朝鮮統一を促す日本の対韓制裁
非核化交渉が失敗した場合でも、トランプの狙いどおり在韓米軍撤退へ
2019年7月11日(木)アナリスト工房
(2019年7月12日(金)編集)
歴史はよく似た場面を繰り返すことが多い。新しい出来事の本質がいったい何なのかを知りたいときは、過去の歴史場面からその答えを発見できることがよくあります。
先月のG20(20カ国首脳会議)大阪の直前から動きが本格化しいまも進行中の「日本の対韓制裁」の本質を知るための歴史散策は、1年前にG7カナダ・シャルルボワを途中退出したトランプ米大統領が北朝鮮の金委員長と会談するためにシンガポールへ向かう途中、G7共同声明を撤回した場面からはじまります。
18年6月のG7シャルルボワでのトランプ大統領は、議長国カナダの乳製品への高関税270%をやり玉にあげ不公正な関税を撤廃するよう強く主張し、その点が他国の同意を得られないまま取りつくろうように公表された共同声明を承認撤回しました。このとき、西側主要国の自由貿易と結束は音を立てて崩れたのです。
なお、トランプ氏が撤回・破棄したG7の声明文は、米朝首脳会談のために途中退出した彼が日本の安倍首相に取りまとめるよう任せたものでした。
1年後のG20大阪(19年6月28−29日)で、議長国日本がトランプ大統領の添削を受けながら苦心して取りまとめた共同声明のキーワードは、「自由、公平、無差別で透明性があり予測可能な貿易」。しかし今回、公表直後の首脳会議の共同声明文を実質破棄したのは、その取りまとめに奔走した議長国ニッポン自身だったのです。
日本政府は7月4日、安保上の不適切な事案が発生したとの理由により、韓国への貿易制裁を発動。日本のシェアが90%以上占める半導体材料の3品目(フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素)は、半導体が主力産業の韓国への輸出については、個別案件ごとになんと標準3カ月間の審査を要するようになりました。
また8月末以降の韓国は、日本の安保上の友好国「ホワイト国」のリストから外され、半導体向け以外の電子部品・化学品や産業機械についても日本からの輸入がままならなくなる予定。
日本の対韓制裁が軍事利用可能な半導体材料の輸出規制であることから、守秘義務のため日本政府が公にしない安保上の不適切な事案のなかには、従来から取り沙汰されていた北朝鮮などへの材料横流し疑惑も含まれるかもしれません。
しかし、日本政府が必死に取りまとめたG20大阪の共同声明(自由、公平、無差別で透明性があり予測可能な貿易)を公表直後に自ら踏み倒した最大の理由は、G20前後にかけて急変した安保上の別の事案にあるはずです。それは、トランプ大統領が急にエスカレートさせた「日米安保見直し」と推察されます。
今年1月からシリアやアフガニスタンからの米軍撤退を推進してきたトランプ氏は、日本を守る義務のあるアメリカが軍事攻撃を受けた場合に日本の自衛隊が援護することを義務づけられていない点で、片務的な日米安保を破棄の方向で見直し中。そのことが、G20の直前から閉幕直後にかけて、急速にクローズアップされてきました(下記)。
・ブルームバーグ記事『トランプ大統領、日米安保破棄の考えを側近に漏らしていた』Jun 25th 2019
・「もしもアメリカが攻撃されても、日本はわれわれを助ける義務がまったくない。日本人ができるのは攻撃場面をソニーのテレビでみることだ!」
トランプ大統領(Jun 26th 2019)FOXのインタビュー
・「(日米安保条約は)不平等な条約であると、過去6カ月にわたり、安倍首相へ伝えてきた」
トランプ大統領(Jun 29th 2019)G20大阪 閉幕後の記者会見
このままではトランプ大統領は、日本の安倍首相に対し日米安保見直し要求を6カ月前から突きつけてきたことの次には、日本政府にとっていっそう不都合な事実「日米貿易交渉のズバリ落とし所」を7月の参院選前に蒸し返すかもしれない勢いでした。
