トランプ貿易戦争の勝算と次の一手
黒字国からの資金還流が鈍るなか、切り札は”鎖国”と弱いドル
2018年3月22日(木)アナリスト工房
(2018年6月25日(月)編集)
世界ワースト1の貿易赤字および対外政府債務を抱えるアメリカと、貿易黒字および対外債権がNo.1の中国との間で、貿易不均衡の是正と米国債投資の減額をめぐるバトルがいよいよ本格化してきました。
今年1月、トランプ政権は16年ぶりにセーフガード(輸入急増に伴う国内産業への重大な損害を防ぐための緊急輸入制限)を発動し、中国からの輸入が多い太陽光パネルには30%の関税上乗せを課しました。
そしていま、中国によるアメリカの知的財産権の侵害を理由に、米政権はIT機器・衣料など300-600億ドル相当の中国製品に対し高関税を課すことを検討中です(今夜公表予定)。
一方、アメリカの最大の債権国である中国は、対米貿易摩擦の深刻化を踏まえ、すでに米国債投資の抑制に踏み切っています。
今年1月、中国外貨準備の運用を見直す高官が米国債購入を減額あるいは停止するよう勧告したとの報道をきっかけに、需給悪化が懸念される米国債とその通貨ドルは価格急落しはじめました(高利回りでもドルを守れない米国債)。
先週15日に米財務省が公表した中国の1月末の米国債保有高は前月末比167億ドル減と、昨年9月末以降最大の減少。外貨準備高は1月末まで12カ月連続して伸びていることから、中国の外貨準備運用に占める米国債の割合は低下基調が鮮明なのです。
対米貿易の黒字国が稼ぎを米国債投資でキャッシュバックする仕組みが揺らぐ原因は、2011年から国家デフォルト騒動と政府機関閉鎖を繰り返すアメリカのカントリーリスクがすでに覆い隠せないほど悪化していること。その根底には米歴代政権が長期にわたり放置してきた深刻な"双子の赤字(貿易赤字と財政赤字)”があり、ようやく現政権が貿易赤字の削減から本格的に着手しました(下記)。
「アメリカが年間8,000億ドルの貿易赤字を抱えているのは、歴代政権の愚かな貿易協定と政策が原因だ!わが国の雇用と富は、長年わが国を上手く利用してきた外国勢に奪われてきた。外国勢はアメリカの歴代リーダーのマヌケさを笑っている。もう、そうはいかない!」
トランプ米大統領(Mar 3rd 2018)Twitter
▼”自給自足”の選択肢を武器に、強気な態度で貿易交渉する現政権
トランプ政権の貿易制裁の矛先は、対米黒字No.1の中国だけでなく、西側の同盟国も含む親密な国々へ拡大しています。
今週23日から、アメリカでは鉄鋼25%・アルミ10%の追加関税が課される予定。その主要ターゲットは、この2製品ともに米国の輸入シェアNo.1のカナダと見受けられます。
いま貿易協定内容を再交渉中のNAFTA(北米自由貿易協定)のカナダとメキシコはひとまず関税上乗せの対象外ですが、再交渉が難航していることから、やがてNAFTA決裂とともに隣の同盟国の製品でさえ重税が免れられない可能性が高い。
なお昨年11月、米商務省はカナダ製木材が政府補助金を受けてアメリカで不当に安く売られているとみなし、平均21%の反ダンピング・相殺関税を決定しました。たとえNAFTAが存続した場合でも、自由貿易圏からの輸入品でさえトランプ政権からの強い風当たりが続くでしょう。
そもそも、資源・エネルギー(原油、ガス、鉄、銅など)が豊富で農・畜産業(穀物、野菜・果物、肉など)が盛んなアメリカは、実は鎖国での自給自足が可能な国であり、本来であれば巨額赤字を被るほどの大量輸入は必要ないはず。
なので、輸入を劇的に減らし自給自足への道を歩む選択肢をもち交渉力が強いトランプ政権は、対米黒字の国々に対し貿易戦争を仕掛ければ簡単に勝てる可能性が高いのです(下記)。
「アメリカがほぼすべての国々との貿易で何十億ドルも失っているときは、貿易戦争が得策だ!簡単に勝てるからね。例えば、わが国がある国との貿易取引で1,000億ドル失い、しかも貿易相手国が生意気をいうときは、取引停止に踏み切るだけで大勝ちできる。楽勝さ!」
トランプ米大統領(Mar 2nd 2018)Twitter
アメリカの自給自足さらに輸出拡大への取り組みは、従来から純輸出の農産物だけでなく、最近では資源・エネルギー分野で大きな進捗がみられます。
オバマ前政権が米国産原油の輸出を2015年に解禁して以降、輸出振興と増産ラッシュに転じたアメリカの原油生産量は2017年にはサウジを抜き首位ロシアに迫る一方、輸入量はサウジ産を中心に激減しました。
先月公表のEIA(米エネルギー情報局)の予測によると、アメリカは2022年には原油とガスを合わせた輸出量が輸入量を上回る"エネルギー純輸出国"へ転じる見通し(元建て原油の爆買いが崩すドル基軸制)。そのとき、増産ラッシュに伴い安くなるエネルギー価格が、米製造業の原燃料コスト面での競争力に大きく貢献すると想定されます。
▼レーガノミクスの歴史の教訓は、産業空洞化する前にドルを切り下げよ!
