中国のQT(量的引き締め)とは?

米国債をめぐる先進国のQE(量的緩和)との攻防

2015年9月10日(木)アナリスト工房

2008年9月のリーマンショックの後、NYダウは54%急落(07年10月の高値14,198ドル→09年3月の安値6,470ドル)。証券会社リーマンブラザーズの破綻をきっかけに生じた米国発の金融危機は「百年に一度の大不況」と呼ばれていました。

しかし、当時のNYダウの下落率が日経平均(62%暴落:07年2月の高値18,300円→08年10月の安値6,995円)、1929年の大恐慌のNYダウ(89%大暴落:29年9月の高値381ドル→32年7月の安値41ドル)よりも軽微なのはなぜでしょうか?

2008年11月、FRB(米国中銀)が世界に先駆けてQE(量的緩和)を始めたからです。

「プリントマネー」の別名をもつQEは、中央銀行が大量に刷ったお金で国債など金融商品を買い取ることにより、市場に大量の資金供給する金融政策です。

QEで中央銀行が買い取るのは、自国の国債(FRBの場合は米国債)が中心。また、市場へ支払ったその代金は、巨額の投資マネーと化し国内外の債券・株式へ向かいます。

結果、リーマンショック後の米国の株価指数は、前世紀の大恐慌時のように底入れまで3年も待つことなく、わずか半年で上向きに転じました。

FRBに続き日銀(08年12月-)、ECB(欧州中銀:14年9月-)もQEに踏み切り、主要先進国のどこかの中銀が刷ったお金で世界の市場を支えています。

なかでも市場規模が極めて大きいのは、債券が米国債、株式が米国株です。うち米国株は世界の株価指数との相関(値動きの連動性)が高い。

すなわち日米欧のQEは、プリントマネーの錬金術にすぎませんが、米国債と世界の株式を買い支えてきたのです。

ところが、中国が"QT(量的引き締め)"を加速させたとたん、米国債市場ならびに世界の株式市場の雲行きが怪しくなってきました。

ここでQTとは、ひと言でいえば"QEの巻き戻し”です。日米欧の上記QEを巻き戻している中国の事例に沿って、この新たな用語を説明しましょう。

昨2014年半ばからPBOC(中国中銀)は、それまで外貨準備として貯めてきた米国債を売りに転じました。その売却代金のドルは、ドル売り・元買いの為替介入での支払いに充て、自国通貨へ替えています。

このように中国のQTの本質は、債券のなかで発行残高No.1の米国債を中国の通貨に換金することです。

なおPBOCが得た元は、介入での元買いに伴い流動性がひっ迫する国内へ資金供給されるため、ドルとは違って国際証券投資のマネーではありません。

すなわち中国のQTは、米国債の売却と投資マネーの削減を通じて、QEとは逆に世界の金融商品の売り浴びせる方向に作用してます。

QTは、今年8月中旬の元切り下げとともに拍車がかかりました。PBOCは、元に対しドルを少々切り上げたうえで、大量のドル売り・元買い介入を実施。米国債を多額の元に換金したのです(人民元切り下げのとんでもない舞台裏)。

その目的は、AIIB(アジアインフラ投資銀行)など中国主導の国際政策金融機関のための資金準備と見受けられます(AIIBの資金源は米国債の売却代金)。

結果、今年8月末の中国の外貨準備高は、ピーク(14年6月末:3兆9,900億ドル)から4,300億ドルも急減。とくに8月の減少額(900億ドル)は過去最高です。

中国が売り浴びせている米国債は、急落した株式市場からマネーが向かっているにもかかわらず、足元も上値が重い(利回り低下の傾向がみられません)。

また、今年3月から米政府債務の残高は法定上限18.1兆ドルで固定されており、債務をまかなう米国債の発行残高も増やせない状況にあります。

資金繰りでしのげる限界の10-12月までに議会承認を得て債務上限を引き上げたとしても、そのとき発行急増する米国債はさらなる需給悪化が懸念されます。

いまQEを実施している日欧の緩和マネーが中国のQTに巻き戻されるなか、これから発行の増えたときの米国債をいかに消化してゆくかが大きな課題です。

・FRBがゼロ金利政策(08年12月から政策金利0−0.25%)を解除し利上げした場合には、利回り上昇する米国債の需給はいくらか改善も、世界の株価指数は米国債への資金シフトに伴い低迷が続くと予想されます。

・一方、QE4(14年10月までのQE3に続く米国の第4弾の量的緩和)に踏み切った場合には、膨張する米政府債務だけでなくPBOCの大量売却する米国債もFRBが買い支えなければなりません。

ただでさえ国家デフォルトを招く危険の大きなQEをこれまでにない巨大な規模で実施すれば、米国デフォルト懸念の再浮上とともに中国以外の国々にも米国債離れが波及するでしょう。

・あるいは、年内にFRBが何もしなかった場合には、世界の債券・株式市場の失望を招き、リーマンショックに続く金融危機が懸念されます。

いまは日欧にQEを肩代わりさせている米国自身の次の一手が(あるいは完全に手づまりかが)最大の注目点です。

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