株式のインフレヘッジ効果(PB分野)
2014年12月10日(水)
ライフプランニングではインフレ対策が課題
今年4月からの消費増税と8月以降の急激な円安に伴う輸入物価上昇を受けて、10月のCPI(生鮮食品を除く消費者物価指数)は前年同月に対し2.9%も上昇。
また、日本経済は2期連続(4-6月、7-9月)のマイナス成長でもって景気後退に陥り、日本国債は格下げ(今月1日ムーディーズ公表:Aa3→A1)を被った。
"日本売り"の円安が加速するなか、足元の物価上昇は悪性インフレの様相を呈しはじめている。
PB(プライベート・バンキング)のライフプランニングでは、顧客の資金計画(在職時・引退後・相続後にわたる資金収支のキャッシュフロー表)を描く。
その際に従来から散見されるのは、引退後の収入が支出を下回るキャッシュフロー赤字の状態が続き、このままでは財産が枯渇してしまう危険に気づくケースである。特に中途半端に高収入の"マス富裕層"に目立つ。
足元の年2.9%のペースでの物価上昇が続いた場合、24年後の物価水準はなんと現在の2.0倍に達し、将来の支出が大きく膨らむ。
一方、実質賃金(賃金の伸び率から物価上昇率を控除した指数)が16カ月連続で前年同月を下回るなか、物価高に見合う収入増は期待できない。
PB顧客が将来のさらなるキャッシュフロー赤字拡大で行き詰まるのを防ぐためには、インフレ対策が重要課題だ。そこで今回は、PB分野の中から資産運用設計でのインフレヘッジを取り上げたい。
株式のインフレヘッジ効果は?
誰もが手軽に利用できるメジャーな金融資産(預金、債券、株式)のなかで、インフレに比較的強いのは株式(株式投信を含む)である。
物価が上昇したとき、預金と債券の価値はもちろん実質目減りするが、なぜ株式の実質価値は目減りしにくいのか?
まずは、株式を発行する企業の売上高純利益率(売上高に対する純利益の割合)、株価指標のPER(純利益に対する株価の倍率)をともに一定と簡略化して説明しよう。
このとき、物価上昇とともにモノとサービスの価格は完全に販売価格に転化されるため、企業は採算を損なわない。その売上高と純利益(税引後の最終利益)は、物価と同じ率で上昇してゆく。
また、PERが一定の株式市場では、株価は純利益と同率で伸びてゆく。
よって、このとき物価上昇率と株価伸長率は互いに等しい。
実際には、物価上昇は消費者だけでなく企業も負担を強いられるため、売上高純利益率はいくらか低下する。また、市場のPERも物価上昇の前後で一定とは限らない。
とはいえ、4月の消費増税は販売価格へおおむね転嫁されており(*)、以降の日本企業の売上高純利益率も日本株指数のPERもまずまず底堅く推移している。
よって、物価の上昇とともに株価も伸長する傾向がみられるため、株式の保有はインフレヘッジの効果が期待できるといえよう。
ヘッジ額を決める際の考え方
次に、PB顧客の将来の資金支出がインフレにより膨らむ危険をヘッジするためには、その支出予定額に対しどの程度の株式が必要なのか?
将来の資金支出よりもはるかに小さな額の株式で十分と考えられる。理由は以下の2つ。
1つめの理由は、物価の変動が株価の値動きよりもはるかに小さいこと。
CPIはその底を打った2013年1月から足元の2014年10月まで4.5%の上昇に対し、その間のTOPIX(東証株価指数)は38.4%も急騰した。
この結果に基づくと、インフレヘッジに用いる株式の額は顧客の将来の支出予定額の1割強(12%(=4.5/38.4))が適正水準のベースとなる(**:別の期間での検証結果も1割強)。
インフレヘッジに用いる株式が小額で済む2つめの理由は、顧客が預金・年金・保険などを通じてすでに株式投資していること。
取扱機関経由での間接的な投資であるため、それらの金融商品の価値は株価上昇しても増えない。とはいえ、金融危機を伴う株価低迷時には、金融機関・年金基金・保険会社などの経営悪化により、商品価値が減額されてしまう危険がある。
このように預金・年金・保険などで株式リスクを背負っている点を考慮すると、インフレヘッジのためのさらなる株式投資は小額に抑えたい。
なお、厚生年金と国民年金の運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、日本株への投資比率の目安を従来の12%から新たに25%へ引き上げた(10月31日公表)。
顧客の年金基金を通じた株式投資が間もなく倍増することに伴い、負う株式リスクが大きく増えることも頭に入れておきたい。
結論と注意点
以上、ヘッジに用いる株式の額は、支出予定額の1割強をベースに、そこから株式リスクを考慮して決める。
顧客の株式リスクの回避度が高いほど、ベースの1割強からリスク分を大きく控除することが基本。結果、支出予定額の数%程度が平均的な適正水準となる。
なお、物価と株価の関係は一定でなく時とともに変わるため、株式ヘッジの額を定期的に見直してゆく必要はいうまでもない。
株式会社アナリスト工房
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*)消費増税が実施された2014年4月のCPI(生鮮食品を除く消費者物価指数)は前月比2.2%上昇しており、増税額は販売価格へおおむね転嫁されたと見受けられる。
**)なおデフレ・株安局面では、CPIはリーマンショック前のピークをつけた2008年8月から底打ちした2013年10月まで4.1%の下落に対し、その間のTOPIXは27.7%も上昇している。この場合も、株式での適正なヘッジ額は支出予定額の1割強(15%(=4.1/27.7))である。