米中交渉とん挫の舞台裏と市場影響
"貿易赤字バスター”のトランプの狙いと、米国債市場の最終警告
2019年5月24日(金)アナリスト工房
トランプ大統領の”ロシア疑惑(16年の米大統領選にロシアを違法介入させた疑い)"を晴らした米政権は、大統領に濡れ衣を着せようとした”抵抗勢力"の追討を本格化しています。反トランプ抵抗勢力とは、貿易黒字国からの投資マネーで潤い続けたい金融筋、海外駐留先の軍事利権を手放したくない軍産複合体、金融筋や軍産複合体の息のかかった政治家や政府機関などです。
アメリカ国内では、すでにバー司法長官がコネチカット州のダーラム連邦検事を特別検察官に任命し、オバマ前政権下のFBIや司法省によるトランプ陣営への違法なスパイ工作があったかどうかを調査中。
「大統領選でのトランプ陣営は、徹底的にスパイされていた。アメリカ政治の歴史では、このような事態は生じたことがない。国家に対する反逆罪は、長期の監獄行きとなる。これは国家反逆罪だ!」
トランプ米大統領(May 17th 2019)Twitter
国家反逆の重罪適用におびえる内なる敵の動きを封じながら、トランプ政権の外国との主な闘いは対米黒字国との貿易戦争、イランなどへの軍事威嚇の2つ。今回は、貿易戦争のなかで最も白熱している米中貿易戦争を取り上げます。
貿易戦争でのトランプの"真の敵"は、黒字国からの投資マネーで潤い続けたいアメリカの金融筋、その息のかかった政治家などです。戦場で向き合う外の敵(対米黒字国)が真の敵ではないため、奇妙なドタバタ劇が展開しています。その舞台裏と市場影響を眺めながら、気がかりな将来展開を探ってみましょう。
▼米政権は対中交渉をあえて決裂。米国債の逆イールド再発がヤバい!
アメリカの最大の貿易相手、中国との交渉が決裂したことを受けて、関税と非関税での米中制裁合戦がエスカレートしました。
5月10日に中国からの輸入品2000億ドル相当の追加関税を10%から25%に引き上げた米政権は、6月末以降には新たに3000億ドル相当を最大25%の追加関税対象に加えます(5月13日公表)。昨年7・8月から追加関税25%を適用している500億ドル相当を合わせ、アメリカの中国からの年間輸入額のほぼすべてが関税制裁の対象となるのです。
今回、トランプ大統領が中国への関税制裁決定をツイートで公にしたのは、最後の閣僚級の米中貿易交渉がワシントンはじまる数日前(5月5日)でした。あえて交渉を決裂させることが、米政権の狙いだったとみてとれます。
反トランプ抵抗勢力のなかの「貿易黒字国からの投資マネーで潤い続けたい金融筋、その息のかかった政治家など」の資金源は、黒字国の稼ぎ。彼らの資金源を断つためには、対米黒字額No.1中国との貿易不均衡を是正することが不可欠。トランプ氏のロシア疑惑が晴れ抵抗勢力の動きが封じられたのを機に、米政権は交渉決裂させ対中制裁に踏み切る不均衡是正策に打って出たのです。
市場では、深刻な米貿易赤字の改善への期待からドルが人民元に対し反発した一方、貿易縮小に伴う企業業績悪化への懸念を受けて株式から逃げた投資マネーが米国債へ向かいました。米国債市場では、買われて需給が改善した10年物の長期金利が市場参加者の資金調達コストとの連動性高い1−3カ月物の短期金利を下回る、”逆イールド”の現象が3月に続き再発してしまったのです(図表)。
米財務省公表の日次データに基づきアナリスト工房作成
インフレ率と実質金利から成る長期金利は、経済学の考え方に基づくと、市場が予想する名目経済成長率(=インフレ率+実質経済成長率)の長期見通し。インフレ進行リスクに長くさらされる長期の金利水準が短期を下回る逆イールド現象は、市場参加者が長期的な経済停滞を懸念していることを表します。
このままでは、サマーズ元米財務長官が唱える『長期停滞論』が現実となるかもしれません。ちなみに日本経済は、1990年代前半に逆イールドが現れはじめてまもなく、"失われた数十年”に陥り現在に至ります。
