日本勢の米国債外しが本格化

為替ヘッジ付きが外され、ネガティブなヘッジ操作での差損が減少

2021年8月11日(水)アナリスト工房

世界最大規模の年金基金GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、前年度末(21年3月末)の外債運用に占める米国債の割合が35%と、1年前の47%に対し著しく低下した。最大の機関投資家GPIFの米債処分額は、もちろん今回が過去最大。同基金の外債ポートフォリオは、欧州主要国(フランス、イタリア、ドイツなど)の国債がずいぶん増えた一方、米国債が大幅に減らされてしまった(参考:Bloomberg記事『GPIFの米国債構成比が最大の低下幅、ベンチマーク重視が鮮明に』Aug 2nd 2021)。


最大の年金基金GPIFの投資行動の変化は、他の日本勢(金融機関、保険会社など)へ大きな影響力を及ぼす。バイデン米政権の放漫財政に伴う過度のインフレ懸念を嫌気した日本の機関投資家たちは、2月後半から米国債の大量売却処分を本格化し始めた。


翌3月上旬には、売却先の金融機関がたっぷり抱え込んだ米国債をヘッジしようとショート(空売り)に踏み切った直後、レポ(債券担保貸付)市場で珍事が発生。大量の米国債をショートするために利息を払ってでも債券を借りたい旺盛な需要を受けて、米10年債の翌日物レポ金利は一時なんとマイナス4.25%まで急落。史上最大の”米国債ビッグショート”により、レポ市場は米債空売りのために債券を借りる場と化した(米国債ビッグショート 日本発の逆襲)。

3月中旬からは、米連銀が量的緩和で抱え込んだ米国債をリバースレポ(債券を担保に民間金融機関から資金借入)により金融機関へ大量移転させるなか、日本の機関投資家たちも不要となった米国債を減らし続けた。


結果、日本勢の米債投資と為替影響を眺めるための分析「米債利回りと円相場の関係」では、6月半ばから新たな傾向が観察される。

日本の投資家たちの米国債の新規投資は、オープン(為替ヘッジ無し)が主流と化したことから、投資開始時の米債元本のドル売り・円買いヘッジ需要が急減したため、為替相場がドル高・円安に振れている。一方、日本勢の為替ヘッジ付き米債投資がずいぶん減少したなか、米債利回りと為替の連動性がずいぶん薄れてしまった(図表)。

NY市場の日次終値に基づく

以前、日本からのヘッジ付き米債投資が活発だったとき米債利回りと為替の連動性が高かったのは、投資対象の米国債の市場価格の変化に応じて、投資家が為替ヘッジの金額を次々と増減させていたことによる(下図)。

NY市場の日次終値に基づく

米国債の価格が上昇(利回りが低下)したとき、日本勢が上昇後の米国債価格のもとでヘッジ状態を保つためにドル売り・円買いの為替ヘッジの金額を増やすことがドル安・円高の要因。逆に、米国債価格が下落したときは、為替ヘッジ金額減少(一部のドル買い戻し・円売り戻し)がドル高・円安の要因となる。

【外債投資の為替ヘッジと影響】 ヘッジ状態を保つために

・米国債が利回り低下(価格上昇) →ヘッジのドル売りが増え円高へ

・米国債が利回り上昇(価格下落) →ドルが一部買い戻され円安へ

∴円高時のドル売りと円安時のドル買いが為替差損を招く仕組み

しかし、日本の投資家によるヘッジ付き米債投資が低調となったいまでは、米債利回りとドル/円の相関は著しく低下基調。これらの相関係数の2乗を表すR2乗値は、21年の5月24日までが0.946とほぼ完全相関に対し、6月14日から8月10日までが0.535と相関がずいぶん薄れてきた(上の2つの図表)。

結果、日本からの米債投資と為替影響の状況がまるで手に取るようにあらかじめ正ほぼ確に把握されてしまう事態は、いくらか改善傾向とみてとれる。ヘッジ付き外債投資で長く苦戦を重ねてきた日本勢が意図したとおりに。

▼差損を生む不自然な為替誘導を許さない仕組みの確立が課題

実は、日本の機関投資家の為替ヘッジ操作がたいてい月1回にすぎないなか、円相場が米債利回りに連動する傾向に沿って為替レートを導くのは、先回りしていち早く為替を売買し為替差益を稼ぐヘッジファンドなど海外の投機筋。

一方で日本勢は、海外勢の為替売買が導き形成した不利な水準での為替売買(円高進行後のドル売り、あるいは円安進行後のドル買い)を強いられ、為替差損を積み重ねてきたのが実情。


金融資産の為替ヘッジでは、資産価格が上下に揺れるたびに為替差損が膨らんでいく窮地状態を”ネガティブ・ガンマ”という。アメリカが抱える悪材料(超放漫財政、過度のインフレ、量的緩和縮小への観測など)により、足元の米国債価格の乱高下がいっそう顕著となった。

幸い、日本の機関投資家のヘッジ付き米債投資はずいぶん縮小したため、米債利回りに対するドル/円の感応度は激減している。10年債利回りが0.1%上昇に付き円安進行度は、21年の5月24日までが91銭に対し、6月14日から8月10日までがわずか34銭(2つの図表の近似直線の傾き)。


とはいえ、夏になっても逃げられずダラダラと投資継続中の一部の日本勢は、6月末に111円でのドル買いと7月末の109円でのドル売りにより、為替差損をさらに積み重ねた。しかも、いずれも為替レートが米債利回りに対し然るべき水準からは不自然に導かれ、日本勢の差損が不当に膨らまされた疑いは濃厚(最初の図表の最円安と最円高のプロット近辺)。

相変わらず鼻に付くヘッジ付き米債投資の残りものには、まだまだ災いがあるかもしれない。

アナリスト工房 2021年8月11日(水)記事