円安の息切れ(QE3終了の影響は?)

2013年6月21日

先週(6月13日)のドル/円は、一時93.78円まで急落。先月つけた年初来高値(5月22日:103.73円)から円高方向へ10円も戻した。足元も激しく不安定な値動きが続いており、昨秋からの一方的な円安の流れはすでに終わった。

為替市場にいったい何が起こっているのか?

まず、先月中旬までの円安進行のきっかけは、"購買力平価"の「高インフレ通貨が売られて安くなる」との考え方に沿った、わが国の物価上昇率2%の政策目標である。為替市場では、将来のインフレへの期待感が広まるとともに、それまでの円高トレンドにいったん歯止めが掛かった。

また欧米のヘッジファンドは、低金利の円資金を負債調達し("円キャリー"という)、世界の市場へ投資を実行。その資金の一部は、日本株の価格を押し上げた。残る大半は、海外の投資対象国の通貨への両替(円売り・外貨買い)に伴い、円安を加速させた。

ちなみに、通貨安競争での円の独走が外国から非難されないのは、このようにわが国の資金が世界の市場を支えているからである。

ところが、円安進行の前提となるべきインフレが未だ実現していない。先月の消費者物価指数は、米国が前年同月比+1.4%とインフレに対し、日本は同▲0.2%(*)と依然デフレから脱却できない。購買力平価に基づくと、この事実は年1.6%(=1.4-(▲0.2%))のペースでの円高要因だ。

昨秋からの円安に伴い、わが国の原材料などの輸入コストは上昇している。しかし、消費者物価はあくまでも売り手と買い手との間での需給で決まるため、モノがあふれ価格競争が厳しいなか、コスト高を販売価格へ転嫁するのは困難な状況にある。

また、ヘッジファンドによる円キャリー(上記)は"巻き戻し"が始まった。先月下旬からの株式・債券ともに急落する局面では、損失を被ったファンド勢が円を一部買い戻す動きが観察される。投資家からの解約ならびに円資金の返済に備えた彼らの行動は、円高への回帰を促している。

6月19日、FRB(米国の中央銀行)はQE3(量的緩和の第3弾:2012年9月−)の終了への方向性を明確に示した。月々850億ドルの債券買い取りでの資金供給を年内から縮小してゆき、失業率7%程度まで雇用情勢が改善することを前提に(**)来年半ばに終える。

QE3の終了は、まず1ドルあたりの価値を低下させる"プリント・マネー"を伴う資金供給を停止する点では、円安要因である。本件の発表直後の市場はその点に着目し、為替は円安に振れた。

一方、ヘッジファンドの投資マネーを大量供給してきたのもQE3であり、その終了はやがて円キャリーの巻き戻しとともに円高への要因へと転じる可能性が高い。

足元は、QE3の買い取り対象の米国の国債とMBS(住宅ローンの証券化商品)だけでなく、わが国の株式、新興国の通貨と株式、金の市場からファンド・マネーが引き上げつつある。

世界市場の収縮とともにマネーが行き場を失った場合には、不要となる円資金の返済に伴う円買い・外貨売りが本格化し、再び円高トレンドへ復帰するだろう。

以上、長期的にはファンダメンタルの裏付けもある円高要因(わが国のデフレ継続、円キャリーの巻き戻し)が優勢だが、QE3終了に伴う円安要因(米国のプリント・マネー停止)の副作用も強い。しばらくは為替の上下への値動きの激しい展開が続くと想定する。

無責任な基軸通貨国の金融政策は、その奇策が始まるときと同様に、終わるときも世界の市場を大きく振り回しそうだ。

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*)日本全体の2013年5月の消費者物価指数は執筆時点で未公表のため、本稿では代わりに同月の東京都区部の総合指数(5月中旬速表値:5月31日公表)を用いた。

**)ちなみに、直近2013年5月の失業率は7.6%。また、求職を断念した者が労働力人口から除外されることに伴う失業率の低下基調も鑑み(「米国の失業率」参照)、FRBの新たな数値目標(2014年半ばは失業率7%程度へ)は達成する可能性が高い。