そんな危うい逆イールドがアメリカに上陸した直後からトランプ政権は、正・副大統領とクドロー国家経済会議委員長が、FRB(米連邦中銀)に対し短期金利と連動性高い政策金利(翌日物2.25〜2.5%)を利下げするよう繰り返し強く迫ってきました。
金融筋の親玉FRBは、もちろん反トランプ抵抗勢力に含まれます。黒字国の稼ぎが対米投資でキャッシュバックされる仕組みを守るために、これまで通貨の番人FRBはドル防衛に励んできました。が、利下げ幅0.5%の数値目標まで突きつけられたFRBは、ドル防衛をあきらめ年内に(金融危機の様相が強まった場合には早ければ6月にも)利下げに踏み切る可能性が高い。
▼貿易赤字を生む仕組みを壊し、米覇権撤退へ。米国債は不安定のまま
一方で中国政府は、600億ドル相当の米国品にかけてきた最大10%(5〜10%)の追加関税を6月から最大25%(5〜25%)に引き上げることを決定しました(5月13日公表)。とはいえ、昨年7・8月から追加関税25%を適用している500億ドル相当を合わせ、報復する中国の関税制裁対象はアメリカからの年間輸入額の85%にすぎません。
そこで、あわせて中国は国営企業主導で非関税制裁を開始。米国産の豚肉の輸入停止とともに大豆や綿花の輸入量を激減させました(米農務省が5月16日公表)。すでに昨年8月から中国の輸入が激減した米国産原油と合わせ、トランプ政権注力の産品が狙い撃ちされています。
米農務省は5月23日、農家を支援するために160億ドルの救済策(補助金など)を7月から実施することを発表。トランプ大統領によると、引き上げ後には年間1000億ドルを超える関税収入の一部が救済策に、余った額はインフラ建設やヘルスケア(健康保険など)への支出に充てられる公算です(下記)。
「年間1000億円を超える関税収入が、アメリカの国庫に積み上がるのは幸いだ!(中略)政府がアメリカの農家から中国の購入額をはるかに上回る年150億ドルの農産物を買い取っても、850億ドル以上が余る。新たなインフラ建設やヘルスケアへの支出にも充てられそうだ!」
トランプ米大統領(May 8−10th 2019)Twitter
しかし、アメリカの産業補助金や建設・医療支出を中国が負担する理不尽で不自然な状態は、大きな無理があるため長続きしないと想定されます。トランプ政権の狙いどおり、追加関税合戦などにより貿易不均衡が自ずと是正されるとともに、反トランプ抵抗勢力を潤わせてきた仕組み(黒字国の稼ぎが対米投資でキャッシュバック)は廃れていくでしょう。
アメリカの最大の債権者、中国の貿易黒字縮小は対米投資を減少させ、米国債の価格下落・長期金利上昇への要因です。長期金利が上向くことは、米政権がFRBに促す政策金利(翌日物2.25〜2.5%)の利下げと協調しながら、危うい逆イールド状態の是正に寄与するでしょう。
そもそも、トランプ政権が不均衡是正に本気で取り組む背景には、深刻な双子の赤字をまかなうのが困難となってきたため、対米黒字国へ富を貢ぎ続けられない実態があります。だからこそ、オバマ前政権のときからアメリカは、国家デフォルト騒動と政府機関閉鎖を頻発しているでのです。対米黒字国との貿易戦争をきっかけに、アメリカは経済覇権の地位を退いていくと想定されます。
よって、逆イールドが解消した場合でも、深刻な米債務問題が続く限り米国債市場の不安定は終わりそうにない。
なお、米中貿易戦争で中国が試されているのは、自由貿易のリーダーにふさわしい資質。そのためには、日欧など他の黒字諸国からの輸入拡大だけでなく、アメリカの対ファーウェイ制裁(ハイテク部材供給の禁止など)の教訓を踏まえ、目玉のハイテク輸出品に必要な部材(半導体、OSなど)を米国企業以外から安定調達できることが大切です。
米国企業の寡占状態にあるこれらの部材を新たに共同開発のうえ安定調達できる先は、貿易戦争の悪影響を受けて対米輸出が落ち込む懸念のある国々のなかから見つけることになるでしょう。逆境を乗り越えるために、日中欧など自由貿易諸国が互いに充分に協調できるかどうかも試されているのです。
アナリスト工房 2019年5月24日(金)記事