借金での自社株買いで病む米企業

自己株式の買いすぎで企業価値が伸び悩むなか、米国株は超割高

2017年11月27日(月)アナリスト工房

世界の株高をけん引してきた米国株市場は、いま企業収益力に対する株価割高度が著しく強まっており、雲行きが怪しい。株価が史上最高値を更新し続ける一方でその値動きが激しく不安定な背景には、これまでアメリカ企業の株価をつり上げてきた自社株買い(企業による自社株式の買い取り)の効果が薄れている実態があります。

▼企業価値向上の目的を1株あたりの価値向上にすりかえる錬金術

自社株買いは、市場の発行済株式数を減らすことにより、株価と連動性の高い”1株あたり純利益(=純利益/発行済株式数)”の上昇を通じて、1株あたりの株価の底上げを図る株主還元策です。

1株あたり純利益はアメリカ企業の決算発表で最も注目される利益指標。一般に、アナリストレポートやメディア記事にある純利益は、企業の最終利益を表す純利益の全体でなく、1株あたり純利益を意味します。長期停滞経済のもとで企業収益とともに純利益全体が伸び悩むなか、その1株あたりの値を上昇させる錬金術が自社株買いです。

とはいえ、発行済株式数の減少を伴う自社株買いは、株式時価総額(=株価×発行済株式数)を高めることが難しいため、あくまでも1株あたりの株価のテコ入れに特化した奇策にすぎません。

株式時価総額の理論値(適正水準)が株主にとっての企業価値なので、自社株買いはけっして企業価値を高める特効薬ではない。企業価値向上のためには、株式時価総額と連動性の高い純利益全体の上昇がもちろん必要です。

しかし、リーマンショック後のアメリカ企業は、株価を上げたい”物言う株主”からの強い圧力を受けて、最悪の奇策を選択してしまいました。芳しくない実体経済と相次ぐ事業切り売りなどにより純利益が伸び悩むなか、社債発行で負債調達した資金を用いた大規模な自社株買いに踏み切った企業は、市場の要望に応え1株あたりの純利益とともに株価を強引につり上げたのです。

▼伸び悩む純利益を超える株主還元が、企業の価値と成長を損なう

FRB(アメリカ中銀)の量的緩和が終了した2014年からは、自社株買いと配当を合わせた株主還元が膨らむ一方で純利益が伸び悩んでいるため、S&P500企業の総還元性向(=(自社株買い+配当)/純利益)はなんと100%を超えて推移しています。ちなみに、足元のS&P500企業の総還元性向は110%(今月17日時点:*)。

100%超の総還元性向は、資本に積み上がる純利益よりもそこから流出する株主還元の額が多いことを意味します。決算発表時にクローズアップされる1株あたり純利益の増益要因の大半は、自社株買いでの発行済株式数の減少によるもの。純利益全体が上がりづらいなか、膨張した還元姿勢が株主に帰属する資本をたっぷり削っているのです。

アメリカ企業の収益力を上回る株主還元のもと、純利益と資本に関する成長性指標の”サステイナブル成長率(=ROE×( 1-総還元性向 ))”は、2014年からはなんとマイナス状態です(成長性指標で考える株主還元の留意点)。ちなみに、足元のS&P500企業のサステイナブル成長率は-1.28%(今月17日時点:**)。

負のサステイナブル成長のもと、株価指標のPER(=株価/純利益)とPBR(=株価/資本)が将来にわたり一定と仮定した場合には、純利益と資本とともに株価が先行き低下していきます。このままでは、アメリカ企業の業績もその株主とっての企業価値も先細る危険が高い

FRBのゼロ金利が解除された2015年からは、相次ぎ4回も利上げされた政策金利とともに社債利回りが大きく上昇しており、すでに企業の自社株買い資金の調達コストが著しく跳ね上がっています。

来月以降のさらなる利上げによる金融引き締めへの市場観測が強いなか、かさむ企業の利払い負担が純利益の水準をいっそう圧迫する可能性が高い。しかも、足元のPERでみたS&P500の株価は1929年の大恐慌直前よりも超割高(*)。こんな極めて不自然な株高は、いつまでも続くはずがない!

アナリスト工房 2017年11月27日(月)記事

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*)今月17日時点のS&P500企業の自社株買い利回り(=自社株買い/株価)2.41%、配当利回り(=配当/株価)1.87%、PER(=株価/純利益)25.8倍に基づき、総還元性向は110%(=(2.41%+1.87%)×25.8)。

企業の大盤振る舞いの株主還元(自社株買いと配当をあわせた総還元利回り4.28%)と、1929年の大恐慌直前のPER(20.2倍)をはるかに上回る水準への市場の株価高騰が、100%超の異常な総還元性向の原因

**)今月17日時点のS&P500企業のPBR3.29倍(=株価/資本)、PER(=株価/純利益)25.8倍、総還元性向110%により、ROE(=純利益/資本)は12.8%(=3.29/25.8)、サステイナブル成長率は-1.28%(=12.8%×(1-1.10))。総還元性向が100%(1)を超えているため、マイナス成長の状態。