貿易戦争の超ドル安要因はイラン発

対イラン制裁に従わない原油輸入国に広まる"ドル外し"がヤバい!

2018年7月12日(木)アナリスト工房

物事を成し遂げるためには、過去の失敗の教訓を踏まえ、過ちを繰り返さないことが大切です。

1980年代のレーガン米政権の貿易戦争では、ドル安への是正を日本・ドイツなどに迫り了承させた"プラザ合意(1985年)”を受けて、ドルは82年10月の高値278.50円から88年1月の安値120.45円までなんと57%急落。しかしアメリカは、超ドル安のチャンスを活かせず、貿易収支が大きく悪化してしまいました。

実は、FRB(米連邦中銀)の高金利政策がドルの高値を招いたとき、為替競争力の低下を嫌気した米国企業は製造拠点が次々と海外へ移転。結果、産業空洞化してしまったアメリカは、プラザ合意後の超ドル安メリットを享受できなかったのです。

21世紀のいまのトランプ貿易戦争は、FRBの政策金利引き上げラッシュに伴うドル高騰を抑え、企業の製造拠点をアメリカ国内につなぎ止めたままドル安を促し、深刻な貿易赤字を改善できるのでしょうか?

▼FRBは対米投資のドル借入れを締め上げ、為替影響は日欧中銀が相殺

まず、アメリカの金融引き締め強化に伴うドル高要因は、日欧の金融緩和縮小による円とユーロに対するドル安要因で抑えられる可能性が高い。

2017年12月から3カ月ごとに政策金利を0.25%ずつ引き上げているFRBは、2018年中にあと1、2回(12月、場合によっては9月も)の利上げに踏み切ると予想されます。

並行して実施中の量的引き締めは、FRBが過去の量的緩和で買い取った金融商品(米国債と住宅ローン債券)の保有額を、17年10月から一部売却し削減中。FRB資産の金融商品の削減ペースは、17年10−12月が月わずか50億ドルに対し、18年1−3月が月130億ドル、4−6月が月270億ドルと急増しました。以後の削減の限度枠は、7−9月が月400億ドル、10−12月からは月500億ドル(上限)の予定。

このようにアメリカの金融政策は、利上げでドル金利を急上昇させるとともに、金融商品を売却し市場からドル資金を大量回収しているのです。

なおその悪影響を受けて、ドル調達での対米投資が利払い負担急増と資金調達難により行き詰まってきました。米調査機関ロジウム社によると、2018年1−5月の中国からアメリカへの直接投資(事業投資、M&Aなど)の実行額は、なんと前年同期比92%減。爆買い投資がいちばん目立った中国HNA(海航集団)は、いま巨額の負債に苦しみ資産切り売りを次々と強いられています。

ドルの利上げと資金回収での引き締めラッシュにもかかわらず、その通貨価値を表すBloombergドル指数”BBDXY"は年初来1.1%上昇にすぎない(18年7月10日時点)のは、いったいなぜでしょうか?

ドル高が抑えられている最大の理由は、日本の量的緩和が縮小傾向を強めていること。量的緩和で日銀が買い取り対象とする金融商品の18年6月末時点の保有高は、前年同期に対し国債が27兆円増、ETF(上場株式投信)が6兆円増。すなわち、足元の日銀緩和の規模は33兆円にすぎず、ピーク(16年8月末時点の緩和規模94兆円)からなんと65%も縮小しています(図表)。

足元の日銀緩和の縮小率65%は、欧州中銀(いまの量的緩和の規模は月300億ユーロで、ピーク時の月800億ユーロに対し63%縮小)とおおむね同率。

対米貿易戦争のもと黒字国は、為替操作とみなされる危険が高い量的緩和などによる通貨安誘導をなるべく早期に終えるしかないのが実情(下記)。もしも通貨安誘導終了への方向性が示されなければ、今後の対米貿易交渉は黒字国にとって不利になるかもしれない。

「外国勢は通貨切り下げにより持ちこたえている。中国が何をしでかしているのか、日本が長年にわたり何をしてきたのかに注目。これらの国々は市場を操作し、自国通貨安へ誘導している!」

トランプ米大統領(Jan 31th 2017)製薬業界との会合

欧州の量的緩和は、18年10月から月150億ユーロへ半減のうえ年末に終了予定(6月14日決定・公表)。日銀緩和もいっそう縮小のうえ、年内あるいは来年前半には終了するかもしれません。

アメリカの金融引き締めによるドル高は、日欧の緩和縮小・終了への動きに伴う円高ドル安とユーロ高ドル安が打ち消しているのです。ドルの高騰が抑えられている限り、トランプ政権は米国企業の製造拠点をしっかり国内につなぎ止められるでしょう。

▼鎖国の選択肢を武器に、アメリカは輸入を激減させ貿易不均衡を是正へ

次に、アメリカの深刻な貿易赤字は、中国・EU(欧州連合)などとの関税上乗せ合戦を通じて、不均衡是正が急速に進むと想定されます。

トランプ貿易戦争のなかで最も白熱化しているのは、最大の貿易相手国である中国との息をピタリと合わせた関税上乗せ合戦。

先週7月6日、アメリカが500億ドルの中国製品(産業機械、電子部品、医療機器など)に対する追加関税25%の第1弾(うち340億ドル)を発動した直後、中国は500億ドルの米国産品(大豆、牛肉、オレンジ、自動車、原油、ガス、石炭など)のなかから同額(340億ドル)・同率の報復関税を同日発動しました。

今後、7月末以降の第2弾(残る160億ドル)の関税上乗せ合戦に続き、アメリカはさらに2,000億ドルの中国品(テレビ、衣料、カバン、魚介類など)に対し追加関税10%を9月以降に発動予定。対米貿易での輸入額が1,539億ドル(中国貿易統計2017年1−12月)にすぎない中国の対抗措置は、対米投資のさらなる削減が含まれると予想されます。

