量的緩和の縮小度No.1は日本円
大きく揺らぐ基軸通貨を支える意義も効果も失った日銀緩和
2017年9月11日(月)アナリスト工房
量的緩和(中央銀行が国債などを買い取ることにより市場へ資金供給する金融政策)からの撤退に向けて、中央銀行が緩和規模を縮小していくことを”テーパリング”といいます。
昨年まで日欧の量的緩和に支えられてきた基軸通貨ドルの価値が今年になってから低迷中の大きな理由は、相次ぐアメリカのデフォルト騒動(2011年8月、2013年10月、2015年11月、今月)が浮き彫りにした極めて深刻な政府債務問題(下記2節)のほかにもう1つ、日欧中銀のテーパリングがあります(1節)。
1.欧州に先立ち出口へ向かった、わが国の緩和規模はすでに半減
今年4月、ECB(欧州中央銀行)は量的緩和の規模を月800億ユーロから月600億ユーロへ縮小し、テーパリングに踏み切りました。続いて先週7日、ドラギECB総裁は来年1月からの量的緩和の方針を「たぶん10月に決断する」と発言。市場では、ECB緩和のさらなる縮小(2018年1月からの緩和規模は月200-400億ユーロ)・撤退(2018年6-9月には緩和終了)への観測が強い。
結果、主要4通貨(円、ドル、ユーロ、人民元)のなかで年初来上昇率No.1はユーロです。ドルに対する年初来上昇率は、円が8.5%、ユーロが14.4%、人民元が6.9%。なお、ドルの通貨価値を表すBloombergドル指数は年初来10.4%落ち込んでいます(*:先週末時点)。
一方、量的緩和の縮小度でみた最強のテーパリング通貨は円です。
いまも年80兆円の国債保有増加をめどに量的緩和を実施しているはずの日銀は、実際の国債保有高の前年同期に対する増加額が今年3月から急速にスローダウンしています(下図)。
5月の衆院財務金融委員会では、前原元外相に詰問された黒田日銀総裁は、国債保有高の年あたりの増加ペースが「足元で60兆円前後」と認めました。以後もペースダウンが続き、これまでの緩和縮小率は上記ECBが25%(月800億ユーロ→月600億ユーロ)に対し日銀がなんと51%(年80兆円→年39兆円)。
【日銀の国債保有高の増加額(前年同期比)2017年】
1月末:77兆円、2月末:76兆円、3月末:69兆円、
4月末:66兆円、5月末:57兆円、6月末:51兆円、
7月末:44兆円、8月末:39兆円
日銀公表の営業毎旬報告に基づきアナリスト工房作成
上記ECBのテーパリング(量的緩和の規模縮小)が実施の4カ月前にあらかじめ公表された一方、日銀のテーパリングがいまだ非公表の舞台裏には、緩和を続けることがテクニカル的に困難となってきた実情がみてとれます。
すでに日本国債は、日銀が発行残高のなんと42%(=427兆円/1,025兆円)も保有する異常事態(2017年6月末時点)。わが国の年金基金や生命保険による確定利回り運用で欠かせない数百兆円を考慮すると、国債市場での売り物が尽きてきたのです。
また、わが国の量的緩和(2008年12月-)は欧州(2014年10月-)よりもはるかに長くダラダラと続いているため、日銀が過去に買い取った国債がいま次々と満期を迎えています。
結果、国債保有高が伸び悩んでいる日銀の緩和は、"量的限界"が近づいているため、効果を発揮できていない。
そもそも、製造拠点の国内回帰とアメリカ人の復職でもって産業競争力を取り戻したい米政権は、あからさまなドル安志向です。とくにトランプ大統領は、貿易黒字国の為替操作(量的緩和などによる自国通貨安への誘導)がドルを買い支えることに、強い懸念を表明しています(下記)。
黒字国の通貨安を激しくけん制する米通商政策のもと、続けづらい状況にある日欧緩和はすでに意義を失っているといえましょう。
「外国勢は通貨切り下げにより持ちこたえている。中国が何をしでかしているか、日本が長年にわたり何をしてきたかにご注目!彼らは金融市場を操作し、自国通貨安に誘導している」
トランプ米大統領(Jan 31th 2017)製薬業界との会合
2.今月の米国デフォルトは回避も、ドル基軸の通貨体制がヤバい!
