IFRSで注意したい"減損の戻し入れ"
「本業が伸び悩んでいる割に、会社の営業利益が高いのはなぜだろう?(中略)あっ、いけない!決算書がIFRSであることをウッカリ忘れていた。」
先日の通信計測器メーカーの決算説明会で悪戦苦闘する筆者
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2015年2月10日(火)アナリスト工房
すでに多くの日本企業がIFRS(国際会計基準)へ切り替えました。大勢のアナリストが関わる株式時価総額ベスト100社のうち21社は、今年度の本決算をIFRSで公表します。
その21社のなかで今年度からのIFRS導入先は6社(日立、ヤフー、電通など)。昨年度までは総合商社と製薬会社が中心に対し、いまのIFRS勢は業界が幅広い。早くもその数は、米国基準の先(上記100社中17社)を上回りました。
企業分析でIFRSが必須となったいま、そのもとで作成された決算書はどのように眺めたらよいのでしょうか?
決算書のつくりを踏まえたうえで、IFRSの会計を理解することが大切です。
この企業分析のコーナーでは、決算書のなかで公表時に最も関心の集まるP/Lのつくりを前に紹介しました(P/Lの国際比較(日・米基準とIFRS))。
今回は、わが国の会計基準にも米国基準にもないIFRS独特のルールのなかから、"減損の戻し入れ"を取り上げます。
まず減損とは、事業用の固定資産(建物や機械)などの価値が大きく目減りしたとき、B/Sの資産計上額を切り下げるとともに、目減り額をP/Lに減損損失として計上する会計処理です。
減損損失は、日本基準では臨時に生じた特別損失に計上するため、営業利益には影響せず最終的な当期純利益の段階でようやく反映されます。
一方でIFRSと米国基準の減損損失は、本業たる事業での営業費用(日本基準の売上原価と販管費に相当)として認識するため、当期純利益だけでなく営業利益にも現れるのです。
また、減損損失を計上した資産の価値が翌期以降に回復した場合には、日・米の会計基準では何もしないのに対し、IFRSでは減損の戻し入れを行います。
減損の戻し入れの会計処理は、B/Sの資産計上額を回復させるとともに、P/Lに減損損失戻入益を計上します。減損損失戻入益は、減損損失と同様に営業利益の段階から反映されます。
このようにIFRSの減損会計は、減損損失の発生時には営業利益を圧迫する点で米国基準と同じですが、損失の回復時には営業利益を押し上げるといった独自のルールもあります。
減損の「損」の字にもかかわらず、ときにはその戻し入れにより「益」が生じる可能性もあるのです。
実は先日の筆者は、冒頭でふれたように、IFRSの減損会計がまだしっかり身に付いていませんでした。
そこで次に、そのときの事例(アンリツ株式会社の2015/3期3Q決算)に沿って、IFRS特有の減損の戻し入れが業績へ与える影響と企業分析での注意点を説明します。
アンリツの2015/3期3Q(2014年10-12月)の営業利益は前年比+4%。2Q(2014年7-9月の営業利益は前年比▲17%)から大きく上向きました。
一方、同社予想の2015/3通期(2014年4月-2015年3月)の営業利益は、3Q決算の公表とともに下方修正されています(前年比横ばい→前年比▲21%)。
利益伸び悩みが懸念される状況だからこそ下方修正に至ったはずなのに、いったいなぜ直近の利益が上向いているのでしょうか?
決算説明会の会場に早く着いた筆者は、その原因を探そうと決算書の財務諸表をみましたが、一般にP/Lには営業収益(売上高など)と営業費用の詳しい内訳は記されていません。
悪戦苦闘の末、C/F(キャッシュフロー計算書)に答を発見しました。
そのなかの営業キャッシュフローには、前々期に閉鎖決定され減損損失の計上された事業所をこのたび使い続けようと見直したことに伴い、減損損失戻入益が計上されています。
P/Lでは減損損失戻入益は、その他の収益(売上高以外の営業収益)に含まれるため、営業利益を押し上げる要因です。
もしも、日・米の会計基準のように減損の戻し入れが禁止されている場合には、アンリツの2015/3期3Qの営業利益は前年比▲19%の水準に過ぎません。
よって実質的には2Qに続き利益が伸び悩んでいると見受けられるため、筆者は通期業績予想が下方修正されたことにようやく納得した次第です。
同じ業界のなかでもさまざまな会計基準(日本基準、米国基準、IFRS)をとる日本企業の分析では、基準による会計処理の違いを踏まえ、尺度を合わせたうえで業界各社の業績を眺めることが大切です。
なお、筆者の納得した直後に始まった説明会では、減損の戻し入れの理由(過去に減損損失対象となった事業所の継続使用)と営業利益への影響が詳しくかつ分かりやすくご説明いただけました。
また、決算書の説明ページにも他のIR資料にも、その旨が明確に記載されていました。本件に関する同社の情報開示がバッチリであることを、最後に付け加えておきたい。
株式会社アナリスト工房