原油の本当の価値は1バレル=0.3ドル
「科学の本によると、原油は海のプランクトン(微生物)の死骸が積もって地熱と圧力を受けてできた、限りある貴重な資源とのこと。しかし、地球の表面の7割は海なので、原油の素のプランクトンは無尽蔵に近いはず。ならば、原油が限りある貴重な資源ってのは、まるで子供だましだ!」
少年時代の筆者の素朴な疑問
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2016年1月25日(月)アナリスト工房
市場は気まぐれとはいえ、大勢の市場参加者の運用哲学にある”平均回帰の法則”によると、金融商品の市場価格は長期的にはファンダメンタルからの適正な水準へ均衡していきます。やがて市場で実現すると想定される適正価格の水準が"理論価格"です。
アナリストが分析する商品のなかで、原油・金などの資源(コモディティ)は、理論価格を求めるのが難しいといわれています。
代表的な金融商品の債券・株式は、予想される将来の利子・配当などを割引いて現在の価値に換算のうえ合計する、"割引現在価値”という手法で理論価格が計算できます。
一方、利子・配当のない資源は、割引現在価値の適用が不可能だからです。
そこで今回は、別の方法を用いて、資源のなかから原油の理論価格を推定してみましょう。その"市場の需給"に基づき形成されるべき均衡水準としての理論価格は、どのように求めたらよいのでしょうか?
日欧の省エネ努力に続き中国が成熟化。伸び悩む原油需要
まずは、世の中の原油の需要面を見渡してみましょう。
暖房用の灯油、車両・.船舶・航空機の燃料、家電製品のボディのプラスチック、スーパーのレジ袋、…。これらはすべて原油からつくられています。
人々の暮らし、生産活動、物流など至るところに欠かせない原油は、けっして希少価値の高い貴重なものではありませんが、ありふれた水や空気と同様に大きな需要のある大切な資源です。
とはいえ、リーマンショック後から2014年まで過去5年間の世界の原油消費量は、年平均わずか1.6%増(英BP社の公表データに基づく)。同じ期間の世界の実質GDP成長率(IMFの公表データに基づくと年平均3.9%増)の半分以下にすぎません。
省エネ技術の進歩、車両の排ガス規制の強化などによる日・欧での原油の需要減少が、その世界消費が伸び悩む大きな原因です。
さらに2015年以降は、中国など新興国の成熟化に伴う世界経済の減速を受けて、原油消費量は長期にわたる微増あるいは頭打ちが想定されます。
実は無尽蔵に近い資源。産油国の供給ラッシュは続く
一方で供給面は、2014年までの過去5年間の原油生産量は、経済制裁を受けて欧州へ輸出できなくなったイランを除き、主要産油国が軒並み大幅増産。とくに”シェール革命”の技術により岩に染み込んでいる原油を採掘できるようになった米国、油価の値決めの主導権を失い販売増でばん回したいサウジの供給ラッシュが顕著です(図表)。
また、2015年12月は米国産原油の輸出が40年ぶりに解禁。翌2016年1月の足元は、経済制裁を解除されたイランが欧州向け輸出再開をめぐりサウジとの値引き合戦を展開中。主要産油国の増産ペースの加速とともに、世界の原油備蓄が膨れ上がっています。
そもそも、原油はけっして限りある貴重な資源ではありません。
さまざま炭化水素の混合物からなる原油がどのようにして生まれたかは、「海のプランクトン(微生物)あるいは多くの星の地中にたっぷり含まれている炭化水素が、地熱と圧力を受けてやがて原油と化す」という説が有力です。
地球の表面は海が7割も占め、地中の深さは地球の中心まで6,400kmもあることから、原油の素として有力なプランクトンも炭化水素も無尽蔵に近いと考えられます。ならば、生成される原油はいまの産油国以外にも豊富に埋蔵されているはずです。
1973年のオイルショック時には、OPEC(石油輸出機構)が原油価格を突然2倍に引き上げる暴挙をしでかすとともに、「原油はあと30年でなくなる」との風説が世間に広まりました。
