想定為替レート2016年度は逆風の船出

2016年5月11日(水)アナリスト工房

GWの前後と谷間は、3月を期末とする日本企業の決算発表のシーズンです。上場各社の前年度の本決算と今年度の業績予想が次々と公表されています。

なかでも輸出企業(自動車、電機・電子部品、機械など)の業績は為替に大きく左右されるため、その予想とともに注目されるのは前提とした"想定為替レート"です。

企業の業績予想は、貿易取引や在外子会社の外貨建て売上・利益の予想額を円へ換算のうえ、国内取引などの円建て売上・利益の予想額と合算して作成します。その際に外貨建ての予想額を円へ引き直すのに用いるのが、今年度の平均為替相場として会社が見積もった想定為替レートです。

1.決算発表前の相場をじっくり眺め、保守的に想定することが基本

想定為替レートの見積もりは、会計や情報開示のルールには定められてなく、各社の裁量に100%任されています。

(見積もり手法の詳細は各社まちまちですが)一般に、決算発表の数週間前の市場の為替相場をとくに重視のうえ、いくらか保守的に見積もるのが鉄則です。また、社内調整のうえで事業計画の策定や情報開示の準備のためには、遅くても4月半ばまでにそのレート水準を決める必要があります。

昨2015年度まで過去3年間の輸出企業の想定為替レートは、基軸通貨ドルについては、決算発表が本格化する2週間前の市場実勢に基づき、その水準からいくらか保守的に見積もられていたと推察されます。

【輸出企業の想定為替レート】 昨年度までのドルの主流は?

2013年度:4月11日の市場実勢100円に対し、想定為替レート90-95円

2014年度:4月11日の市場実勢102円に対し、想定為替レート100円

2015年度:4月10日の市場実勢121円に対し、想定為替レート115-120円

会社が想定為替レートをその決定時期の市場実勢よりも保守的に見積もるのは、市場がネガティブに(会社の株価への悪材料として)とらえる「業績予想の下方修正」をできる限り防ぐ意図があるためです。

輸出企業の場合には、その年度の平均為替相場が想定為替レートよりも円高となったとき、外貨建ての売上・利益を円換算した数字が予想を下回ることを通じて、下方修正への要因が生じます。そのような危険をなるべく避けるために、想定為替レートは保守的な水準で決まるケースが大半なのです。

為替の値動きが激しく不確実性の高いときは、見積もりの保守性の度合いが高い。日銀の量的緩和の本格化(2013年4月-)に伴い急速に円安進行した2013年度は、想定為替レートがその決定時期の市場実勢から5-10円も円高水準に設定されました(上記)。

2.今年度の想定は1ドル=110円が主流。基本に反し、ネガティブ度を増長

一方、今2016年度の輸出企業のドルは、4月11日の為替市場の実勢108円に対し、想定為替レート110円が主流です(図表)。

昨年度までとは逆に、決定時期の市場実勢よりも円安水準ですね。挑戦的なレート設定となってしまったのはなぜでしょうか?

(レート設定の理由と背景の詳細は各社まちまちですが)多くの企業は、急速な円高進行のなか、さらなる円高水準で想定為替レートを見積もることが難しい状況であったと見受けられます。

市場の為替相場は、1月末の121円から一本調子で円高へ進み、4月上旬には勢いよく110円を突破。値動きが激しいことからも、本来であれば、決定時期の市場実勢から少なくとも数円差し引き105円以上の円高水準のレートを定めるべき場面でした。

ところが、日銀の為替介入(あるいは円安への戻りを促す追加緩和)への観測が浮上したこともあり、もう一段の円高水準を想定する決心がつかなかった推察されます。

また、企業に市場との対話を促す「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針:2015年6月-)」の影響を受けて企業業績改善への圧力が強まっていることを背景に、昨年度までと同様の保守的なスタンスで市場参加者を一段とがっかりさせるような業績予想が打ち出しづらかった可能性も高い。

結果、決算発表シーズンの半ばには一時105.55円まで円高が進むなか、決算とともに次々と公表されている想定為替レート(ドルの主流は110円)は公表時に早くも市場実勢に負けています。とくにその点がネガティブです。

世界経済の低迷に伴い、今年度はただでさえ減益予想の企業が大半。わが国の輸出企業の縮図をイメージして選んだ図表の12社は、その全体の今年度の予想営業利益が前年度比28.3%減と低迷する見込み。

(通貨ごとの為替影響度の詳細は各社まちまちですが)12社全体の前年度実績は、ドルに対する円安がユーロに対する円高をカバーし、その前の年度に対し4.1%営業増益。各社のIR資料に基づくと、増益額に為替要因が8割7分も占めています。

一方で今年度予想は、対ドル・対ユーロともに想定為替レートが前年度の平均為替相場よりもはるかに円高水準であることから、為替面で強い逆風を受けているのです。

そのうえ今年度の平均為替相場が想定為替レートよりも円高となった場合には、会社予想の低水準の利益が下ぶれる要因となります。決算発表時の市場実勢よりも円安水準の想定に基づく業績予想は、発表直後から下方修正を危惧させるため、予想の信頼性が低いことがネガティブなのです。

世界経済の悪影響と為替の逆風のもと、従来の基本に反して想定為替レートを保守的に見積もらなかったことが、ネガティブの度合いを増長させてしまったといえましょう。

以上、今後1年間の平均相場として想定為替レートを見積もる際は、その期間にいちばん近い決算発表前の市場実勢をタイムリミットまでじっくり眺めたうえで、いくらか保守的に定めるのが基本です。

決算書の業績予想に注目するステークホルダー(会社の利害関係者)が余計な心配しなくて済むレート設定を願いたい。

アナリスト工房 2016年5月11日(水)記事