中国恒大リスクの付け替え先はUSA

ドル建ての恒大社債の悪影響が、デフォルト騒動仲間の米国債に波及

2021年10月25日(月)アナリスト工房

中国の不動産開発大手「恒大集団」は、先月20日に銀行ローンの利払いが履行できなくなり、実質破たん状態に陥った。同社の6月末時点の負債総額は1兆9665億元(3045億米ドル)。米ドル建て社債を発行し大規模な資金調達を重ねてきた中国恒大は、外国の機関投資家も大勢参加する債券市場でデフォルト騒動を、9月23日の利払い8353万ドルの不履行以来次々と繰り返している。

元本の返済でなく利息の支払いさえままならない恒大の現預金は、もちろんほぼ枯渇状態。高利回りの恒大社債の正体は、後の投資家から集めたお金を前の投資家への返済に充てる「ネズミ講」との見方が多い。


幸い、9月23日分の利払いは、中国恒大が30日間の猶予期間切れ直前まで必死に資金をかき集め、先週ようやく実施された。とはいえ、恒大デフォルト騒動の悪影響を被った米国債は10月22日、一時1.706%と5月以来の高利回り水準まで価格が急落した。

実は、アメリカの政府預金「TGA(Treasury General Account)」が依然ほぼ枯渇のまま。連邦政府の資金決済口座TGAの残高は、政府の支払い能力が後いくらかでみたカントリーリスク指標としてよく活用されるようになった。その推移を眺めると、9月末以降のアメリカ合衆国の実質破たん状態は依然継続中とみてとれる(図表)。中国恒大デフォルト騒動は、同様にリスクが高いドル建ての米国債へ大きく波及している。

TGAの預け先FRBの週報(B/Sのページ)に基づき作成

今週29日には、先月29日の中国恒大集団の利払い不履行4517万ドルが猶予期限を迎える。11月10日が猶予期限の1億4813万ドルの利払い以降は、一段と厳しい支払いスケジュールと化してゆく(中国恒大、土壇場で8350万ドル社債利払い-流動性危機巡り急展開)。

▼共同富裕を推進する中国は、超富裕層を助ける市場を見捨て格差是正

しかし、習近平政権の中国政府は、行き詰まった恒大集団を公的資金で救済に動く様子がまったくなく、国内外の投資家負担で処理せよと市場に強く促している。資本の論理ときっぱり決別し「共同富裕(格差是正)」の社会主義経済へ戻す方針を掲げる習氏の中国は、超富裕層がさらに富を増やすために利用している市場にはとても冷たい。


鄧小平、江沢民、胡錦濤などの歴代政権が、先に豊かになれる者を富ませ落伍した者を援助させる「先富論(新自由主義の中国版)」に基づき、資本の論理を導入・推進した結果、2009年以降の中国のGDPは世界第2位を保っている。とはいえ、経済規模が拡大するにつれて資本が生む所得は市場などを通して急伸する一方、大多数の人々の労働所得が伸び悩むことにより、中国国内の所得格差が著しく拡大してしまった。

「資本と賃労働は、利害が正反対である。資本所得が急伸するのは、労働所得が相対的に急落するときだけだ。(中略)資本が急速に増えると、労働所得は上がるかもしれないが、資本所得ははるかに大きく伸びる」

カール・マルクス『賃労働と資本』(1849年)

格差拡大とともにエンゲル係数(家計の消費支出に占める食費の割合)の高い貧困層が増え、彼らの所得とともに中国のGDPは今ひとつ伸び悩んでいるのが実情。そもそも、先富論(新自由主義)が前提とするエンゲル係数の低い超富裕層(スーパーリッチ)から貧困層への「トリクル・ダウン(富のお裾分け)」は、新自由主義を実践中の西側諸国の経済と同様に、ほとんど生じていないのが中国経済の実態だ。

「スーパーリッチは贅沢をしても、その支出は彼らの膨大な所得や富から比べるとわずかである。貧困層は所得の大部分を消費に回すが、彼らの所得の伸び悩んでいる。こうして消費が抑制され、それが実体経済の成長を抑制した。(中略)新自由主義は富の再分配を否定し、富の創出を強調した。彼らは減税や規制緩和によって、金持ちと企業をやる気にさせ、富を創出すれば、恵まれない人々にもその富が行き渡ると主張してきた。しかし、実際には実質賃金で見ても、家計の実質所得で見ても、中位の水準は40年の長さに渡って停滞している。トリクル・ダウンは生じなかった」

服部茂幸『新自由主義の帰結』岩波新書(2013年)

新自由主義に不可欠な前提「トリクル・ダウン」が実際には生じないなか、東側の中国が先富論(新自由主義の中国版)に基づく経済政策を続ける意義はすっかり失われた。習政権は、毛沢東が説いた「共同富裕」の思想に基づき、超富裕層の富を貧困層へ移転させる方針を強調している。いまの中国がアメリカの量的緩和のように超富裕層の富をますます増やす市場へ大量の資金を供給し続けたり、市場で損失を被った投資家を救済する可能性はゼロに近い。

彼らは、市場を通して超富裕層を助け国家財政をすっかり疲弊させたアメリカの愚かな歴史にしっかり学んでいる。

アナリスト工房 2021年10月25日(月)