アナリストのための『21世紀の資本』

ピケティの新たな資本論を最後まで読むための重要ポイントを解説

2015年1月26日(月)アナリスト工房

取り巻く経済情勢を踏まえ金融商品の分析・評価に携わるアナリストにとって、経済学は業務の出発点としての重要科目です。

今月からは、証券アナリスト協会検定会員向けの「継続学習制度」が始まりました。経済分野の自己啓発も、ぜひチャレンジしてみることをオススメします。

いま経済学の書籍のなかで最も注目を集めているのは、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』みすず書房(2014.12)です。

パリ経済学校で教鞭をとる著者は、世界経済の成長率が低下するなか、富と所得が上位1%の者に集中し、富をもたない者との格差が拡大傾向にあること。また、深刻化している格差問題を解決するために、累進課税強化の必要を説いています(下記要旨)。

これまで、富あるいは資本をもつ者とそうでない者との格差問題を扱った経済学者は、カール・マルクス(1818−1883)が第1人者です(*)。19世紀のマルクスは、自ら生んだ資本論を力強く説き、20世紀の世界の政治経済・思想へ大きな影響を与えました。

一方で21世紀のピケティは、さまざまな国々の豊富な統計データを活用し、今風の資本論を実証的に説得力たっぷりに示している点が特長といえましょう。

トマ・ピケティ著『21世紀の資本』みすず書房(2014.12)の要旨

トマ・ピケティは、富を産む資本(K)の国民所得(Y:労働所得+資本所得)に対する倍率β(=K/Y)に注目。欧州と日本のβは、1950−60年代には年間所得の2−3倍だったが、2000年以降は5−6倍。18−19世紀の水準へ戻りつつある。

資本収益率rは長い歴史を通じて年4−5%台とおおむね一定だが、国民所得に占める資本所得(r×K:配当・利子・利潤など)の割合は1970−80年代からβ上昇とともに増加基調。そのことにより、富をもつ者ともたない者との格差は拡大している。

本来であれば、βは貯蓄率(s)の経済成長率(g:人口増加率+生産性成長)に対する倍率s/gへ均衡してゆくはず(資本主義の第2基本法則:β=s/g)。なのに、βが上昇傾向なのはなぜか?

資本収益率rが年4-5%の高水準でおおむね安定的に推移している一方、経済成長率gが人口とともに伸び悩んでいるため、r>gの状態が続いているからである。

このままでは格差問題がいっそう深刻化するため、累進課税の強化でもって富と所得を再配分することが必要だ。

今回は、上記『21世紀の資本』の話のなかで、大半の読者にとって分かりづらい内容にもかかわらずあまり説明されていない重要ポイントを2つ解説します。

1つめは、理論面で大切な資本主義の第2基本法則(β=s/g)です。資本の国民所得に対する倍率βは、なぜ貯蓄率の経済成長率に対する倍率s/gへ均衡してゆくべきなのでしょうか?

資本主義の第2基本法則は、アナリストが企業分析で用いる自己資本の成長率に基づいたと見受けられます。

企業の自己資本の成長率は、ROE(自己資本に対する純利益の割合)×内部留保率(純利益のうち配当されず内部留保され自己資本に蓄えられる割合)。

この関係を実体経済に当てはめると、経済成長率gは1/β(資本Kに対する国民所得Yの割合)×貯蓄率s(国民所得のうち貯蓄され資本に蓄えられる割合)となるため、β=s/gを導くことができます。

なお、経済成長率(g)が式の分母にあることから、その低下につれβは上昇傾向なのです。

もう1つ分かりづらいのは、本書の結論r>gです。実際には、資本収益率(r)が経済成長率(g)よりも平均的に高いのはなぜでしょうか?

本の帯にも大きく描かれているキーワードr>gは、企業分析の資本収益率と経済学の名目金利の構成から導くことができます。

まず、企業分析で株式の期待収益率として用いる資本収益率rは、リスクフリーの名目金利よりもリスクプレミアム(株式投資でリスクをとる報酬)の分だけ高い。

また名目金利は、経済学のフィッシャー関係式に基づき、実質金利(インフレに伴う実質目減りを考慮後の金利水準)よりも期待インフレ率の分だけ高い。

さらに、実質金利は潜在成長率(長期にわたり潜在的にどの程度のペースで経済成長してゆけそうかの推定値)へ均衡してゆきます。

よって資本収益率rは、経済成長率gの長期的な見通しとして推定された潜在成長率よりも高水準なのです。

以上2点の重要ポイントを押さえたうえで、ピケティの新たな資本論にぜひチャレンジしてみましょう!

人口の伸び悩みとともに鈍化している経済成長率は、生産性が大きく上昇しない限り、本格的に上向くのは難しい状況にあります。

飛躍的な生産性向上は、これまで18世紀後半の産業革命と1990年代後半のIT革命がもたらしましたが、次の革命の有望な候補がまだ見当たりません。

しばらく続くと想定される低成長経済の根底にあるメカニズムを解明するために、また成長が期待できない時代にふさわしい政策の在り方を考えるうえで、『21世紀の資本』はぜひ参考にしたいオススメの1冊です。

株式会社アナリスト工房

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*)「資本所得が急伸するのは、労働所得が相対的に急落するときだけだ。(中略)資本が急速に増えると、労働所得は上がるかもしれないが、資本所得ははるかに大きく伸びる。」

カール・マルクス著『賃労働と資本』(1849)