トランプ色の中銀、ドル防衛に苦戦
米大統領のアジア歴訪を機に、ドル安志向の米政権からの圧力強まる
2017年11月10日(金)アナリスト工房
アメリカの通貨ドルの価値を守りたい"通貨の番人(中央銀行)”と、産業競争力を取り戻すためにドルを切り下げたいトランプ政権とのパワーバランスが、いま音を立てて崩れはじめています。
これまで通貨の番人は、世界的な株高の演出と基軸通貨ドルの防衛を担ってきました。しかし最近では、彼らが決めた政策の実施がままならない、あるいは実施した政策の効果が薄れている場面が増えてきています。
▼資産縮小策のはずが、逆に拡大発進させてしまったFRBの危機
今年10月からFRB(アメリカ中銀)は、過去の量的緩和(中央銀行が金融商品を買い取ることにより市場へ大量の資金を供給する金融緩和策)で取得した米国債などの資産を縮小する、金融引き締めをはじめる予定でした。
9月のFOMC(アメリカの金融政策決定会合)は、リーマンショック直後の2008年から2014年までFRBが大量に買い取った、米国債とモーゲージ(住宅ローン債券)の一部について満期継続をとり止めることを決定。翌10月からは、FRBのこれらの商品保有高とともに資産合計が最大で月100億ドルのペースで縮小していくはずだったのです(FRB資産縮小の効果が乏しい理由)。
ところが、FRB公表のB/S(貸借対照表)によると、その10月最終の資産合計額は前月最終の値からなんと50億ドル拡大しています(=4.461兆ドル-4.456兆ドル)。なかでも量的緩和での買い取り対象だった金融商品のFRB保有高がともに伸びていること(米国債10億ドル増、モーゲージ30億ドル増)から、まるで緩和時代へタイムスリップしたかのようですね(*)。
FRBが資産縮小策を計画した背景には、昨年からは政策金利を次々と引き上げてもドル防衛の効果が乏しい現実があります。今年12月以降の利上げでドルの価値を維持していくためには、その前にアクセルから足を離し(金融商品の満期継続での買い取りを減らすことで資産縮小し)、ブレーキがきちんと効く(利上げ効果が発揮できる)環境づくりが必要だったのです。
にもかかわらず、実際にはFRBの足がアクセルから離れないのは、後ろから大統領専用車がパッシングしながら迫ってきているためと推察されます。
イエレンFRB議長は異例のわずか1期で議長職を解かれることになり、来年2月からの次期議長はトランプ大統領が指名したパウエル理事が議会承認のうえ就任予定。実体経済と株価を重視するトランプ氏は、過度の金融引き締めをやめ低金利を維持していく可能性が高いパウエル氏を選んだと見受けられます。
米政権が中央銀行へのにらみをきかせるなか、粉飾まみれの経済指標(とくにGDPと雇用統計)に基づく無理な引き締めを続けていくのは難しい。
また、来年2月以降のイエレン氏がFRB理事職も退任した場合には、全7名の理事ポストのうち在職はわずか3名の異例事態となります。理事と同様にFOMCの投票権をもつダドリーNY連銀総裁も、来年半ばまでに任期終了前に退く予定。来年のFOMCが決める金融政策は、低金利志向のトランプ色がいっそう濃く反映しそうですね。
アメリカの中央銀行が政府からの独立性を取り戻すためには、世界から投資マネーを集めるためのドル防衛ありきの態度を改めることが大切です。
▼貿易赤字の自らの非を認めた米政権。赤字解消策はドル切り下げしかない
一方、巨額の赤字解消に向けた貿易相手国との交渉姿勢をわずか3日で改めたのが、いまアジア歴訪中のトランプ大統領です。
彼が最初に訪れた日本は、アメリカの対日貿易赤字を解消するために、米国製品(とくに自動車、兵器)を買うよう強く要求されました(下記)。とはいえ、故障が多く信頼の低いガラクタの押し売り行為は、1980年代の中曽根・レーガン政権のもとでの日米貿易摩擦からまったく進歩がみられません。
「アメリカは巨額の対日貿易赤字を長年にわたり被ってきた。(中略)何百万台もの日本車がアメリカで販売されている一方、アメ車の日本への輸出は実質的にはゼロだ!(中略)われわれは、慢性的な貿易不均衡と対日赤字を解消するために、アメリカの輸出品が対等かつ確実に日本市場へアクセスできるよう求める」
トランプ米大統領(Nov 6th 2017)来日時の日米財界人会合
しかし、歴訪3カ国めの中国でのトランプ氏は、貿易赤字を膨らませた責任が相手国でなく歴代の米政権にあることを自ら認めています。会場の暖かい大きな拍手に包まれた後の彼は、米国企業とアメリカ人労働者のために赤字問題解決の必要性を改めて強調しました(下記)。
アメリカ製品が競争力を取り戻すためにはドルを購買力平価の水準まで3-5割切り下げる必要があることからも、米政権はFRBのドル防衛策をやめさせなければならない状況と見受けられます。
「対中貿易でアメリカは、誰もが理解できないぐらい巨額の貿易赤字を被ってきた。(中略)しかし私は、けっして中国を非難しない(会場からは大きな拍手)。責めを負うべきなのは、コントロールできないほどの貿易赤字を生じさせ拡大してきた歴代の米政権だ!米国企業とアメリカ人労働者のために、われわれはこの問題を解決しなければならない.」
トランプ米大統領(Nov 9th 2017)米中首脳会談後の調印式
今回の米中貿易摩擦の緩和をお膳立てしたのは、トランプ外交の指南役を務めるキッシンジャー元国務長官(94)と、ホワイトハウスから去った後も大統領を支え続けるバノン元首席戦略官です。今年9月、バノン氏は中国共産党No.2の王岐山氏とたっぷり90分にわたり打ち合わせしました。両者を引き合わせるきっかけとなったのは、昨年12月のキッシンジャー・王会談です(下記)。
「ヘンリー・キッシンジャーら外交の達人とコンサルティング活動に励むバノンは、アメリカにとって最大の経済的脅威となっている中国へ警告するプロジェクトを準備中。(中略)香港出張の旅でバノンは、習近平首席の反腐敗闘争を主導する王岐山政治局常務委員と打ち合わせした。キッシンジャーも、トランプ当選直後の昨年12月に王との会談に臨んだ」
“Enter the Bannon”, Bloomberg Businessweek, Oct 2nd 2017
中国と打ち解けたトランプ米大統領の次の訪問先は、APEC(アジア太平洋経済協力会議)が開催されるベトナム。そこでは、ロシアのプーチン大統領との会談が予定されています(あるいは中止になるかもしれません)。
今年7月の両氏初の米ロ首脳会談をアレンジしたのも、1960年代後半から東西の枠を超えて外交手腕を発揮しているキッシンジャー氏です。先日の米中首脳会談に続き2度めのトランプ・プーチン会談が実施された場合には、その結論と為替への影響(今回はとくに”有事のドル売り”の行方)は予断を許さない。
アナリスト工房 2017年11月10日(金)記事
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*)FRBのB/S(貸借対照表)は、毎週水曜の財政状態が公表される。今年の10月最終は25日、9月最終は27日。11月最初の1日の資産合計は4.456兆ドルで、9月最終と同水準。10月最初の4日の米国債、モーゲージの保有高(それぞれ2.465兆ドル、1.768兆ドル)はともに9月最終と同水準。よって、10月のFRB資産の縮小は観察されない。