FRB引き締め加速を導く裏QE

有事の米国債売りを未然に防いだのは、米政府預金発の巨額投資マネー

2022年8月8日(月)アナリスト工房

2022年8月10日(水)脚注追加

先週2日、ペロシ米下院議長の台湾訪問に伴う”有事のドル売り”のなか、ドル円が一時130.41円と6月上旬のドル安水準まで急落。一方、米国債10年物は一時2.516%と4月上旬以来の低利回り水準まで価格急騰した。

そのとき米国債を買い支えたのは、急激なドル安を招いたことから、対米投資で為替のドル買いを要する外国勢(米国債保有高が首位の日本、2位の中国 など)ではない。”有事の米国債売り”を未然に防いだマネーのなかには、QE(量的緩和)の規模に匹敵するアメリカ発の政策的マネーの存在が伺い知れる。


アメリカの国債を懸命に買い支えている巨額マネーの正体は、連邦政府の財政資金を活用した「裏QE」と推察される。連邦政府が決済口座TGAの預け先の連銀FRBを通して支払う資金のなかには、支払先の企業や団体での資金運用を通して市場へ向かい投資マネーと化すお金がとても潤沢なようだ。

イエレン長官(前FRB議長)の米財務省が管理する政府預金TGAの残高は、5月2日から8月4日までの約3カ月間に4206億ドル減少(9750億ドル→5544億ドル)。その間に連邦政府の債務残高は1789億ドル増加(30兆3625億ドル→30兆5414億ドル)しており、合わせて政府支出額は約6000億ドル。ピーク時のQE(月1200億ドル)をはるかに上回るハイペースで、超巨額の財政資金がバラまかれた。

TGAの預け先FRBの週報(B/Sのページ)に基づき作成

このようにたっぷり支出された米財政資金の何割かが「裏QEマネー」と化し米国債へ向かったからこそ、ペロシ氏が台湾の独立に否定的なバイデン米政権の意向(下記)に反し訪台を強行したとき、有事のドル売りが米国債売りを招かずに済んだ。

「下院議長自身に説明してもらおう。(中略)米国は台湾独立を支持しない!(*)」

ホワイトハウスのカービー戦略報道調整官(Aug 2nd 2022)記者会見

▼アメリカの政府部門が、連銀の遅れ気味のQTのペースばん回に協力中

アメリカの財政マネーを活用した裏QEの最大の狙いは、読者の皆さんもきっとお気づきのとおり、連銀FRBがさらなる引き締めを本格的に推進するための環境づくり。次回9月のFOMC(アメリカの金融政策決定会合)での0.75%の利上げ濃厚に猛反発していた市場参加者たちは、8月4日までに彼らの大半が大幅利上げ容認に転じた。次回9月の利上げ幅は、7月に続き0.75%となる可能性が最も高い。


翌5日公表の7月の米雇用統計は、失業率が3.5%と20年2月以来の水準まで改善した。しかし、減った失業者数(前月比24.2万人減)と増えた非労働力人口(同23.9万人増)がほぼ同数であることから、職探しをやめた失業者が失業率の分母(=就労者+失業者)から外されたことにより、低失業率がかなり強引に導かれている。

非農業部門の雇用者数(7月は前月比52.8万人増)が市場予想(同25.0万人増)をはるかに超える好結果は、「複数の仕事を掛け持つ者が増えた」との理由では説明に大きな無理がある。


アメリカの財政マネーを一部転用した裏QEや怪しい雇用統計は、鼻について仕方ないとはいえ、連銀FRBが引き締めをいよいよ加速し始めるとのメッセージである可能性濃厚。

先月まで進ちょくが著しく遅れていた量的引き締めQT(FRBが過去のQEで買い取った金融商品を満期継続停止あるいは売却することにより、市場からQEマネーを回収してゆく引き締め策)は、すでにQE4(19年10月から22年3月上旬の量的緩和第4弾)のマネー4.95兆ドルのうち600億ドルを回収済み(8月3日時点までのFRB週次B/Sに基づく)。8月末までに回収額が1000億ドルを超える市場環境は、すでに整った。9月からは回収額が月950億ドルに跳ね上がる。以降、引き締めがようやく予定どおり本格化してゆくだろう。

アナリスト工房 2022年8月8日(月)記事

-------------------------------------------------------------

*)ホワイトハウスのカービー戦略報道調整官に促されたペロシ氏による、アジア歴訪から帰国後の説明は次のとおり。


「いまもアメリカは、”One China Policy(中華圏が1つであり、そこには台湾が含まれるとの基本的考え方)”を支持しています。(中略)世界のなかで中国は、最も自由な社会の1つです」

ペロシ米下院議長(Aug 9th 2022)NBCインタビュー


ペロシ氏のアジア歴訪をきっかけに、台湾を中国に任せ、アメリカ(とくに中国軍の台湾を囲む超大規模演習を止めなかった米軍)がアジアを去ってゆく日は、一段と近づいたかもしれません。ホワイトハウスの意図のとおりに。