・「対日貿易交渉は大きく進捗している。農産物と牛肉が重点課題だ。7月の選挙後の交渉大詰めでは、大きな数字での成果が見込まれる」
トランプ大統領(May 26th 2019)Twitter
・毎日新聞記事『貿易交渉、日本は「失うだけ」?日米「密約」疑惑、参院選前に明かせないのは』Jun 17th 2019
参院選前に貿易問題をエスカレートさせたくない日本政府は、米軍海外撤退を進めているトランプ氏の意向どおり、韓国を制裁しホワイト国(安保上の友好国)から外すことで在韓米軍撤退への協力に踏み切ったと推察されます。
▼米中ロ首脳の"21世紀のヤルタ合意”が形成され、新国際秩序が幕開け
G20大阪の会場から韓国での米韓首脳会談に向かったトランプ大統領は、韓国の文大統領とともに北朝鮮との国境沿いのDMZ(非武装地帯)訪れた6月30日、そこにある板門店で予定どおり米朝首脳会談を実現しました。会談前に米朝首脳が互いにそして肩を並べ南北の国境線を越えたとき、1953年から休戦状態が続いていた朝鮮戦争(1950−)は実質終結したと解釈できます。
・「いまこの場で金委員長をホワイトハウスに招待したい」
トランプ大統領(Jun 30th 2019)米朝首脳会談
・「南北分断の象徴たる板門店で、長い敵対関係の歴史を乗り越え、朝米首脳が平和への握手をしたことだけでも、今日は昨日までとは異なる」
北朝鮮の金委員長(Jun 30th 2019)米朝首脳会談
・ハンギョレ記事『文大統領「朝米の敵対関係は事実上終息」』Jul 7th2019
板門店での米朝首脳会談に先立ち、4月のロ朝首脳会談(ウラジオストク)ではロシアが非核化に取り組む北朝鮮に対し軍事侵略されないよう安全を保証し、6月20日の中朝首脳会談(平壌)では朝鮮半島の非核化に向けて中国が米朝交渉の後ろ盾となることを確約しました。
その間に、6月5日の中ロ首脳会談(モスクワ)では、北朝鮮への協力体制を互いに確認。G20大阪の会場で開催された米ロ、米中の首脳会談でも、北朝鮮対応はもちろん重要テーマの1つだったはずです。結果、朝鮮半島の戦後処理に関する米中ロの3カ国合意が形成されたと推察されます。
戦後処理に関する主要3カ国合意の歴史といえば、1945年2月に第2次世界大戦後の新たな国際体制のあり方を米英ソの首脳(ルーズベルト米大統領、チャーチル英首相、ソ連のスターリン書記長)が取り決めた”ヤルタ会談”ですね。
今回の"21世紀のヤルタ合意"に基づく戦後の朝鮮半島非核化への米朝交渉は、7月中旬以降はじまる予定。韓国も含む朝鮮半島全体を非核化するためには、核兵器をもつ在韓米軍はもちろん半島から退く必要があります。
米軍を海外から撤退したいアメリカと経済制裁を解除してもらいたい北朝鮮は、米中ロの合意に沿って、現実的な「段階的歩み寄り」による解決策を上手に見出していく可能性が高い。
あるいは、機運が高まる南北朝鮮統一が実現した場合には、韓国を含む新たな統一国家に対するいまの北朝鮮への経済制裁は適用不可能となります。そのとき、韓国との軍事同盟が消滅するアメリカは、南北統一国家との新たな同盟を結ばない限り、朝鮮半島から撤退するしかない。そもそも、中ロが後ろ盾となる東側の統一国家と西側のアメリカとの軍事同盟はありえません。
すでに日本政府からの制裁を受けて安保上の友好国から外れた韓国は、在韓米軍を退けたいトランプ大統領の狙いどおり、北朝鮮との国家統一を米大統領選のある2020年までに踏み切る可能性が高い。日本の対韓制裁は、たとえ朝鮮半島の非核化への米朝交渉が失敗した場合でも、韓国からの米軍撤退を確実に遂行するためのリスクヘッジ策とみてとれます。
在韓米軍の撤退とともに、朝鮮半島の有事に備える役割をあわせもつ在日米軍も去ってゆく可能性が高い。ヤルタ合意に基づく第2次世界大戦直後と同様に、国際秩序は一変するでしょう。備えあれば憂いなし。
アナリスト工房 2019年7月11日(木)記事