先週8日、アメリカの政府債務残高の上限(従来は19.8兆ドル)を引き上げる法案が、議会承認の完了とトランプ大統領の署名をもって成立。12月8日までは、歳出をまかなうために必要な額の債務上限が引き上げられていきます。
とはいえ、大型ハリケーンがアメリカ南部を次々と直撃し国土の被害が拡大していくなか、債務残高が上限額とともにいっそう膨らむ懸念が広まり、足元もドルの上値は重い。
基軸通貨ドルの価値を測るモノサシは金相場。1オンス(31.1g)あたりのドル価で取引されるCOMEX(NY商品取引所)の金の期近物は、年初来なんと17.3%も急伸しています(先週末時点)。すなわち、金に対し急落しているドルの価値は大きく揺らいでいるのです。
先月23日、ドイツ連銀(中央銀行)はアメリカなどに預けていた310億ドルの金塊を国内へ送還する作業が完了したことを公表。当初のアメリカはドイツへ金塊を返すことを拒否していましたが、強い姿勢で交渉を重ねたドイツは当初の予定よりも3年前倒しで金塊を国内へ取り戻すことに見事成功したのです。
一方、さんざん苦心のうえ捻出した金塊をドイツへ渡してしまったアメリカでは、金塊保管庫へ初めて訪れたムニューチン財務長官のとても興味深い発言が話題になっています(下記2つ)。
「金塊はケンタッキー州フォートノックス陸軍基地の金塊保管庫に存在すると推察される。もしも、われわれがそこへ立ち入ったときに金塊がなかったとしたら、まるで映画のシーンだね」
「アメリカは約2,000億ドルの金塊をフォートノックスに保管している。最後に誰かがその保管庫に立ち入って金塊をみたのは、地元の人々以外では、連邦議員たちが訪れた1974年。そして、最後に金塊の個数を数えたのは1953年だ」
ムニューチン米財務長官(Aug 21th 2017)米Bloombergのインタビュー
「財務長官のフォートノックス金塊保管庫への訪問は、1953年のジョン・スナイダー氏以来だ。アメリカの金塊が無事でうれしい!」
ムニューチン米財務長官(Aug 22th 2017)Twitter
アメリカの金塊保管庫に金塊があるのは当然のはずなのに、上記ムニューチン氏の発言は金塊の存在が確認されたでなく「推察される」にとどまっていますね。しかも「金塊が無事でうれしい!」とは、無いはずの金塊がまるで存在するかのごとく見えたのでしょうか。そもそも、2,000億ドル相当の貴重な国有財産の個数を最後に数えて確認したのが64年も前とは、不可解ですね。
なお、上記インタビューに基づくBloomberg記事の題名は『ムニューチン氏のフォートノックスでの気の利いた発言「金塊はいまもそこにあると推察される」(Mnuchin’s Fort Knox Quip: ‘I Assume the Gold Is Still There’)』。いったいどのような意味で「気の利いた発言」なのか?金塊が本当にいまもそこにあり、ドルの通貨価値の裏付けは大丈夫なのか?
米政府債務の上限引き上げ後もドルの上値が重い展開が続いている為替市場は、すでにその正解をすっかり見透かしているかもしれませんね。
アナリスト工房 2017年9月11日(月)記事
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*)Bloombergドル指数(BBDXY)は、為替市場でドルと交換される通貨およびアメリカの貿易相手国の通貨に対する、ドルの価値を表す通貨指数。その価値の基準となる通貨バスケットは、ユーロ31.56%、円17.94%、カナダドル11.54%、ポンド10.59%、(中略)人民元3.00%、インドルピー2.09%の全10通貨が構成する(2016年末改定)。