行きづまった米国年金基金の教訓
「セントラルステーツ年金基金は、他の多くの年金基金と同様に金融危機で巨額の投資損失を負い、加入者へ給付するためのお金を失った。(中略)対策を何も講じなければ、2025年までに基金は支払不能に陥る見込み。
(中略)アバ・ミラーさん(64)と夫のエド・ノースラップさん(68)は、昨年10月にセントラルステーツ年金基金から受け取った手紙によると、いまの夫婦あわせて月7,000ドルの年金が3,000ドルに削減されるかもしれない。」
ジョネル・マルテ執筆『米国最大級の年金基金がまもなく給付カットの可能性』米ワシントンポスト誌記事 Apr 20, 2016
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2016年6月10日(金)アナリスト工房
鉄道網が乏しい米国の貨物輸送の主役は、輸送重量の7割を担うトラック。上記ワシントンポスト誌の記事にあるセントラルステーツ年金基金(CSPF)は、いくつかの州(テキサス、ミシガン、ウィスコンシン、ミズーリ、NY、ミネソタなど)のトラック運転手40万人が加入する、米国最大級の年金基金の1つです。
2008年のリーマンショック(米国発の金融危機)で巨額損失を被ったセントラルステーツ年金基金は、現役加入者が減る一方で引退後の年金受給者が増えています。最近の受給者への給付額が年28億ドルに対し、基金の総資産はわずか20億ドル(2015年度)。
いまは加入者の雇用主から徴収した拠出金を受給者への支払いにあてる自転車操業でしのいでいますが、このままでは2025年までには支払不能に陥る見込み。なお、この米国最大級の年金基金を救済するのに必要な額は、支払保証業務を行う年金給付保証公社(PBGC)が負担できる範囲をはるかに超えています。
そこでセントラルステーツ年金基金は、年金受給者への支払いを続けてゆくために、現役および引退後の加入者のうち25万に対し平均23%の受給額削減を提案しました。なかには、冒頭の新聞記事のように50%を超える大幅カットの事例もあります。
一方で加入者の多くは、強い団結力と行動力を誇るチームスター(全米トラック運転手労働組合)」の組合員。巨大なトラックを連ねて向かった各地で「私たちは掛け金を支払ってきた。年金削減反対!」のプラカードを掲げ、力強いデモを展開中です。
先月(2016年5月6日)、米財務省はセントラルステーツ年金基金の年金削減の提案を却下しました。しかし、基金へ救済資金が投入されることが決まったわけでもないため、9年以内に基金が破たんする状況は改善されていません。結果、いまもトラック運転手たちの大規模なデモが続いている次第です。
年金基金が破たんした場合の損失は、最終的には納税者が穴埋めすることになります。国が資金負担した場合には納税者にそのツケが回り、加入者が負担した場合にも、国の社会保障費の支出が増えるため、結局は納税者負担ですからね。誰にとっても、けっして他人事ではないのです。
本件でとくに残念に思うのは、セントラルステーツ年金基金がリーマンショックの影響で壊滅的な打撃を受けてから加入者が危機感を抱き行動に踏み切るまで、7年も経過していること。
引退後の月々の暮らしに必要なお金をうむ年金は、冒頭記事の夫婦をはじめ大半の受給者にとっていちばん価値の高い財産です。年金基金の運用状況は、日頃から定期的にしっかりチェックしましょう!
一般に、年金基金の運用状況に関する報告書には、どのような市場環境のもとでいかなる運用手法とポートフォリオ(資産配分)により投資を行い、基金の総資産の価値が前の期からいくら増えた(あるいは減った)かが記されています。
とくにリーマンショック時のように市場環境が大きく悪化した際には、ジャンクボンド(ハイイールド債)、ヘッジファンド投資などで、基金が「最後のババ」をつかまされていないか要チェックです。
もしも大きな損失が生じたときに、運用手法とポートフォリオを見直すこともなく「短期的な数字を追うよりも、将来を見すえ長い目でみてほしい」との年金基金のコメントがあっても、けっして納得してはいけません。
いまの運用手法とポートフォリオが次の瞬間の基金の総資産の額を決定し、そのまた次の瞬間へと続いてゆきます。将来はいまを積み重ねていった先々にあるので、将来のためにもいまこそが大切なのです。
いますぐに改善しなければ、将来は期待できません!
アナリスト工房 2016年6月10日(金)記事