金融危機への引き金を握るギリシャ

「ディオニュシオス1世(在位前405-367年)は市民から多大な借金をしたが、返済できる目処はまったく立っていなかった。そこでディオニュシオスは、違反すれば死刑に処するという罰則をもうけて、町の硬貨をすべて集めさせた。そして、1ドラクマ硬貨に2ドラクマと刻印しなおした。これで借金の返済は楽になったのである。」

ピーター・バーンスタイン著・鈴木主税 訳『ゴールド』日本経済新聞社(2001)

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2015年7月10日(金)アナリスト工房

借金は、それが巨額であればあるほど、失うことを恐れる債権者よりも失うもののない債務者の立場が強い。

ギリシャの公的債務は3千億ユーロにすぎません。しかし、それがデフォルト(債務不履行)するかどうかを賭けるデリバティブ(派生商品)の残高は、最低でも1兆数千億ユーロと推定されます。なんと100兆ユーロとの説も有力です。

その主力商品のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ:一言でいえば”デフォルト保険")は、5年の長期取引が中心なので、なかなか満期を迎えません。

いまのギリシャ債務問題が始まった2010年以降、金融機関同士あるいは金融機関とその顧客(ヘッジファンドなど)との取引が活発となり、ギリシャのデフォルトを対象とするデリバティブの残高は莫大に積み上がっている状況です。

これまで市場参加者(金融機関、ヘッジファンドなど)は、ギリシャCDSを買ってそのデフォルトに賭ける、あるいは売って生存に賭ける取引を長く続けてきました。

なかでも、大量の売持ちを抱えている者(一部の欧米の金融機関など)は、ギリシャがデフォルトした場合には巨額の損失が生じます。

すると、リーマンショック(2008年9月)に匹敵する金融危機が懸念されます。当時は、米国の住宅ローン証券化商品がデフォルトしたときに、大手金融機関リーマンブラザーズなどがそのCDSの損失額を支払えずに相次ぎ破綻。

「百年に一度の大不況」と呼ばれた世界的な危機を招きました。

リーマンショック時はデフォルトを引き起こした債務者(住宅ローンの借り手)が多数であったのに対し、いま再び金融危機が生じるかどうかはギリシャ1国が握っているのです。

欧州が混乱するなかBRICS勢は、ギリシャへ積極的にアプローチしている最中です。AIIB(アジアインフラ投資銀行)に続く中国主導のNDB(新開発銀行)とその母体BRICSへの加盟を、ロシアを通じて誘っています。

また、ロシア産ガスをトルコとギリシャ経由で欧州の国々へ供給するパイプライン事業”トルコ・ストリーム”では、ギリシャは出資金10億ユーロをなんとロシアに建て替えてもらえる好条件でのオファーを受けています。

以上により、世界に及ぶ金融危機への引き金を握る債務国ギリシャは、ユーロ圏を追われる可能性があるとはいえ、極めて強気な立場なのです。

チプラス・ギリシャ首相は、ユーロ圏との交渉の席を立った後、IMF(国際通貨基金)への15億ユーロの返済期限(6月30日)を過ぎてから国民投票(7月5日)を実施しました。

投票結果での「財政緊縮に反対」との国民の総意を武器に、新たに3割程度の債務カットも求めながら、再開した交渉の場に臨んでいます。

今月8日の欧州議会でチプラス首相は、1953年のドイツが欧州への債務を6割もカットしてもらった史実を紹介し、欧州の大きな連帯感が生まれた意義を強調しました。

もしかしたらギリシャには、ロシアだけでなく、歴史に学ぶことの得意な中国の”軍師"もいるかもしれませんね。一連の意外な行動は、実は緻密な戦略に基づいたものと見受けられます。

大手金融機関を有するドイツとフランスは、ユーロ圏の空中分解とそれに伴う欧州発金融危機は絶対に防ぎたい。

また、危機再来への懸念を背景にドルが弱含むなか、ルー米財務長官と米国主導のIMFは、ユーロ圏に対し債務カットも受入れギリシャ問題を速やかに解決するよう強く促しています。

すなわちギリシャ問題への対応とは、金融危機への引き金を握る債務国ギリシャを債権者の欧米諸国が必死になだめ、デフォルトさせずに追貸ししてゆくことといえましょう。

しかし、観光以外にめぼしい産業のないギリシャは、たとえ要求どおりに債務がカットされたとしても、返済を続けてゆくことは困難です。

最終的には、借りたユーロと並行して独自通貨ドラクマを導入のうえ、冒頭で紹介した紀元前4世紀の教訓を活かし、大きな数字を描いたドラクマ貨幣での返済となるかもれません。

昔もいまも、きっと未来も、ギリシャはギリシャ。

株式会社アナリスト工房