仕組債の投資家必殺のカラクリ

高利回りへのハシゴが外され、大きな投資損失が生じる危険はなぜ?

2018年9月5日(水)アナリスト工房

ヘッジファンドなどの投機筋が株式や新興国通貨を大量に売りたいとき、なるべく市場価格を押し下げないよう高い価格のまま売り抜ける手段は、本日のテーマ”仕組債”です。市況の雲行きが怪しくなるたびによく売り出されるこの金融商品は、押し目買い主義の日本の投資家に根強い人気を集めています。

仕組債とは、普通の債券に株式や通貨のデリバティブ(金融派生商品)を組み込むことにより、成功した場合の利回りを高めたハイリスクの運用商品です。

例えば、株価急落を予想し株式を大量に空売りしたいヘッジファンドのために金融機関がつくった仕組債は、組み込まれたデリバティブの契約によりヘッジファンドの予想どおり株価が大幅下落した場合には、投資家が多額の損失を負う。一方、予想が外れ株価が安定推移した場合には、仕組債の投資家は普通の債券よりもはるかに高い利回りが得られます。

とはいえ、仕組債投資ではマイナス利回りと化した損失事例が多く、高利回りの満期を迎えた成功事例は乏しいのが実情です。すなわち、仕組債利回りを左右するデリバティブでは、株式や新興国通貨の価格安定を期待する投資家は、価格下落に賭けるヘッジファンドなどの投機筋になかなか勝てないのが実態。

なお、仕組債をつくる金融機関の現場では、つくった仕組債をみずからが抱えることにより大きな損失を被らないよう、仕組債は必ず売り切るのが鉄則です。

仕組債投資のハイリスク・マイナスリターンはいったいなぜでしょうか?証券会社のパンフをみてもわかりづらい仕組債は、そもそも何のためにどのような仕組みとなっているのでしょうか?

今回は、次の典型的な株価連動仕組債(正式名は"他社株転換可能債”、略称は”EB債")の例を題材に、仕組債のとんでもないカラクリと舞台裏を紹介しながらズバリその正体に迫ります。

【例】期前償還・ノックイン条項付き K社株連動仕組債

欧州のY銀行が本日発行する1年物の円建て仕組債は、最初の3カ月間の利回りが年率5%。後の9カ月間は、次のように日本の電機メーカーK社の株価(本日は1,000円)に連動して決まる。

<株価連動の概要>

・K社の株価が発行の3、6、9カ月後に1度でも1,050円以上の株高となった場合には、仕組債がその時点で期前償還され償還利回りは年率5%。

・一方、期前償還されないまま満期までにK社の株価が一瞬でも700円以下の株安となった場合には、満期の償還元本は本日から満期までの株価下落率だけ減額される(例えば、満期の株価が600円ならば元本は4割カット)。ただし、満期の株価が本日の水準(1,000円)以上に回復すれば、元本は減額されず満期利回りは年率5%。

上の例は、欧州のY銀行が発行する普通の債券に日本の電機メーカーK社の株式のデリバティブ(株価に応じて価値が変化する派生商品)が組み込まれた、1年物の円建て仕組債です。日本の投資家向けにつくられたこの円債は、欧州市場で発行されることから、国内債ではなく外債(外国債券)に分類されます。

この仕組債は、発行の本日から3カ月間だけは年率5%の利回りが確定していますが、投資家が中途解約できないため短期勝ち逃げができません。その後の運用成績は、以下のようにK社株の値動きに大きく左右されて決まります。

▼株高のときは順調な投資が打ち切られ、株価急落すると元本が激減

まず、株価が堅調なときは仕組債が満期よりも前に償還されるため、高利回りがなかなか満期まで続きません(期前償還条項)。

発行の本日から3、6、9カ月後に1度でもK社株が本日よりも5%高い1,050円以上の株高となった場合には、その時点で仕組債の元本が期前償還され投資が終了します。1年後の満期を待たず早期に償還されたときの利回りは、3、6、9カ月後いずれも年率5%。

発行から期前償還までにK社の株価が5%以上も上昇したのに対し、同社株の仕組債の3、6、9カ月後の元利合計がそれぞれ投資元本の1.25%増、2.5%増、3.75%増にすぎないのは理不尽です。

一方、仕組債が期前償還されないまま株価が大幅下落したときは利回りを大きく左右する元本が大幅カットされ、マイナス利回りの危険が生じます(ノックイン条項)。

発行の本日から満期までに一瞬でもK社株が700円以下の株安となった場合には、満期の償還元本は本日から満期までの株価下落率だけ減額されます。

例えば、満期のK社の株価が600円ならば、投資家への償還元本はなんと40%もカットされ、仕組債利回りは▲35%(=▲40%+利子5%)の大きなマイナス。しかも、満期の株価が発行日の水準(1,000円)以上に回復した場合でさえ、仕組債の償還元本が増額されず利回りが5%(=利子5%)に据え置きなのはこれまた理不尽ですね。

このように本件の株価連動仕組債は、期間中に株高となった場合には期前償還され高利回りが打ち切られ、株価が大幅下落した場合には償還元本が激減し大きなマイナス利回りとなる危険が高い

追求できる高利回りがせいぜい5%に対し、最悪のマイナス利回りは満期にK社の株価がゼロ円のとき▲95%(=元本▲100%+利子5%)。そんな仕組債は、明らかにハイリスク・マイナスリターンであり、投資家にとって存在不要な運用商品です。

▼仕組債投資とは、空売りヘッジファンドとの報われない不利な勝負

他にもさまざまな国々の株価や為替に利回りが連動する仕組債がたくさんあり、それらの大半には上記例と同様に高利回りが続かずしかも大きな投資損失を招きやすいデリバティブ(株価や為替に応じて価値が変化する派生商品)が組み込まれています。一般に、仕組債が投資家にとって極めて不利なのはいったいなぜでしょうか?

デリバティブ取引には必ずその相手がいます。仕組債の投資成績を左右するデリバティブが投資家不利なのは、投資家の取引相手にとって一方的に有利な契約だからです。そもそも仕組債は、それをつくった金融機関が取引したいデリバティブを通常の債券に組み込んでアレンジした金融商品。仕組債の投資家にとってデリバティブの実質的な取引相手は、金融機関のヘッジファンド顧客です。

例えば、有力なヘッジファンドが将来の日本株指数が急落した場合に莫大な利益を得るためのデリバティブ契約を取引金融機関と結んだとしましょう。このとき金融機関は、ヘッジファンドの予想どおり株安となった場合に損失を被らないよう、仕組債をつくりデリバティブのリスクを仕組債の投資家へ移転させヘッジします。

そのうえでヘッジファンドは、好機が訪れると日本株指数を大量に売り浴びせ、株価下落に賭けるデリバティブが自身にとって有利となるよう市場を導く。よって、デリバティブの実質的な取引相手となった仕組債の投資家は大きな損失を被りやすいカラクリなのです。

また、ヘッジファンドが金融機関へデリバティブ契約のために支払う料金(プレミアム)は、仕組債の投資家への利回りに充てられます。株価下落に賭けるヘッジファンドは、もしも予想に反し株価堅調となった場合には、デリバティブの契約と料金支払いを止めたい。そのために、契約の料金を源泉とする仕組債の高利回りはなかなか続かないカラクリなのです。

以上、投資家にとって著しく不利なデリバティブが組み込まれている仕組債は、大きなリスクに対し追求できるリターンがまったく見合わない。こんなトンデモ金融商品は絶対に買ってはいけません!

アナリスト工房 2018年9月5日(水)記事