な米財政赤字をまかなうのが厳しくなってきました。そこで.トランプ政権は、米国内への資金還流が不十分となり意義が薄れた巨額の貿易赤字を是正しようと、黒字諸国に対し貿易戦争を仕掛けています。
貿易赤字を是正するためには、関税上乗せなどによる輸入制限だけでなく、輸入に依存しているモノを新たに国内で生産できる体制づくりが大切です。
しかし1980年代のレーガン政権は、高金利政策のもと82年のドル急騰(一時1ドル=278.50円の高値)を”強いアメリカ"の象徴として容認してしまったため、為替競争力の低下を嫌気した米国企業は工場を次々と海外へ移転。すっかり空洞化したアメリカ国内は、失業率が10%を超え、製造業の社員など中流層の大半が消滅しました。
その後、アメリカがドル安への是正を先進諸国に了承させた”プラザ合意”をきっかけに、一転ドル安が急速に進行(88年は一時1ドル=120.45円の安値)。しかし、産業空洞化によりすっかり荒廃してしまった米国経済は、57%もドル安進行したときの大きなチャンスをまったく活かせませんでした。
前世紀のレーガノミクス失敗の教訓は、ドル急騰を防ぎけっして産業を空洞化させず、国内にとどまった米国企業がドル安が訪れたときにそのメリットを享受できるための政策推進が大切なことです。
幸い21世紀のトランプ政権は、一貫してドル安志向が鮮明でしかもアップル社をはじめ多くの米国企業に対し工場を国内回帰させるよう強く促しており、上記レーガン政権時の失敗の教訓をよく学んでいると見受けられます。
▼対米依存から脱却する黒字諸国のドル離れは、実はアメリカの国益
とくに為替についてトランプ大統領は、中国の人民元安容認を”為替操作"とみなし非難するとともに、自国通貨安を招く量的緩和を実施中のEUと他の国々(日本)に対しても相変わらず手厳しい(下記)。
「アメリカが利上げしドルが連日強含むなか、中国とEUと他の国々は金利を低く抑え為替を自国通貨安へ操作しており、わが国の競争力が奪われている。(中略)アメリカには、不法な為替操作と不利な貿易協定で失ったものを奪い返すことが許されるはずだ!」
トランプ米大統領(Jul 20th 2018)Twitter
EUの量的緩和が2018年12月終了予定なので、2019年1月以降の日本の量的緩和はいっそう非難が集中すると想定されるため続けづらくなるでしょう。また、メキシコとの貿易協定で自国通貨安への誘導を禁じる”為替条項”を設けることにはじめて成功したアメリカは、万年緩和国ニッポンに対しても同じ手段で迫ってくると予想されます。
EUに続き、日本は量的緩和をサッサと終える覚悟が必要となるでしょう。
また、黒字国へ富を与えられなくなったアメリカが貿易戦争により覇権の地位を退いていくにつれて、ドルは基軸通貨としての地位が失われていきます。
新興国勢は、7月のBRICS首脳会談が加盟国(中ロ印など)の間で受け払いする通貨をドルから自国通貨へ急いで切り替えようと合意しました。アメリカの制裁を受けたイランやトルコも、BRICS勢と一緒に貿易でのドル離れと自国通貨決済を加速していく可能性が高い(下記)。
「露トルコ貿易で双方の自国通貨を使用することは、ロシアとトルコの大統領が定めた課題であり、数年前から取り組んできた。(中略)トルコやイランに対してだけでなく、ロシアは中国との間でも相互の通貨での決済をすでに実施済み。基軸通貨ドルへ過度に依存してきた由々しき事態は是正され、ドルは基軸通貨としての役割を終えるだろう」
ラブロフ露外相(Aug 14th 2018)トルコでの記者会見
EUは、9月12日の欧州議会でユンケル欧州委員長が「エネルギー輸入の約2%しかアメリカに依存していない欧州がエネルギー輸入代金の80%(年3,000億ユーロ)をドルで支払うのは馬鹿げている」と問題提起のうえ、あらゆる場面でユーロが使えるようその国際的役割を向上させる方針を打ち出しました。
EU加盟国(フランス、イタリアなど)は、アメリカの経済制裁を喰らってドル資金を受け取れなくなったイランとの事業や原油取引を続けたい。加盟国の強い要請を受けたEUは、3月に人民元建て原油市場を立ち上げた中国に続き、エネルギー取引などでドル離れを本格化させる可能性が高い。
アメリカから冷たく突き放された日本は、EUやBRICS勢との貿易や事業をもちろん絶対に続けたいので、円の国際的役割を向上させながら国際資金決済でのドル離れに協力するでしょう。そもそも、世界の国々にドル離れを促しているのは、ドル発行国のアメリカですからね。
ドル離れが世界中に浸透することは、資金需要と基軸性を失うドルの価値が切り下がる要因です。ドル急騰を容認し産業の空洞化と国内の荒廃を招いたレーガン政権の失政を教訓に、トランプ政権は外国に対し通貨安誘導を執ようにけん制しながら貿易戦争と経済制裁でドル離れするよう追い込むことによりドル安を促していると解釈できます。
英エコノミスト誌の購買力平価”ビッグマック指数(2018年7月公表)”に基づくと、ドルは円に対しなんと57%超割高、人民元に対し78%超割高、ユーロに対し16%割高(理論価格は1ドル=70.8円=3.72元、1ユーロ=1.36ドル)。対米投資マネーをつなぎとめるために演出されている不自然なドル高状態は、ドル離れが進むにつれて解消していくと想定されます。
そのときトランプノミクスの狙いどおり、米国企業の国内にとどまった工場(あるいは国内へ回帰した工場)はドル安の強い追い風を受けて競争力を取り戻し、製造業の正規雇用とともに中流層が復活するでしょう。
アナリスト工房 2018年9月19日(水)記事