利回りフラット化が急がす米利上げ
とくに米2〜5年債と30年債の間での急速な利回り差縮小がヤバい!
2021年11月1日(月)アナリスト工房
今週2〜3日のFOMC(アメリカの金融政策決定会合)では、テーパリング(量的緩和の段階的縮小・終了)を今月半ば以降スタートし来年半ばに完了することが、正式に決まる予定。米連銀が量的緩和を終え引き締めに転じるときは、テーパリング完了後、量的引き締め(量的緩和で買い取った米国債などを売却することにより市場から資金回収する引き締め策)を実施するのが、金融政策の基本。
とはいえ、過去の量的引き締め(17年10月ー19年7月)は、米国債のイールドカーブ(満期までの期間別利回り)がアメリカ経済の先行き停滞を示唆する「フラット化(長い期間と短い期間の利回り差が著しく縮小)」および経済長期低迷を警告する「逆イールド(長い期間の利回りが短い期間の利回りを下回る状態)」と化し、大きな副作用を招いた(図表:2019.3.28、2019.8.15)。
米財務省の公表データに基づき作成
インフレ率と実質金利(インフレ控除後の利子率)から成る長期債利回りは、市場参加者たちによる満期までの名目経済成長率(=インフレ率+実質経済成長率)の長期見通し。通常のイールドカーブは、将来のインフレを適度な水準に抑えながら順調な経済成長が期待できる見通しのもと、たいてい「順イールド(長い期間の利回りが比較的短い期間の利回りを上回る状態)」である(上図:2018.10.9)。
一方、インフレ進行の危険に長くさらされる長期債が比較的短い期間の債券に対し利回り差縮小が顕著だったり利回り逆転する逆現象は、市場が経済先行きを懸念していることを意味する。
【国債利回りの構成要素とイールドカーブの形】
・長期債利回り (満期までの名目経済成長率の長期見通し)
=インフレ率 (期間が長いほどインフレ進行の危険が高い)
+実質金利 (満期までの実質経済成長率の長期見通し)
→適度なインフレと順調な経済成長を前提に、通常は順イールド
(長い期間の債券利回り > 短い期間の債券利回り)
・フラット化(長期債と比較的短い債券の利回り差が著しく縮小)
→経済の先行き停滞への注意報あるいは警報
・逆イールド(長い期間の債券利回り < 比較的短い期間の債券利回り)
→経済の長期低迷への注意報あるいは警報
・なお、短期債利回りは、政策金利(翌日物)との連動性が高い
(期間が短い物ほど、利回りが政策金利水準に大きく左右される)
前回の量的引き締め終了後に逆イールド警報(上図:2019.8.15)が鳴り響いた原因は、あらゆる期間の米国債利回りが前月末0.25%引き下げられた後の政策金利(翌日物2−2.25%)をはるかに下回ったことから、明らかに利下げ幅不十分な米連銀の失策である。
長期低迷経済への警報が鳴り響くなか、パウエル議長の米連銀は翌月0.25%、翌々月0.25%と連続の追加利下げ(1.5ー1.75%へ)を強いられた。
一方でテーパリング開始前の今回の米債逆イールド注意報は、先週10月28日以降の20年債と30年債。34年ぶりに20年債の発行が再開した20年5月以来初の30年債との利回り逆転は、20年債入札の需要弱く芳しくない状態続きが主な原因。アメリカの10年債と30年債を必死に買い支えている日本の機関投資家たちでさえ、ニーズの低い20年債には手が回らないのが実情。
そして最も深刻な警報は、米2〜5年債と30年債の間でのフラット化である。先週は2年債利回りが一時0.564%と20年5月以来の高水準まで上昇した一方、30年債利回りがなんと2%を下回る低水準と化した。過度のインフレ状態が数年間続くことによりアメリカ経済が長期低迷に陥る懸念のなか、数年物と30年物の利回り差は急速に縮小傾向(Daily Treasury Yield Curve Rates)。
米債イールドカーブのフラット化現象は、米連銀に早期利上げで引き締め、インフレを退治せよと強く促す警告だ。
▼インフレ退治は資金回収だけでは不十分。ゼロ金利政策は継続困難
アメリカのイールドカーブが発した警報は、前回19年8月が量的引き締め(中央銀行が量的緩和で買い取った米国債などを売却することにより市場から資金回収する引き締め策)の終了直後だった一方、今回が量的引き締めに先立つテーパリング(量的緩和の段階的縮小・終了)の開始前とずいぶん早いのはなぜか?
実は今回は、量的緩和を終え引き締めに転じるときの第1段階であるはずのテーパリングに先立ち3月半ばから、米連銀がリバースレポ(市場の金融機関から翌日物資金の担保付き借入)を毎日実施し残高を次々と急増させ、市場から大量の資金を回収中。すでにQE4マネー(量的緩和第4弾の資金供給残高は4兆5419億ドル:10月27日時点)の約3分の1が回収済み(図表)。
米財務省は、アメリカの政府預金「TGA(Treasury General Account)」の残高を元の平残(3000〜4000億ドル)まで積み上げるために、米連銀に続き資金回収に励んでいる。連邦政府の決済口座TGAの残高は、10月14日にはわずか465億ドルと枯渇状態だった。が、その日に政府債務上限が引き上げられた後、短期国債増発により市場から資金回収を始めたイエレン長官の財務省は、10月28日までのわずか2週間でTGA残高を2598億ドルまで回復させた(下図)。
前職が連銀トップ(FRB議長)だったイエレン氏は、まるで米連邦政府の再建に励む「管財人」のようだ。
TGAの預け先FRBの週報(B/Sのページ)に基づき作成
連銀と財務省がQE4マネーの3分の1以上を回収済みにもかかわらず、経済を疲弊させる過度のインフレは収まる兆しがまったく観察されない。連銀が重視するPCE(個人消費支出)物価指数は、9月が前年同月に対し4.4%上昇と前の月(8月は同4.2%上昇)よりもいっそう悪化している。
アメリカがインフレを退治しスタグフレーション(過度のインフレのもとでの経済停滞)から脱するためには、「ステルス量的引き締め(リバースレポとTGAの積み上げ)」による資金回収だけでなく、伝統的手法の政策金利引き上げに踏み切ることがもちろん必要不可欠。いまのゼロ金利政策は、テーパリング終了時期の来年半ばまで続けるのが難しいなか、その前に解除される可能性が高い。
アナリスト工房 2021年11月1日(月)記事