アメリカ第1主義の狙いと経済効果

企業の海外生産と逆輸入を止め、自国の繁栄と雇用を取り戻そう!

2017年1月25 日(水)アナリスト工房

月2,500ドルで雇われた金銭目的のデモ隊にも負けず、大統領選挙前から続くメディアの不適切な世論調査にも負けず、ドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に就任しました。

すでに読者の信頼を失ったメディアの新大統領に関する記事のなかで、世界の注目を集めているのは就任演説の全文。そこには、アメリカの深刻な政治・経済情勢を踏まえたトランプ政権の施政方針が、国民の心に響く言葉でとても分かりやすく記されています。しかもそこだけは、読者を不快にさせる記者の的外れなコメントはありません。

1.統計でなく実態を踏まえ、政策は国民が仕事に復帰することを最重視

トランプ大統領の就任演説(下記)は、まずはアメリカの極めて悪い雇用実態にふれていることが特筆すべき点です。失業率の統計は完全雇用に近い状態を示しているのに、それが実態とかい離しているのはなぜでしょうか?

統計上の失業者よりもはるかに大勢の実質的な長期失業者がいるためです。統計では、失業者が求職活動をやめて4週間を過ぎると非労働力人口に分類し直され、失業率の計算から外されます。そのような長期失業者を含めた実質的な失業率は、昨年のトランプ氏の選挙演説によるとなんと28〜35%トランプ相場の主役は債券バブル崩壊)。

「われわれは、政治権力を首都ワシントンから国民の皆さんへ返上する。長期にわたり、首都の少数派が政府支出を受け取る一方、国民が財政負担してきた。ワシントンは栄えたが、皆さんはその富を共有できなかった。政治家は繁盛したが、雇用が海外へ流出し、工場が閉鎖されてしまった。

(中略)われわれは、外国の国境を守る一方、自国の防衛を犠牲にしてきた。海外のために何兆ドルも負担したが、アメリカのインフラを荒廃・衰退させてしまった。他の国々が豊かになる一方、わが国の富・活力・信頼が地平線の彼方に消え去った。工場が次々と閉鎖・海外移転したが、取り残された何百万人ものアメリカ人労働者への配慮はなかった。中流層の家庭から富が奪われ、世界にばらまかれてしまった」

トランプ米大統領『就任演説(前半の抜粋)』Jan 20th 2017

アメリカの実質高い失業率は、企業が安い労働コストを求めて製造拠点を海外(メキシコ、中国など)へ次々と移転し、国内がすっかり空洞化してしまったことが原因。勤務先の海外移転とともに職を失い現在に至る人々が、トランプ新大統領と与党共和党の支持層に大勢いるのです。

彼らを復職させるための政策は、財政の拡大よりも企業と外国の負担によるものが中心と想定されます。なぜなら、トランプ政権の閣僚は小さな政府を主張するティーパーティーのメンバー(ペンス副大統領、ティラーソン国務長官など)が主体。しかも、上・下院ともに過半数を占める共和党議員の大半は財政規律を重視しますからね。

2.壁の内側を守るためには、20〜44%のドル安を促すことが必要

製造業の国内回帰と社会インフラの整備を骨子とするアメリカ第1主義の政策(下記)は、政府支出をなるべく抑えたうえで、これまで国内を空洞化させてきたアメリカ企業の工場を外国から奪還し、アメリカ人の職を取り戻す(とくに自動車)。従わず空洞化を続ける企業には、その製品輸入の際に35%の重い国境税を懲罰的に課す方針。

企業の拠点展開と貿易を制限する自国第1の経済政策は、これまでのグローバル経済と自由貿易体制のもとでは異論が多いとはいえ、自国経済を守る点では合理性が高い。

そのことを、ある国の企業が安い労働力を求めて工場を海外移転しその製品を逆輸入するといった、よくあるケースで簡単に説明しましょう。

まず、その国のGDP(=国内需要+輸出-輸入)が輸入の増加により減るとともに、海外との低賃金競争に敗れたその国の人々が失業してしまいます。また、失業(統計に表れない実質的な長期失業を含む)の増加は、その国の個人消費の減退を通じて、国内需要を低下させる要因です。

よって、企業が海外生産のうえ逆輸入することは、母国の経済を2重に損ないます。このような経済破壊を伴う企業の拠点展開と貿易を止めさせる点で、国の経済と雇用を守る自国第1は合理性の高い政策なのです。

