米国債売りがドル防衛の秘訣

ドル高再燃を企む投機筋は、未解約のヘッジ付き外債投資を悪用

2017年10月25日(水)アナリスト工房

先週20日、米上院は2018年度(17年10月-18年9月)の政府予算の大枠となる”予算決議案"を可決。トランプ政権が推進する法人減税(35%→20%)を前提に、今般の予算決議案は10年間で1兆5,000億ドルの大幅減税を認める内容を織り込んでいます。

その日の債券市場では、米政府の深刻な財政赤字がそれだけ膨らむ懸念が広まり、米国債が大きく売られました(10年物利回り:2.31%→2.39%)。一方、同日の為替市場では法人減税が好感されドルが急伸しています(ドル/円:112.52円→113.57円)。

米国債は満期が訪れる将来にはドル通貨となるのに、米国債が売られたのと同時にドル通貨が買われたのはなぜでしょうか?

1.日本の投資マネーがつくった米国債利回り連動型のドル/円相場

市場でドル建て債券とドル通貨の価格が互いに逆方向へ動いたのは、昨年の日本の投資家(銀行・生保・投信など)が殺到したヘッジ付き外債投資の影響とみてとれます。

昨年1-11月の日本から海外中長期債への対外証券投資の買い越し額22.8兆円は、統計がある2005年以降で過去最高。なかでも大半を占めるのが、為替ヘッジを付けて米国債などに投資するこの金融商品です。

日本勢のヘッジ付き外債投資は、米国債が売られ利回り上昇したときは、そのヘッジのためのドル買い・円売りがドル/円のドル高・円安へ作用します。逆に、米国債が買われ利回り低下したときは、ドル売り・円買いヘッジが生じるためドル安・円高への要因です(ヘッジ付き外債投資の必敗の仕組み)。

今年8月からはヘッジ付き外債投資をはじめ海外中長期債への新規投資が低調とはいえ、いまだその残高は高水準。その商品を解約した場合には損失が生じるため、大半の投資家は大きな含み損を抱えたまま投資続行中ですからね。

よって足元も、米国債利回りの上昇時はドル高へ、低下時はドル安への傾向が鮮明です。10年物米国債利回り(x)とドル/円(y)の相関は完全連動に近いぐらい極めて強い(図表:*)。

プロットへの当てはまりの良い近似直線(y=13.14x+81.64)は、先週20日の米国債が売られた後のドル/円の水準をまずまず上手に説明しています(式の左辺yが113.57に対し、右辺13.14x+81.64が113.04とおおよそ同水準)。

しかも、その直線の傾き(13.14)は、当日の10年物米国債利回りの%単位の変化(0.08)に対するドル/円の円単位の変化(1.05)の倍率にほぼ等しい。

ドル/円の為替水準が米国債の利回りに大きく依存して決まる理由は、ヘッジ付き外債投資の日本勢による債券利回りに応じた為替ヘッジだけでは説明不十分。もう1つの大きな理由は、近似直線(上式)を手がかりに米国債とドル/円を売買する、ヘッジファンドなど影響力の大きな海外投機筋の存在です。

投機筋の手口は、ドル/円を売買のうえ先物主導で米国債利回りを動かし為替差益を稼ぐこと。昨年11月のトランプ当確直後の大口投機筋は、大量のドル買いのうえ10年物米国債先物を過去最高のショート(売り持ち)の水準を更新するまで売り浴びせることにより、米国債の価格を下げ利回りを上げドル高へ導きボロ儲けしました。

一方、為替ヘッジを月1回しか行わないヘッジ付き外債投資の日本勢は、昨年のトランプご祝儀相場で急伸したドルを高値づかみさせられたあげく米国債の価格急落を受けて、巨額の損失あるいは含み損を被っています。すなわち、日本勢の富は海外投機筋へ移転してしまったのです。

とはいえ、彼らがはまった罠(米国債連動型のドル/円)をつくったのは自らの集団的な投資行動なので、弁解の余地はない。

「有価証券運用で過度なリスクをとり、本業の赤字を穴埋めしようとする金融機関を見逃すわけにはいかない!」

森金融庁長官(Jul 12-13th 2017)地方銀行協会の例会

2.海外投機筋が米国債を売り浴びせ、不自然なドル高を再開

いま、アメリカの深刻な財政赤字への懸念を受けて米国債価格が下落基調にあるなか、投機筋による米国債先物主導でのドル防衛が進行しています。

先週17日の大口投機筋の10年物米国債先物は、ロング(買い持ち)の額がその前の週に対しなんと45%も激減、しかも4週連続で減少しています。結果、彼らの先物売りによる米国債の価格下落・利回り上昇が、上記図表の近似直線に沿ってドル/円の水準を不自然に押し上げているのです。

昨年12月は、米国債利回りが一時2.64%まで上昇した日にドル/円が118.66円の高値をつけました。今年もこれから米国債利回りがその水準まで跳ね上がった場合には、最新の近似直線(図表)に基づくと、いまから今年末までのドル/円の高値は116.33円(=13.14×2.64+81.64)と想定されます。

なお、米国債がその利回り水準を超えて価格急落した場合には、米国債以外のドル建て債券(とくにサブプライム自動車ローンの証券化商品)の暴落を引き起こす危険があります。

そのときは、サブプライム証券化商品の債券バブル崩壊が引き起こしたリーマンショックに続く金融危機が再発する可能性高いので、ご注意ください。

アナリスト工房 2017年10月25日(水)記事

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*)10年物米国債利回りとドル/円との相関関係を表すR2(相関係数の2乗:0.5以上が強い相関の目安)は、0.902と"極めて強い相関”を示している。

なお、データ期間の始まり2016年6月24日は、イギリス国民がEU(欧州連合)からの離脱を国民投票で決定し、いまの"自国第1主義”の相場がはじまった日。