米インフレ退治はQEマネー一掃の勢い
FRB量的政策の転換は、以前から急加速や突然終了が自由自在
2021年11月29日(月)アナリスト工房
アメリカのバイデン大統領は22日、連銀FRBのパウエル議長を「インフレの脅威に対処し最後までやり遂げるのにふさわしい人物」と記者会見で高く評価し、来年2月にいまの任期が切れる彼を再任すると発表。市場では以降、続投が決まったパウエル氏のFRBがためらいなくインフレ退治を本格化し、来年3月半ばに量的緩和を現計画よりも3カ月前倒しで完了させるとの観測が急速に強まっている(FRB緩和縮小、1月にペース倍増 3月半ば完了の公算=ゴールドマン)。
なぜなら、パウエル議長のFRBは、大統領の意向どおり金融政策を速やかに転換し、アメリカ経済の抱える課題に早急に対処するのがとても上手だからだ。わたくしどもアナリストをアッと驚かせる、とんでもない奇策を駆使しながら。
トランプ45代大統領が対中貿易戦争に挑んだ2019年のFRBは、9月末まで続ける予定だった量的引き締め(過去の量的緩和で買い取った金融商品を売却することにより市場から資金回収する引き締め策)を「7月末に終了した」と、0.25%の利下げ実施とともになんと終了当日に公表。
量的引き締めの唐突な終了は、想定外の利下げと同様に、もちろんドル安要因である。アメリカ製品の輸出競争力をつけたいトランプ氏の狙いどおり、翌8月初日から米ドルが勢いよく急落した。
直後、FRBの7月末時点のB/Sが公表され、彼らのとんでもない奇策が判明。7月末に終了した量的引き締めは、5月から規模が縮小したはずが、実は逆に規模が著しく拡大していた。量的引き締め額は、18年10月から19年4月までの月平均370億ドルに対し、5月から7月までが月平均480億ドル。当時の計画によると、5月からの引き締め限度枠は月350億ドルへ縮小するはずだったにもかかわらずだ。
このようにFRB量的引き締めの終了時は、限度額を超える強い締め上げ状態(ドル高要因)をつくった後それを一気に解消したことが、ドルを従来の水準よりも著しく急落させた。トランプ氏が任命したパウエル議長のFRBは、アメリカの競争力を高める自国通貨安を奇策で上手に導き、貿易戦争で大活躍だった。
<2019年のパウエル議長の米連銀勢の主な政策>
・7月末: 限度オーバーの量的引き締め(QT)がいきなり前倒し終了
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・9月17日: レポオペでの資金供給が始まり、”リーマン2.0”は回避
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・10月15日: 史上最大規模の量的緩和第4弾(いまのQE4)が開始
なお、19年9月半ばからNY市場の金融機関が深刻な資金調達難に陥ったなか、”リーマンショック2.0”を防ぐために、FRB傘下のNY連銀はレポオペ(米国債などを担保に金融機関へ資金貸付)での資金供給を毎日実施するプレ緩和策を20年7月初旬まで余儀なくされた。19年10月半ばからQE4(量的緩和第4弾)が始まり現在に至る。
FRBが19年7月末に量的引き締めを突然終えたのは、トランプ貿易戦争のためだけでなく、金融危機の防止やその後の経済低迷もしっかり見据え、大局的見地に基づく賢明な判断だったといえよう。
▼インフレ退治の今回は、リバースレポが発行済み通貨全回収の構え
いまのバイデン大統領の意向どおり、米連銀勢はインフレ退治のために緩和から引き締めへの政策転換を急いでいる。今月15日に開始したテーパリング(量的緩和の段階的縮小・終了)に先立ち、今年3月半ばからリバースレポ(米国債を担保に金融機関から資金借入)を毎日実施し残高を次々と急増させることにより、市場から大量の資金を回収中。このプレ引き締め策のリバースレポが今回の奇策である。
<2021年以降のパウエル議長の米連銀勢の主な政策>
・21年3月18日〜: リバースレポ(RRP)が連日実施され急拡大
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・11月15日: QE4(量的緩和第4弾)のテーパリングが開始
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・22年6月半ば:QE4が終了予定(終了前倒しへの観測が強い)
リバースレポによる資金回収ペースがQE4(量的緩和第4弾)の資金供給ペースをはるかに上回ることから、すでにQE4マネーの約3分の1が回収済み(図表)。11月24日時点の資金回収率は31.1%(=リバースレポ残高1兆4529億ドル/QE4マネー残高4兆6764億ドル)。
緩和から引き締めへ転換するときは、本来であれば「テーパリング→リバースレポ→量的引き締め」の順で実施するのが、アメリカの金融政策の基本。なのに今回は、FRB傘下のNY連銀が大規模なリバースレポをテーパリング開始のなんと8カ月前から実施中。早くもQE4マネーの回収率(約1/3)は、まるで量的引き締めがずいぶん進ちょくした後の数字のようだ。
引き締めを急ぐパウエル議長の米連銀勢は、これまで市場へ供給したQEマネーのうち最終的にいくら回収するのか?
まず、QE4に先行したプレ緩和策レポオペのピークはが4957億ドル(20年3月17日の残高)に対し、後に正味のQE4資金供給残高は一時その7.5倍の3兆7242億ドル(上図の21年4月14日)まで膨らんだ。QE4開始前後のレポオペは、やがてその7.5倍の規模にまで正味のQE4マネーを押し上げるのに貢献した。
次に、その倍率がQE終了前後のリバースレポに対する正味QEマネーの押し下げにも当てはまると仮定しよう。これまでのリバースレポのピーク(1兆6049億ドル:21年9月30日)の正味QE4マネーの押し下げ効果は、やがてその7.5倍の12兆0368億ドル。その額は、正味QE4のピーク(3兆7242億ドル)およびQE1〜3(QT控除後の正味合計は3兆3150億ドル)の合計をはるかに超えてしまう。
すなわち米連銀勢は、すべての量的緩和(QE1〜4)を完全に巻き戻すだけでなく、発行済みのドル通貨をすべて回収し「通貨リセット(新ドルへの切り替え)」に踏み切ると想定される。ずいぶん早くからリバースレポで超大規模な資金回収に踏み切った彼らの目的は、その規模からズバリ通貨リセットと見受けられる。
来年2月の北京冬季五輪の会場では、中国元CBDC(中銀デジタル通貨)が華やかにデビューする予定。普及加速が濃厚な中国元との対抗上、長年のQEですっかり疲弊した米ドルが基軸性を失わないためには、とくに通貨価値の面で抜本的刷新が必要だ。金・銀など実物資産で価値を裏付けた新ドル発行の前に、米連銀勢はいまのドルをせっせと回収中とみてとれる。
パウエル議長の再任を決めたバイデン大統領の狙い「インフレ退治」のためにも、基軸通貨の番人FRBは遅くても来年1月末までにテーパリングを現計画に対し急加速させ、4月末までに量的緩和を完了させる可能性が濃厚。以後の資金回収は、リバースレポのデフォルト処理(NY連銀があえて資金返済せず、担保の米国債が民間金融機関へ移転)をきっかけに、スムーズに進んでゆくと想定される。利上げは、いまのドルのもとでなく、新ドルへの切り替え後における最初の政策金利決定時かもしれない。
12月14-15日のFOMC(米金融政策決定会合)は、連邦政府債務の上限引き上げをめぐり再び混乱が予想される時期と重なりそうなので、まだまだ不安定な相場展開がしばらく続きそうだ。やれやれ・・・
アナリスト工房 2021年11月29日(月)記事