賃金の比較的高い製造業の雇用をアメリカ国内に取り戻し、巨額の貿易赤字を是正する重要政策のためにもう1つ大切なのは、為替での競争力をつけること。
貿易相手国と対等に競える"購買力平価"の為替水準は、英エコノミスト誌の今年1月の公表データによると、1ドルあたりの日本円が72.0円、中国元が3.86元。そのとき、ドルの市場実勢は円に対し54%割高、元に対し67%も超割高。すなわち、アメリカが日中と同じ為替競争力を確保するためには、ドルを5〜6割切り下げる必要があるのです。
1980年代に”強いアメリカ"の復活を唱えていたレーガン政権(1981-1989)は、高金利政策のもと82年のドル急騰(一時1ドル=278.50円の高値)を、自国の強さの象徴として容認してしまったのです。結果、為替競争力の低下を嫌気したアメリカ企業は工場を次々と海外へ移転し、すっかり空洞化した国内は失業率が10%を超え中流層の大半が消滅してしまいました(下記)。
「レーガン政権は1ドル=250円前後まで進んだドルを”強い米国の象徴”として放置。(中略)しかし歳出削減の不十分なまま大減税をやった結果、財政赤字は急膨張し、一方で貯蓄率が期待とは逆に下がり、貯蓄不足→高金利いすわり→ドル高→経常収支赤字の拡大と、"双子の赤字"を深刻化させてしまった」
「ドル高のため米国産業は海外市場でも自国市場でも競争力を弱め、外国品に市場を侵食された。大減税により国内需要は刺激されたが、輸出不振、輸入急増という形で需要の海外流出がひどくなった」
「プラザ合意が生まれた1985年は世界経済の歴史の1つの重要な分水嶺になった。この年、米国が71年ぶりに純債務国に転落し、同じタイミングで日本が世界最大の債権国に浮上したからだ」
『昭和の歩み1 日本の経済』日本経済新聞社(1988)
ホームレスが急増し治安が悪化するなか、ようやく経済ファンダメンタルに基づく為替レート形成の必要を痛感したレーガン政権は、85年にドル安への修正を日・独・英・仏に了承させる”プラザ合意”を取り付け、88年のドル円は一時1ドル=120.45円の安値をつけました。
82年につけたレーガノミクスの高値からドルは57%も切り下がったとはいえ、すでに空洞化ですっかり荒廃したアメリカ経済は、プラザ合意後のドル安のチャンスをほとんど活かせなかったのです(上記)。
21世紀のいま、再び強いアメリカの復活を唱えるトランプ政権は、レーガノミクスの失敗と教訓を踏まえ、アメリカ企業の工場の海外移転を阻み国内回帰を強引に促すとともに、貿易相手国の為替操作を執拗にけん制しドル安志向を鮮明にしています。
国家デフォルト騒動を繰り返すいまのアメリカが為替操作せずにドルを切り下げる手段は、米大統領が実質破綻している事実を公式に認めデフォルト宣言することが予想されます。最大の貿易相手かつ債権者の中国に対抗しようと歴史をしっかり学んだ米政権が、その切り札を切る日は近いかもしれません。
アナリスト工房 2018年3月22日(木)記事