トランプの戦い "真の敵"と市場影響
貿易・軍事ともに本当の対戦相手は国内にあり!米国債とドルがヤバい
2018年4月20日(金)アナリスト工房
戦から退却するときは、敵に追撃されるのを防ぐために、好戦的な姿勢を崩さず攻撃しながらさりげなく退くのが兵法の基本。とはいえ、トランプ政権の貿易戦争(1節)や米軍のシリア空爆(2節)のように、"真の敵"が目の前の対戦相手でなく別の場所にいる輩の場合には、奇妙で不可解な戦場の光景が次々と繰り広げられていきます。
今回は、それぞれの戦いの真の敵をあぶり出し実情に迫りながら、気がかりな対米投資の環境への影響をわかりやすく解説しましょう。
1.米中共演のトランプ貿易戦争の舞台裏は、経済覇権の禅譲
対米黒字の国々に貿易不均衡の是正を強く迫る"トランプ貿易戦争"は、黒字額No.1の中国との間で関税上乗せ合戦が展開する一方、中国が自動車などの関税引き下げによる輸入拡大の方向性を示したことから激戦緩和への兆しがみえてきました。
米中の息がピタリと合った今年1月からの関税上乗せ合戦は、まるで両国があらかじめ打ち合わせ準備していたかのように、テンポの良い展開ですね(双子の赤字に挑むトランプの裏技)。
先週10日の博鰲アジアフォーラムでは、習主席がアメリカの要望が強い知的財産の保護強化とともに自動車などの関税を大幅に下げ輸入を拡大する方針を熱く語りました。習氏の発言を受けて、トランプ大統領が大いなる感謝の意を表明したことから、米中間の戦いはひとまず小康状態へ向かうでしょう(下記)。
「中国習主席の自動車などの関税障壁に関する親切な発言と知財・技術移転がらみの問題啓発には、とても感謝している。われわれは一緒に大きく前進していくだろう!」
トランプ米大統領(Apr 10th 2018)Twitter
巨額の貿易赤字を激減させるために貿易不均衡を是正したい米政権は、さまざまな輸入品に対する関税上乗せをおおむね予定どおり実施するでしょう。それでもなお中国が関税引き下げと輸入拡大をみずから申し出たのは、購買力旺盛な経済覇権国の地位をアメリカから引き継ぐことを了承したとの意思表示とみてとれます。
購買力平価でみたGDP首位の中国は、モノとサービスの生産量がすでにアメリカを上回っています。しかも輸出額と原油輸入量がNo.1の中国は、あとは部材や製品の輸入を実際に大きく拡大できれば、経済覇権国としての条件クリアです。
アメリカの最大の債権国チャイナは、米国債投資マネーの一部をアメリカからの輸入拡大のための決済資金へ振り向けることにより、貿易不均衡の是正に協力すると想定されます。その場合、アメリカの国債は中国勢の売却処分に伴う需給悪化を受けてその通貨ドルとともに価格下落してゆくでしょう。
トランプ貿易戦争の中国戦線で米政権が向き合う相手国は”真の敵"ではなく、経済覇権を譲るアメリカと譲られる中国が事前の取り決めどおり戦いを演じていると見受けられます。
米政権の真の敵は、黒字国からの米国債投資マネーで借金生活を満喫し続けたい国内の抵抗勢力(歴代政権、中央銀行、金融筋など)です。海外投資家が為替差損を被り対米投資を止めないよう、ドル高基調を望みドル防衛に励むのが彼らの特徴。貿易赤字と国の借金を減らすためにドル安志向の米政権にとって、外国との貿易外交は国内抵抗勢力との戦いなのです。
なお、トランプ政権がTPP(環太平洋経済連携協定)へ復帰せずその中核国ニッポンとの2国間協定を望む理由は、TPPには"ISDS条項(米国企業が加盟国の規制により不利益を被ったときにその国を国外の法廷へ訴え多額の賠償金を要求できること)”がオバマ前政権時にたっぷり盛り込まれていること。
簡単にいえば、TPPの本質は黒字国が稼ぎの一部を巨額赤字国アメリカへ賠償金としてキャッシュバックするとんでもない仕組みなのです(下記)。
「日本と韓国はわれわれのTPP復帰を望んでいるが、私はその貿易協定がアメリカには好ましくないと思う。付帯条項が多すぎるTPPは、問題が生じたときに解決策が見出だせないからね。2国間協定のほうがアメリカの労働者にとってはるかに効率的で利益になり得策だ」
トランプ米大統領(Apr 17th 2018)Twitter
そんな理不尽な賠償金を受取るよりも、アメリカでのモノづくりで貿易の稼ぎを増やすとともに製造業の正規雇用を取り戻すことを重視するトランプ政権は、日本に対し多国間のTPPでなく2国間の協定を望んでいるのです。
