ドルと米軍を退けるベネズエラ騒動

クーデター騒ぎの舞台裏は、トランプ政権と悪あがき抵抗勢力の攻防

2019年2月7日(木)アナリスト工房

カリブ海に面するベネズエラは、埋蔵量が世界一の原油に裏づけられた仮想通貨”ペトロ”の発行国です。

ビットコインなど民間の仮想通貨の大半は、利息などのキャッシュフローを生まないため、割引現在価値に基づく理論価格がゼロ。一方、通貨価値が実物資産で担保されているベネズエラの官製仮想通貨ペトロは、1ペトロあたり原油1バレル相当の理論価格があり、他の大半の仮想通貨にはある大きな欠陥が改善されています。

ベネズエラ原油の推定埋蔵量はなんと3,000億バレル。本来であれば、豊富な資源の輸出と購買力たっぷりの輸入により、ベネズエラ国民は豊かな暮らしが満喫できるはずでした。

しかし実際のベネズエラは、2017年からは対外債務を返済できず国家デフォルトに陥るとともに深刻な超インフレ状態。ベネズエラ国の発行通貨の大部分を占める法定通貨ボリバルでみた、18年12月の物価上昇率はなんと年率170万%。

アメリカからの経済制裁を受けているベネズエラは、米ドル口座へ自由にアクセスできないため、輸出先の国々から振り込まれた原油代金を国内へ十分に持ち込めない。原油掘削に必要な資金をまかなえない油田の稼働率は低迷中。原油の生産活動がままならないなか、その価値を裏づけとする官製仮想通貨ペトロの発行量はごく限られているのが実情。

経済制裁を行きづまったベネズエラは東側へ走り、中国(ベネズエラの最大の債権者)に対外債務の面倒をみてもらったうえ、ロシアとの軍事同盟を強化しています。

18年12月、ロシア軍の核搭載可能な爆撃機Tu160など4機と100人の軍人たちが首都カラカスへ訪れ、ベネズエラ軍との合同演習が実施されました。ベネズエラ沖のラ・オルチラ島に建設予定の軍事基地には、これらの爆撃機が配備される可能性が高い

カリブ海界隈での核配備をめぐる軍事緊張といえば、キューバへ核ミサイルを運び込もうとした旧ソ連(いまのロシア)と海上封鎖により核運び込みを阻止したアメリカとの間で、核戦争の寸前まで迫った"キューバ危機(1962年)”。

21世紀のいまのベネズエラ騒動では、1月23日からアメリカが軍産複合体(戦争屋)の傀儡グアイド国会議長を"暫定大統領”に祭り上げクーデターを試み、2月2日までに米ロ首脳がINF条約(中距離核戦略廃棄への米ロ間の条約)の破棄を相次ぎ表明しました。幸い、いまは核戦争への危機には程遠い。

ベネズエラのクーデター騒ぎは、はじまった直後から雲行きが怪しい。1月24日、パドリノ国防相がマドゥロ現大統領への支持継続を速やかに表明。28日には、マドゥロ氏が各地の軍事拠点を訪れ自らランニングや戦車の訓練に参加し、現場の軍人たちの支持つなぎとめに奮闘しました。

そもそもベネズエラ国民の多くは、いまの経済疲弊の原因がアメリカの理不尽な経済制裁にあることを知っています。原油めあての軍産複合体が推すグアイド国会議長の政権転覆への企みは、未遂に終わる可能性が高い

▼シリアに続きベネズエラでの過激な失敗工作が、軍産複合体を退場へ

ベネズエラ騒動の現状のなかで最も注目されるのは、グアイド氏を”暫定大統領"として真っ先に承認した軍産複合体の巣喰う米英仏と、現職のマドゥロ大統領への支持を改めて強調した中ロ・トルコ・イランとの国際社会の二分。

海外派兵を控える中国を除けば、ベネズエラ騒動は実はシリア内戦とまったく同じ対立構造(シリアの反政府勢力を支援してきた米英仏vsアサド政府軍を支えるロシア・トルコ・イラン)です。

18年4月の米軍のシリア空爆では、空爆のターゲットとあらかじめ予告された東グータ地区の街ドゥーマから反政府勢力が急いで逃げたおかげで、シリア政府軍が東グータ地区全体を取り戻し戦勝に結びつきました。

空爆の口実となった「シリア政府軍の化学兵器使用疑惑」のTV報道は、白ヘルメット(反政府勢力側の救護隊)が毒ガスを浴びたはずの子供たちをマスクもせずに腕まくりの素手で扱いながら平気でいるシーンが不可解。反政府勢力を支援する軍産複合体が企てた"偽旗作戦”とみてとれます(トランプの戦い "真の敵"と市場影響)。

結果、在シリア米軍の支援する反政府勢力はほぼ成敗され、18年12月にはシリアからの米軍撤退がスタート。ベネズエラ騒動が生じた19年1月23日には、米政権とアフガニスタン反政府勢力タリバンとの間で、在アフガニスタン米軍の1年半以内の完全撤退について大筋合意しました。