「アメリカ第1主義だ!貿易・税・移民・外交のすべての決断は、アメリカ人の労働者と家計の利益となるよう下す。われわれは、アメリカ向け製品をつくり、アメリカ企業を盗み、アメリカ人の職を奪う他の国々の破壊者から国境を守らなければならない。保護主義こそが大いなる繁栄と活力へ導く。

(中略)われわれは、雇用・国境・富・夢を取り戻す。新たな道路・高速道・橋・空港・トンネル・鉄道を全米につくる。国民を生活保護から脱却させ仕事に復帰させる。アメリカ人の手と労働でもって、わが国を建て直す。そのルールは、『米国製品を買え』、『アメリカ人を雇え』の2つ。われわれは、世界の国々と友好・親善を求めるが、すべての国々が自国の利益第1とする権利をもつとの認識の上でだ。

(中略)国民の皆さんが無視されることは、けっしてもう2度とない!国民の声・希望・夢がアメリカの運命を決定し、皆さんの勇気・善行・愛が未来を切り開く。(中略)偉大なアメリカを取り戻そう(MAKE AMERICA GREAT AGAIN)!」

トランプ米大統領『就任演説(後半の抜粋)』Jan 20th 2017

国内回帰する企業の工場にアメリカ人が一定以上の賃金で働くためには、彼らが不法入国してきた移民に職を奪われないよう、国境管理の強化も大切です。最低賃金未満でも就労する労働予備軍がいる限り、求人倍率も賃金水準も伸び悩みますからね。

トランプ氏の選挙公約には、不法入国を防ぐための壁(あるいはフェンス)をメキシコとの国境に建設することがありました。

中国の万里の長城が総延長21,196kmに対し、アメリカとメキシコの国境の長さは3,141kmにすぎない。最高裁がオバマ前政権の移民制度改革(不法移民5百万人の強制送還を免除)をすでに却下した追い風もあり、トランプの壁は社会インフラ整備の一環として実現する可能性が高い。なお公約によると、壁の建設費用はアメリカが立替えたうえでメキシコが負担します。

外国のいちばん大きな負担は、対米黒字国(とくに日・中・独)に対し「米国製品を買え」との圧力が高まること。このような貿易戦争にトランプ政権が挑むのは、アメリカ企業による海外生産品の逆輸入を阻止すること(上記)と合わせて、世界ワースト1の巨額貿易赤字と伸び悩むGDPの改善を図るためです。また、アメリカの工場からの輸出を伸ばすことにより、国内にいっそうの雇用創出が期待できます。

もちろん、日本をはじめ黒字国も、これからの時代は自国の利益第1。すでに廃案となったTPPに代わるアメリカとの2国間交渉では、すべての国々が交渉相手の理不尽な要求に断固拒否の姿勢を貫くことが大切。とくに黒字額No.1の中国は、80年代のわが国とは違い、貿易戦争でアメリカに屈する展開が考えづらい。

最大の黒字国との貿易交渉がうまくいかない場合には、トランプ政権はドル安誘導をいっそう強化(あるいは政府債務減免でのドル切り下げ)でもって貿易不均衡の是正に踏み切ると想定されます。ちなみに、米国製品が黒字国の製品と同等の価格競争力をもつためには、ドルは円に対し36%、人民元に対し44%、ユーロに対し20%も切り下がる必要があるのです(英エコノミスト誌 Jan 20th 2017号の購買力平価に基づく)。

以上、トランプ政権のアメリカ第1主義(製造業の国内回帰、社会インフラの整備、2国間の貿易交渉、ドル安誘導の4つの政策)は、国民に主権と仕事を取り戻すことが最大の目的です。互いに密接に連携しているこれらの政策は、ち密な計算とシミュレーションに基づき実践重視の姿勢で、とことん突き詰めて策定されていると見受けられます。

なお、新政権の政策が自国の利益偏重なのは、いまの厳しい国情を踏まえ他の国々を面倒みきれなくなってきたアメリカが、このたび覇権国の地位を降りたことを物語ると解釈できます。よって、これまで覇権に伴う利権を享受してきた層とその御用メディアは、これらの政策には頭ごなしに否定的なのです。

大樹の陰はもうない。1つ1つの国が主体的に考え国民のために勇気をもって行動する時代が訪れています。

アナリスト工房 2017年1月25日(水)記事