黒字国が赤字国へキャッシュバックする仕組みのない2国間協定のもとで貿易不均衡を是正するためには、アメリカの第2位の債権国ニッポンも中国に続き米国債投資マネーの一部を輸入拡大に振り向ける可能性が高い。その場合、米国債価格安とともにドル安が加速し、アメリカは輸出を伸ばし貿易で稼ぐために必要な為替競争力を付けていくでしょう。
2.シリア空爆の”賢い"ミサイルは、軍事覇権にしがみつく抵抗勢力を駆逐
いっぽう軍事面では、深刻な財政赤字を減らすために中東をロシアに任せ米軍をシリアから撤退させる決意を表明(先月29日)したトランプ大統領と、現地での軍事利権を失いたくない抵抗勢力(軍産複合体など)の争いが、一時は世界大戦を招く寸前までエスカレートしました。
今月7日、首都ダマスカス郊外の東グータ地区のなかで反政府軍が支配する街ドゥーマでは、白ヘルメット(反政府軍側の救護隊)が子供たちを病院へ駆け込ませ、身体を押さえつけ全身を洗い始めるとともに撮影をスタート。その映像がなんと「シリア政府軍の化学兵器使用疑惑」として世界で放映されてしまいました(下記)。
「化学兵器はなかったさ。私は外でタバコを吸っていたが、何も感じなかったからね。家族に会いに病院へ行ったら、武装集団(millitants)が家族にナツメヤシの実とクッキーとお米を撮影の謝礼として与え、みんなは解放され帰宅した」
白ヘルが撮影したハッサン・ディアブ君11歳の父親(*)
毒ガス(塩素ガス、サリンなど)を浴びたはずの子供たちを白ヘルがマスクもせずに腕まくりの素手で扱いながら平気でいる映像の不可解な場面から、今回の事件は昨年4月と同様に反政府軍を支援する抵抗勢力が企てた"偽旗作戦"と見受けられます。しかも、当日その病院にいた医師によると、そこには化学兵器の症状とみてとれる者は1人もいなかったのです。
そもそも現地ドゥーマの住民は、白ヘルが救護隊というよりもむしろ反政府側の武装集団であることをしっかり見抜いていますね(上記)。
化学兵器使用疑惑が明らかなねつ造にもかかわらず、トランプ政権はシリア政府軍への制裁としてミサイル攻撃を決定しました。
シリアの制空権をもつロシアが飛んでくるミサイルをその発射元(軍用機、艦隊など)も含めて撃ち落とすと警告するなか、偽旗作戦をしでかした抵抗勢力を恐怖の最前線に立たせることにより、現地からの米軍撤退を了承させることが政権側の狙いと推察されます(下記)。
「シリアへ向けて発射されるミサイルをすべて撃ち落とすと確約したロシアは、覚悟しておくとよい!なぜなら、素晴らしい新型の"賢い(smart)"ミサイルが飛んでいくからね」
トランプ米大統領(Apr 11th 2018)Twitter
先週14日、米英仏の連合軍が発射したミサイル103発のうち71発は、シリアに配備された旧ソ連製の迎撃ミサイル(S125、S200)が撃ち落としました。
トランプ大統領が不自然に命中率の低いミサイルを”賢い(smart)”と称する理由は、反政府軍が空爆のターゲットとあらかじめ予告された街ドゥーマから急いで逃亡し、シリア政府軍が東グータ地区全体を取り戻した事実から容易に推察できます。ミサイルを撃つぞと事前に威嚇することにより抵抗勢力とその傘下を駆逐する戦略が、きっと賢い(smart)のでしょう。
今週15日、ホワイトハウスは「大統領がなるべく速やかに米軍をシリアから撤退させる姿勢を明確にしている」と、シリア撤退の方針を改めて強調する声明を公表。財政再建を急ぐトランプ大統領の当初の決意表明どおり、米軍は近い将来ロシアに中東を任せシリアを退いていくでしょう。また、数週間以内に開催予定の米朝首脳会談の後、シリアに続き朝鮮半島からの米軍撤退の方針が発表される可能性が高い。
アメリカが軍事覇権から退くことは、これまで覇権国としての地位が脅かされてきたことによる"有事のドル売り”と同様に、ドル安への要因です。
経済覇権の中国への禅譲に伴うドル安(1節)と合わせると、購買力平価でみたGDPだけでなく市場の為替レートで換算した通常のGDPも、中国がアメリカを上回り世界一の経済大国となるかもしれません。
経済と軍事の東西のパワーバランスが大きく変化するなか、わが国の貿易・対外投資と防衛・外交それぞれ次の一手が注目されます。
アナリスト工房 2018年4月20日(金)記事
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*)露スプートニク誌の記事(Apr 18th 2018)"WATCH Syrian Boy in White Helmets FAKE Chemical Attack Video Reveals Truth”.