アフガン陥落の舞台裏 嫌戦と一帯一路

We Shall Never Return. 米軍兵器850億ドルの「置き土産」は語る

2021年8月24日(火)アナリスト工房

アフガニスタンの武装勢力「タリバン」が国土奪回を本格化したのは、米軍が首都カブール北郊にある最大の作戦拠点バグラム空軍基地から撤退し終わった7月2日。撤退期限(トランプ前政権が約束した5月1日)に遅れたお詫びの品のつもりか、以降アフガン各地の米軍撤退跡には、アメリカの兵器(ヘリコプター、装甲車、戦車、ロケットランチャー、マシンガンなど)が弾薬とともに大量に残されていた(Trump: Biden Must Apologize to America for Afghanistan Chaos)。

そのなかには撤退時の米軍がもしも撤退時に使えば便利だった乗り物(ヘリコプター、装甲車など)も含まれることから、これらの兵器(トランプ氏によると計850億ドル相当)は米軍からタリバンへの置き土産と見受けられる。


トランプ支持者が大半を占める現地のアメリカ軍人たちは、前最高指揮官のトランプ氏の決断を尊重し、タリバンと戦う意志がほとんどない。アメリカの45代大統領と同様に軍人たちも、巨額の財政を費やす意義を失った海外米軍の撤退にずいぶん積極的だ。

タリバンとの交戦を避けたのは、米軍傘下のアフガニスタン政府軍も同じ。主体性のない現地の政府軍は、兵員数も装備もタリバンをはるかに上回っていたにもかかわらず、ほとんど戦わないまま、米軍撤退と歩調を合わせ兵器を置き潰走した。


一方、米軍と政府軍が置いていった大量の兵器を受領したタリバンは、それらを早速利用するために、新たな人材をスカウトし活用している。ロケットランチャーやマシンガンを携え地上を駆けめぐるタリバンは、空を飛ぶヘリコプターの操縦が苦手。そんな彼らを乗せていまヘリの操縦を担っているのは、実はタリバンに転職したばかりの元アフガン政府軍のパイロットたちだ。米軍がアフガンに戻る余地は、タリバンへの置き土産の狙いどおり、もう残っていないとみてとれる。


まもなく発足するタリバン新政権が国民の幅広い支持を集め国家運営を軌道に乗せるためには、特殊技能の持ち主に限らず幅広く大勢の人材を活躍できることが大切。首都カブールのサルタンゾイ市長は先週、タリバンから現職続投を強く命じられた。首都行政の長とともに仕事を続けられる多くの公務員たちは、今後も活躍できるチャンスを得たようだ。

▼中国主導の公共大事業が、米ドル資金を絶たれたアフガンを復興へ

米軍が退くとともに中国勢の進出が加速するアフガニスタン情勢で最も注目されるのは、中国主導の公共事業「一帯一路(21世紀のシルクロード)」への参加などによるアフガン経済復興への動きが、中国政府とタリバンとの間で急速に本格化してきた実態である。

7月28日、王毅外相とタリバン代表団(次期アフガン大統領の有力候補バラダール司令官など)の外交会談が天津で開催された。会談で王氏は、タリバンがテロ組織(とくにウイグル自治区の独立を目指す「ETIM(東トルキスタン・イスラム運動)」)ときっぱり一線を画することを条件に、新たなアフガンへの徹底的な経済支援(「一帯一路(21世紀のシルクロード)」へ招待など)を確約した。


実は、ウイグル自治区のテロ組織ETIMは、10年以上前から存在の確証が得られていないことを理由に、アメリカ政府のテロ組織認定リストから除外済み(20年11月6日米国務省公表)。なので、中国政府によるアフガニスタン新政府への経済支援は、実質無条件に近い。支援策の目玉は、一帯一路のなかで中国ウイグル自治区およびパキスタンのインフラ開発プロジェクト「中パ回廊」へ、新たにアフガンが参加すること(China prepares to move into Afghanistan with $62 billion ‘Belt and Road’ initiative as American troops leave)。

高速道路、鉄道、エネルギー・パイプラインがアフガニスタン国内に延びるにつれて、公共事業に伴う幅広い雇用と大きな有効需要が次々と創出され、アフガン経済は着実に復興してゆくだろう。


中国へ走るアフガニスタンを金融面で強く後押ししているのは、実はバイデン政権のアメリカである。

「アフガン陥落」の8月15日、約90億ドルのアフガン外貨準備のうちアメリカの金融機関が預かる70億ドルは、米財務省が凍結した。以降タリバンのアフガンは、アメリカの制裁を受けたロシアやイランと同様に、米ドル口座へアクセスできなくなってしまった。お金の切れ目は縁の切れ目。アフガンはアメリカを振り切り、ロシア主導で非ドル化を推進中の東側(中、ロ、トルコ、イランなど)へ走り去る可能性が濃厚だ。


一方、アフガニスタン陥落後の現地米軍がカブール空港外で活動できないなか、アメリカは覇権国として世界を走り続けるのが難しくなってきた。米国内での大規模なインフラ開発計画と今秋以降のテーパリング(アメリカ中銀は米国債買い取り縮小へ)に伴いアメリカの財政がいっそう苦しくなるなか、深刻な財政赤字の最大要因である海外米軍は速やかに撤退するしかないのが実情。

覇権国の地位を放棄するしかないアメリカは、世界各地から退く動きをいっそう本格化させてゆくだろう。

アナリスト工房 2021年8月24日(火)記事