サブプライムバブルでの油価高騰(08年7月のWTI先物は一時147ドル)の前には、「まもなく原油生産はピークに達したあと減少に転じる」とのピークオイル説が話題となったことは記憶に新しい。
しかしいま、原油が掘り尽くされてなくなるどころか、生産ピークを迎える兆候さえまったくみられません。産油国による増産ラッシュが続く現在も原油が次々と生成中なので、けっして世界中の油田が枯れる事態には至らないのです。
原油の本質は水の如し。理論価格は簡単に近似計算できる
1970年代の原油市場は、その生産量と価格の決定権をもつOPECの寡占状態でした。しかし、非OPECの産油国(米国、ロシア、カナダ、中国など)主体の21世紀の市場は、生産調整も価格協定もままならず、寡占が崩れ競争原理が働いてきています。
しかも足元は、シェアを死守したい産油国が中・欧への輸出で価格指標(WTI、ブレントなど)よりも大幅な値引きに踏み切る事例も目立ってきました。
そのような実態に即した取引価格も含めて、いまの原油価格は売り手と買い手の需給を反映した適正な理論価格へ向かっていると見うけられます。
以上の原油の需給の状況を踏まえ、その市場が向かうべき先の適正水準としての理論価格を求めてみましょう。
割引現在価値が適用できない資源の理論価格は、その希少性、活用の用途、需要と供給の面などが同じ性質の別のものを探し、なかでも世の中で頻繁に取引されており適正な相場が形成されている資源の価格でもって推定できます。
原油は金(ゴールド)とは違って希少価値がなくありふれたものですが、暮らしのあらゆる場面に絶対必要な大切な資源。なかでも無尽蔵に近く大量に供給・売買されているものは、原油のほかには水だけです。
身体の6割が水分でできている人間は、水なしでは生きられません。ほかにも風呂、手洗い、電子部品の製造工程での洗浄、火災時の消防車の放水、…。生活、産業、防災など至るところで欠かせない水のなかで、供給・取引量No.1の水道水の料金相場をもって原油の理論価格を近似的に推定してみましょう。
【原油の理論価格 〜水道料金での近似計算〜】
原油を量る単位バレルは「1バレル=0.159立方メートル」、わが国の4人世帯の水道の2カ月あたりの平均使用量50立方メートルの料金は12,862円(2015年の東京23区)、円相場(ドル/円)は「1ドル=120円」。
このとき1バレルあたりの理論価格は、0.3ドル(=0.159×12,862÷50÷120)。足元の市場価格(WTIは30ドル)のなんと1/100の水準です。
また、米カリフォルニア州の4人世帯の水道料金に基づく計算は、1バレルあたり0.2〜0.4ドルと同様の結果がえられました(*)。
すべての人々に欠かせない資源は、貧富を問わず皆が利用できるよう、複数の国々にわたりしかるべき適正な相場が形成されている可能性があります。
また、水と同様に無尽蔵に近い原油は、ユーザーの需要伸び悩みも産油国のし烈なシェア争いがしばらく終わりそうにない状況です。
いっそうの需給悪化とともに、原油の市場価格ははるかに低水準の理論価格へ近づいていく展開が想定されます。
最初のターゲットは、1998年12月の底値(WTI先物は一時10ドル)。その前に、またまた「原油は限りある貴重な資源」との演出があるかもしれませんが、そんな子供だましはもう通用しません!
アナリスト工房 2016年1月25日(月)記事
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*)4人世帯の1カ月あたりの想定使用量18,000ガロン(68立方メートル)の水道料金は、サンホセ83.49ドル、ロサンゼルス122.41ドル、サンフランシスコ136.50ドル、サンディエゴ150.15ドル(2014年時点)。このとき1バレル(0.159立方メートル)あたりの料金は、サンホセが0.2ドル(=0.159×83.49÷68)、ロサンゼルスとサンフランシスコが0.3ドル、サンディエゴが0.4ドル。