先週7月3日、大口投機筋の10年米国債債先物の持ち高は、元本500億ドルのショート(売り持ち)へ膨らみ、ショートの額が過去最高を更新(CFTC(米先物取引委員会)公表)。市場は米国債の需給悪化への見方をいっそう強めています。

アメリカの国際収支統計は、貿易などでの国の稼ぎを表す”経常収支"の赤字額と投資資金の流出入を示す”資本収支"の黒字額がおおむね等しい。

経常収支 + 資本収支 ≒ 0

トランプ政権は関税上乗せ合戦で輸入とともに米経常赤字を減らし、中国は対米投資および米資本黒字を減らすことにより、米中協力のもと貿易と投資の両面から不均衡が速やかに是正されていくでしょう。

そもそも資源・エネルギーが豊富で農・畜産業が盛んなアメリカは、実は鎖国での自給自足が可能な国であり、本来であれば巨額の経常赤字を被る必要がない。にもかかわらず、反トランプ抵抗勢力が支えてきた歴代政権は、貿易で赤字を垂れ流し黒字国からの投資マネーに依存する借金生活を続けてきました。

しかし、赤字と借金が膨らみ2011年から国家デフォルト騒動が頻発しているアメリカは、いま国を建て直す必要に迫られています。トランプの正体は"アメリカの再建人"です。

米経常赤字の改善に伴う長期的なドル高要因は、いまのように対米投資マネーの巻き戻しを伴うときには、米資本黒字の減少によるドル安要因に打ち消されるでしょう。

▼拒否される前提のイラン原油禁輸の要請は、貿易でのドル外しが狙い

トランプ貿易戦争でドル安を強く促すカンフル剤は、各国に対するイラン原油の輸入禁止への要請。大半の国々が理不尽な要請を拒否しイランとの取引を続ける方針のなか、そのために必要な"資金決済でのドル外し”が広く普及し、米政権の狙いどおりアメリカの産業競争力を高める超ドル安が実現するかもしれません。

イランが核兵器の開発を抑える見返りに米・中・ロ・EUなどがイランへの経済制裁を緩和することを定めた"イラン核協定(2015−)"は、2018年5月、トランプ米大統領が離脱を宣言。翌6月、アメリカの対イラン制裁を復活させた米政権は、各国に対し11月4日までにイラン原油の輸入を完全停止するよう要請しました。

アメリカの制裁を受けた国は"SWIFT(ドルの資金決済に必要な米国主導の国際資金決済システム)"が利用できず、輸出相手国が振り込むドル資金を国内へ持ち込めません。制裁された国とのドル資金決済を行った金融機関も、制裁対象となります。

産出量が世界第4位のイラン原油の主な輸入国は、シェアが高い順に中国、インド、EU(イタリア、フランスなど)。以上3カ国・地域が計70%のシェアを占めています。しかし、これらの国々はアメリカの対イラン制裁に素直に従う様子がみてとれない(下記)。

・18年3月に上海エネルギー取引所(INE)の人民元建て原油先物を始めた中国は、エネルギー輸入でも人民元建て取引を推進中。いまアメリカの制裁を受けている最大の輸入先ロシアからの原油・ガスを元建てで輸入している中国は、アメリカの禁輸要請にはもちろん従わずイラン原油を元建てで輸入継続することで、ドルを外し元の普及を進めていくでしょう。

・東側の”BRICS”と"上海協力機構”の加盟国インドは、18年6月、スワラージ外相が「インドはイランに全面協力し原油を買い続けていく」との決意とともに「イランとの取り引きではユーロ使用の意向」を表明。対米関係を少し配慮するインドは、イラン原油の輸入量をいくらか減らすかもしれませんが、ドルを外しユーロを用いて高水準の原油輸入を続ける可能性が高い。

・アメリカの対イラン制裁の復活により仏トタル社のイラン南パルスガス田開発の大型事業を撤退させられたフランスをはじめ、いまEU諸国の米政権への怒りは頂点に達しています(米政権のイラン制裁が欧州を直撃)。インドと同様にEUも、アメリカの制裁には従わず、決済資金をドルからユーロへ切り替えたうえイラン原油を買い続けるでしょう。

このようにイラン原油の主な輸入国は、ドルを外し人民元やユーロを用いて輸入継続する可能性が高い。ドル外しは、ドル資金の需要減少を通じてドル安への要因です。

アメリカの制裁を受けると利用できなってしまう危険のあるドルは、原油取引に限らず、世界の貿易取引で外される動きが広まっていく可能性が高い。そのとき、米政権の狙いどおり基軸通貨としての地位を失うドルは大幅に切り下がるでしょう。

以上、いまのトランプ貿易戦争は、FRBの金融引き締めに伴うドル高騰が通貨安誘導をけん制されている日欧の緩和縮小・終了に抑えられ、企業の製造拠点を国内につなぎ止めたまま関税上乗せ合戦を通じて不均衡是正が急速に進むと想定されます。

そのうえ、イラン原油禁輸の無理難題をきっかけに貿易取引でのドル外しが浸透し、基軸性を失ったドルの価値が切り下がり、米国内の製造拠点は為替競争力を発揮できるでしょう。

1980年代のレーガノミクスの失敗(ドル高騰を抑えられず産業空洞化を招き貿易不均衡が拡大してしまい、その後に訪れたドル切り下げのチャンスをアメリカ企業が活かせなかった)の教訓は、いまのトランプ米政権の政策にしっかり活かされているようですね。

アナリスト工房 2018年7月12日(木)記事