米国の失業率低下の主役と影

「ナハルさん(米国へ移住するために出発したホンジュラス人のシングルマザー)は家も仕事もなく、学校へ通う息子のセイジ君(10)はなかなか本を買ってもらえない。『なぜ米国へ行くの?』との質問に、彼はやせた胸を張って『働くためさ!』と答えた。」

英エコノミスト誌2014.6.28号の記事『米国への移住』

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2015年1月13日(火)アナリスト工房

世界でいちばん多くの人々がみている経済指標は、毎月第1金曜(あるいは第2金曜)に公表される米国の雇用統計です。

株式の時価総額が首位でかつ基軸通貨ドルを発行する米国の経済情勢は、世界の株式・為替市場の大勢を左右します。経済情勢を表すGDPは個人消費が7割も占め、個人の消費規模が雇用の状況によるため、失業や賃金の動向を集計した雇用統計は最重要指標なのです。

今月9日に公表された昨年12月の米国の失業率は5.6%。前の月(11月は5.8%)から大きく低下するとともに、大方の市場予想(5.7%)よりも良い数字でした。なのに、当日の市場ではNYダウとドル/円が1.0%も下落しているのは、いったいなぜでしょうか?

失業率の数字が下がった背景には、むしろ悪化している雇用の状況がみてとれるからです。

そこで今回は、米労働省の統計データを用いて失業率低下の要因を説明しながら、米国のとんでもない雇用実態を紹介しましょう。

まず、雇用統計の母集団(調査対象の全体)は、生産年齢人口(16歳以上の人口)です。

昨年12月の生産年齢人口は249.03百万人で、前月比0.18百万人増。少子高齢の日本、1人っ子政策(1980年−)の中国はそれぞれ1996年、2012年から生産年齢人口が減少傾向ですが、中南米から移民を積極的に受け入れている米国の生産年齢人口はいまだ増え続けています。

12月の米国の生産年齢人口のうち、就業者147.44百万人と失業者8.69百万人の計156.13百万人が労働力人口(就業者と求職活動中の失業者)です。このとき失業率5.6%は、労働力人口に対する失業者の割合(=8.69/156.13)として計算されています。

前の月に対し、分子の失業者は0.38百万人減も、分母の労働力人口の中の就業者はわずか0.11百万人増。減少した失業者の一部は再就職して就業者となったようですが、残る大半はどこへ行ってしまったのでしょうか?

減った失業者の大半は、労働力人口から非労働力人口(就業者でなくかつ求職活動中でない者)へ移動しました。

雇用統計では、求職活動中の失業者は労働力人口に含まれますが、求職活動をやめて4週間を過ぎると元失業者と見なされ非労働力人口へ追いやられるのです。とある国の学力テストと同様に、成績の悪い者を欠席させたうえで国民の成績が計算されているといえましょう。

結果、12月の非労働力人口は前月比0.45百万人増と、生産年齢人口の中で最も大きく伸びています。専業主婦や引退した高齢者もこの非労働力人口に含まれますが、わずか1カ月間で家庭に入る女性や定年退職者が急増するとは考えづらいですね。

よって、職探しをあきらめた元失業者が非労働力人口へ大量移動したことが、失業率低下の最大の要因と見受けられます。

実質的な長期失業者が非労働力人口の中に数多く隠れている限り、労働需給が改善しないため、賃金上昇は長続きしません。

12月の平均時給は前月比0.2%減と、1年5カ月ぶりに下落。市場では、米国経済を担う個人消費の伸びがあまり見込めない雇用統計の結果が嫌気され、その公表直後に株価もドルもたちまち反落したのです。

ちなみに米国の雇用実態は、リーマンショック後に失業率10.0%のピークに達した2009年10月との比較でも、上記と同様の傾向がみられます。

昨年12月までの5年2カ月間に、就業者がいくらか増えるとともに失業率が大きく低下も、生産年齢人口の中でいちばん伸びているのは非労働力人口(職探しをあきらめた元失業者など)です。

就業者の増加数は中南米(ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラなど)からの移民をはじめヒスパニックが4割と最も多く、非労働力人口の伸長は白人が7割も占めています。

移民たちが職に就く一方で従来からの米国人が失職しているため、賃金上昇への圧力は働きづらく、実質賃金はほぼ横ばい(*)。まだまだ、リーマンショック後の大不況からの回復には程遠い状況といえましょう。

今年(2015年)は、物価上昇の悪影響を受けて景気後退中の日本に続き、欧州ではギリシャ問題の再々燃とデフレ不況への懸念を抱えていることもあり、主要先進国の中で米国だけが世界経済のけん引役としての期待を集めています。

足元の米国株とドルはいまだ高値圏ですが、これからは大きな期待の込められた市場価格に見合った経済成長での裏付けが求められる展開が想定されます。

米国経済が主力の個人消費とともに伸びるためには、低賃金の移民のなかから高賃金の職にステップアップする者が増える、あるいは失職中の従来からの米国人に復職の動きが広がってゆくことが大切です。

また、雇用統計のお化粧と企業のコスト削減のための移民受け入れであってはなりません。冒頭のホンジュラスからの移民の母子にとって、新天地で将来への希望を見出せる2015年であることを祈っています!

株式会社アナリスト工房

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*)物価上昇率を控除した実質賃金の伸び率は、雇用統計の中の平均時給とCPI(消費者物価指数)を用いて求めることができます。2009年10月から2014年11月まで(12月のCPIがまだ公表されていない)の実質賃金は年0.2%増とほぼ横ばい。年2%以上の実質GDP成長が期待されている米国経済を担うには力不足といえましょう。