人民元の安値誘導が金価格に連動

中国は1オンス=8,300元を目標に、金本位通貨へのリハーサル中か?

2018年8月8日(水)アナリスト工房

外国為替の世界では、通貨価値を金塊に裏づける”金本位制”の歴史が繰り返されています。第2次世界大戦前の覇権国イギリスも戦後の覇権国アメリカも、自国の通貨を基軸通貨として世界中へ普及させるために、一定量の金塊と交換可能な”兌換通貨”として通貨発行しました。

英・米が発行した兌換の基軸通貨と金1オンスの交換レートは、大英帝国が経済覇権を握っていた1931年までの英ポンドが3ポンド17シリング10ペンス半、米国の全盛期が終わった”ニクソンショック(1971年の兌換停止令)”までの米ドルが35ドル。当時の外国の中央銀行は、基軸通貨をこれらの固定レートで金塊と交換できたのです。

そして2018年のいま、人民元の価値を金で裏づけたい中国は、1オンス=8,300元を目標に金本位制へのリハーサル中と見受けられます。なぜなら4月下旬以降は、一本調子のドル高・元安が続いているにもかかわらず、元建ての金価格(=ドル建てのCMX金先物価格×1ドルあたりの金価格)は8,200から8,400元の狭いレンジで安定的に推移していますからね(図表)。

▼ドルと金が逆相関のもと、元は投機筋のドル買い・元売りを機に金連動

中国が人民元を安値誘導しながら金価格連動に挑みはじめたのは、米中貿易戦争での為替面の対抗措置を兼ねながら、上海原油市場の産油国にとっての魅力"金に裏づけられた人民元”を高めることが目的とみてとれます。

3月26日から始まった上海国際エネルギー取引所(SIE)の人民元建て原油先物は、輸入量No.1中国の原油爆買いを背景に、取引量が6月にはドバイを抜き去ってからはWTI、ブレントに続く世界3位の座を占めています。

上海市場の最大のメリットは、産油国が持ち帰る販売代金を人民元と金塊から選べる仕組みです。現地には人民元を(欧米市場のような証書のペーパーゴールドでなく)現物の金塊と交換できる上海黄金交易所がありますからね。

中国の最大の原油輸入先ロシアは、原油・ガスと引き換えに金塊を持ち帰り、金準備(外貨準備に占める金)を世界一大きく伸ばしています。ロシアと同様にアメリカから経済制裁を受けてドルを本国へ持ち帰れなってしまったイランも、最大の原油輸出先が中国であることから、ドル外しの上海市場への依存度をいっそう高めていく可能性が高い。

原油取引を急拡大している中国が金準備を損なわないためには、産油国が金塊だけでなく人民元も安心して選択できるよう、元の通貨価値を金で裏づけることが大切。その初めの一歩として中国当局は、これまで3カ月以上にわたり元建ての金価格をおおむね一定に保ち続けています。

4月下旬からはドル高・元安が8%も急速に進行しているにもかかわらず、元建ての金価格が1オンス=8,300元を中心に上下わずか1.2%の狭いレンジで安定的(上記図表)なのはいったいなぜでしょうか?

元建ての金価格が安定的なのは、ドルと金の値動きが互いに逆(ドル高のときは金安、ドル安のときは金高)の傾向があるため、中国当局がドル高・元安のときもドル安・元高のときも容易に元を金価格に連動できることによります。

ドルが金との兌換を終えた1971年のニクソンショック後の金はドルの通貨価値を測る尺度となっており、ドル建ての金価格はドル高のときに安く、逆にドル安のときに高いケースが多く観察されます。金とドルは互いに逆相関なのです。

よって、ドル建ての金価格と1ドルあたりの元相場(USD/CNY)の積で表される元建ての金価格(次式)は、ドル高・元安が進行するとドル建ての金価格が元に連れ安(逆にドル安・元高が進行するとドル建ての金価格が元に連れ高)となる傾向があるため、価格水準が比較的安定しやすい。

元建ての金価格 = ドル建ての金価格 ↓↑ × 1ドルあたりの元相場 ↑↓

(CMX金先物価格) (USD/CNY)

といった市場傾向を上手に利用しながら中国当局は、投機筋によるドル買い・元売り浴びせを契機に、大規模介入せず元安を容認し人民元の通貨価値を金価格に連動させていると見受けられます。

7月には市中への流動性供給を強化し元安誘導していた中国人民銀行(中銀)は、8月6日からは元売り為替先渡取引を扱う市中銀行に対し元本の20%を準備金として預けるよう義務づけ、急激な元安に歯止めをかけはじめました。

金融当局が市場の手綱を機動的に緩めたり締めたりして相場水準をコントロールできており、人民元の過度の下落を防ぎながら金本位制に向けたリハーサルはまずまず順調とみてとれます。

やがて中国が正式に金本位制を導入した場合には、基軸制を失ったドルの価値が金と人民元へ移転し、対ドルの金価格と基軸制を獲得する元の価値は急伸する可能性が高い。そのとき、他の国々も英・米が兌換の基軸通貨国だった時代と同様に金本位制に踏み切ることを余儀なくされ、1971年以来の国際通貨体制は一変するでしょう。

アナリスト工房 2018年8月8日(水)記事