米国債とドルをめぐる米中攻防
債券安・ドル高ではじまったトランプ相場に挑む米次期政権と中国当局
2017年1月10日(火)アナリスト工房
1.「偉大なアメリカの復活」のためには利上げでなくドル安誘導が必要
昨年11月のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選したことを受けて、米ドルはいったん急落した後はるかに大きく急伸し続けました。しかし、次の大統領へのご祝儀相場の本質は、米国をはじめ世界的な債券バブルの崩壊への危機です。
トランプ相場の序章「債券バブル崩壊」が為替のドル高を招いた仕組みは2つ。
1つめは、各国の債券市場から逃げたヘッジファンドなどの投資マネーがドルの現預金にひとまず避難していること。避難時には、ドル建て以外の債券からのマネーがドルへ替わることに伴い、ドル高が生じます(トランプ相場の主役は債券バブル崩壊)。
2つめは、わが国の保険会社などによる「為替ヘッジ付き米国債投資」での為替ヘッジのリバランス操作(ヘッジ比率を一定に保つための是正策)。売りヘッジされていたドルが、米国債価格の急落に合わせて次々と買い戻されたのです。
このように、いまのドル高は債券安という犠牲の上に成り立っています。アメリカの国がすでに実質破綻の状態にあるなか、その債券と通貨の両方を同時に支えるのは困難ですからね。
一方、トランプ次期米大統領がいちばん重視している政策(製造業の国内回帰)を実現するには、中国やメキシコでの製造に対抗できる価格競争力をつけるために、ドルを30〜40%切り下げる必要があります。
債務免除で富を築いた元借金王のトランプ氏が選挙演説でふれた「政府債務減免」に踏み切った場合には、1971年のニクソンショック以来のドル切り下げとなるでしょう。その前に、トランプ次期政権がドル高の現状に懸念を表明したとたん、急速にドル安へ転換してゆくと想定されます。いまの債券安・ドル高は、薄氷の均衡なのです。
今年のFRB(米国中銀)はいまのところ年3回の利上げを示唆しているが、早期に政策金利の利上げを次々と実施した場合には、債券安が加速し信用不安を招く危険があります。昨年(年初のFRBは年4回の利上げを示唆していた)に続き、今年もせいぜい年末に1回の利上げに終わるでしょう。
このように、FRBは市場がいつも利上げへの期待を抱くようフォワード・ガイダンス(金融政策の方向性の示唆)を行なう一方、実際の利上げ実施は期待が途切れない程度の最小限にとどめる公算。通貨の番人としてドルの価値を守る金融政策は、雇用創出のためにドルを引き下げたい次期政権の意向とは逆ですね。
2.投機筋を撃退した後の中国は米国との通貨安競争・貿易戦争へ
いまの薄氷の均衡にある債券安・ドル高を脅かすのは、トランプ次期政権のドル安誘導(あるいは政府債務リストラによるドル切り下げ)への懸念のほかにも、中国の金利・通貨と外貨準備に関する不透明な政策があります。
中国当局は、伸び悩む輸出をテコ入れするため長期的には緩やかなペースでの人民元安を許容する方向性の一方、投機筋の攻撃を受けて元が急落することをけっして許さない姿勢です。
PBOC(中国中銀)は、昨年10月以降のヘッジファンドなどの元売り浴びせに対し、大規模な元買い・ドル売りの為替介入で対抗。介入で売ったドルを支払うために外貨準備で保有する米国債の一部を次々と換金処分した結果、中国の米国債保有高は日本を下回り2位に転落しています(2016年10月末時点:米財務省が12月公表)。
とはいえ、中国の外貨準備高(2016年12月末は前年比9.6%減の3.01兆ドル)は依然世界No.1。外貨準備のドル建て以外の資産(日本国債など)へのシフトも進めていることから、PBOCによるドルと米国債の売り圧力はまだまだ大きい。
先週(2017年の第1週)は、中国当局が香港の短期金融市場の資金供給を絞り、翌日物金利が一時なんと105%まで高騰。投機筋など人民元の売り手は、翌日物で借入れ資金繰りしているため、元売りにかかるコスト膨張を嫌気。売り手の持ち高縮小を通じて、元は1月5日までのわずか2日間でドルに対しなんと1.3%も反発しました。
翌日物とはいえ年率100%超の金利水準への誘導は、市場主導での人民元相場の急激な変動を断固阻止する、当局の強い意志を示す行動とみてとれます。
一方、そのとき反落したドルは、わが国の円、欧州のユーロに対してもそれぞれ2.0%、1.9%弱含みました。円もユーロも対ドル相場が元と連動性が高まる傾向のなか、引き続きFRBの年3回の利上げ示唆で勢いづいた投機筋と中国当局とのガチンコバトルの動向は予断を許さない。
また、長期的には輸出テコ入れのために緩やかな元安志向の中国当局は、短期的な投機筋を撃退し元の価値急落を食い止めた後には、アメリカでの雇用創出のためにドル安を望むトランプ次期政権との間で通貨安競争と貿易戦争に挑むと想定されます。
そのとき、米次期政権が実際に「伝家の宝刀を抜く(ドルを切り下げる、あるいは政府債務減免に踏み切る)」かどうかが、トランプ相場の第2章での最大の注目点です。
アナリスト工房 2017年1月10日(火)記事