深刻な財政赤字を改善したいトランプ大統領の狙いどおり、歴代政権が7兆ドルも浪費してきた中東からの米軍撤退が進むでしょう。

現場を怖気づかせる過激な命令と間の抜けた派手な演出を用いた失敗工作は、ベネズエラ騒動でも繰り返される可能性が高い。意図的な失敗は、長年にわたり中南米で政情混乱を引き起こしてきた軍産複合体を退けるとともに、中南米から逃れアメリカへ押し寄せる移民を抜本的に減らす効果が期待できます。

▼経済制裁国がはじめたドル外しは、対米貿易戦争の黒字諸国へ拡大

自国第1主義のトランプ政権の真の敵は、海外の紛争・政情混乱に伴う利権にしがみつく軍産複合体だけではない。貿易黒字国と産油国からの対米投資マネーで潤い続けるために米ドルの価値を防衛したい一部の金融筋も、反トランプ抵抗勢力のグローバリストに含まれます。

ベネズエラのマドゥロ現大統領を強く支える4カ国(中ロ・トルコ・イラン)は、数年前から国際資金決済でドルを外し互いの通貨を活用することに取り組んできました。これらの新興国勢は、ドル資金の需要減少を通じて基軸通貨としての役割を終わらせ、金融筋の恐れるドル切り下げを引き起こすかもしれません(下記)。

「露トルコ貿易で双方の自国通貨を使用することは、ロシアとトルコの大統領が定めた課題であり、数年前から取り組んできた。(中略)ロシアは、トルコやイランに対してだけでなく、中国との間でも互いの通貨での決済をすでに実施済みだ!基軸通貨ドルへ過度に依存してきた由々しき事態は是正され、ドルは基軸通貨としての役割を終えるだろう」

ラブロフ露外相(Aug 14th 2018)トルコでの記者会見

アメリカの経済制裁を受けてSWIFT(ドルの資金決済に必要な米国主導の国際資金決済システム)が自由に利用できない3カ国(ロシア、トルコ、イラン)の新たな資金決済への取り組みのなかで最も注目されるのは、イランの通貨リアルに裏づけられた仮想通貨とブロックチェーンの技術を用いた国際資金決済への構想(イラン中銀19年1月29日発表)。

ベネズエラのペトロの価値を担保するのが実物資産に対し、イランの新仮想通貨の価値は国の法定通貨が直接裏づける点が大きな特徴です。ブロックチェーンを活用した貿易資金決済は、認定されたイランの銀行が担うことにより決済の安全を確保する方針。

なお、ベネズエラとイランの仮想通貨は、ともに新興国勢の共通通貨を提唱する軍師ロシアのもとで、新たな共通通貨の仕組み設計と市場運営に向けたトライアルを兼ねていると推察されます。

イランと貿易を続けたいEUは、独仏英の3カ国がイランとの資金受け払いを行うための特別目的事業体”INSTEX(貿易取引支援機関)”を設立しました(1月31日公表)。EU諸国とイランは、資金の清算・決済業務を担うINSTEXを介して互いの通貨(主にユーロ)で貿易代金を受け払いすることにより、アメリカの対イラン制裁に抵触せずに貿易を再開できるようになります。

EUとイランの間でのINSTEX決済は、当初は食料・医薬品など生活必需品から開始予定。18年9月にユンケル欧州委員長があらゆる場面でユーロが使えるようその国際的役割を向上させる方針を表明したことから、INSTEX決済の品目とユーザー国は次第に拡大していく可能性が高い。利害が一致するEUと新興国勢は、ともに貿易でドルを外し互いの通貨を用いた資金決済を広めていくでしょう。

最後に、対米投資マネーで潤い続けたい金融筋に挑む米政権は、アメリカの産業競争力を取り戻すためにドル安を促そうと、ドル外しに励んでいます。トランプ貿易戦争での関税上乗せなどの不均衡是正策は、対米投資の原資となる黒字国の稼ぎを奪うことにより、アメリカへ向かうドル建ての投資マネーが外れますからね。

アメリカの最大の債権者かつ貿易黒字額No.1の中国の米国債保有高は、貿易戦争が本格化した18年6月からは毎月減少中。日本もEUの中核国ドイツも、6月以降の米国債保有が減少傾向にあります(米財務省19年1月31日公表)。

このように貿易戦争により稼ぎが減る恐れのある黒字諸国は、アメリカの経済制裁を受けてドルの口座と決済システムが自由に使えない国々(ロシア、トルコ、イラン、ベネズエラなど)と同様に、実はせっせとドルを外しているのです。為替市場でのドル安への圧力は次第に強まっていくでしょう。

以上、アメリカのクーデター工作と経済制裁に伴うベネズエラ騒動の本質は、米政権と反トランプ抵抗勢力(軍産複合体、一部の金融筋)の攻防戦。その舞台裏では、軍事と経済のさまざまな出来事が互いに交差し世界へ影響を及ぼしながら急速に進行しているのです。

年内に世界の軍事・経済情勢は大きく変わる可能性が高い。ドル外しの動きが拡大するなか、ドル基軸の国際通貨体制も一変するかもしれません。

アナリスト工房 2019年2月7日(木)記事