米政権のイラン制裁が欧州を直撃

トランプの抵抗勢力との戦いが中東・EU・イタリアへ波及

2018年5月31日(木)アナリスト工房

(2018年6月1日(金)脚注追加)

トランプ政権の外国勢との戦いは、"真の敵”が対戦相手国ではなく実は国内の抵抗勢力であるケースが多い。貿易戦争では黒字国からの対米投資マネーで潤い続けたい金融筋、シリア空爆では現地の軍事利権を失いたくない軍産複合体などがアメリカ連邦政府の真の敵です(トランプの戦い "真の敵"と市場影響)。

一方、"イラン核協定(2015〜)"からの離脱と対イラン経済制裁の復活では、米政権が金融筋と軍産複合体の同時に2つの抵抗勢力との戦いに挑んでいます。

アメリカの決断に従わずイランとのビジネスを続けたい欧州の国々を巻き込みながら激しくなってきたトランプの戦いは、全体像がザックリどのようになっているのでしょうか?また、経済・金融だけでなく地政学の要因が交差しながら色濃く反映する市場への影響は?

▼実質的にはイランでなく欧州を制裁。ビジネスでのドル外し促進が狙い

イランが核兵器の開発を抑える見返りに米・中・独・英・仏・ロ・EU(欧州連合)がイランへの経済制裁を緩和することを定めたイラン核協定は、5月8日、トランプ大統領が離脱を宣言しました。

アメリカの離脱に伴い対イラン制裁が半年後に復活したとき、原油産出量が世界第4位のイランはドル建ての原油輸出代金を受領できなくなります。

アメリカの制裁を受けた国は"SWIFT(ドルの資金決済に必要な米国主導の国際資金決済システム)"が利用できなくなるため、輸出相手国が振り込むドル資金を国内へ持ち込めません。制裁された国とのドル資金決済を行った金融機関も制裁対象です。

幸いイラン原油の最大の輸出先は、人民元建て原油取引を推進中の中国。原油輸入量が世界No.1の中国は、すでにアメリカに制裁を受けている最大の輸入先ロシアからの原油・ガスを元建てで輸入しています。今般のイラン制裁は、原油の資金決済での"ドル外し”をいっそう拡大させる可能性が高い。

ドル資金へのアクセス禁止は、アメリカから経済制裁を受けるイランの原油輸出に限らず、欧州企業のイランへの製品輸出やイランでの合弁事業も同様。

自国産業への大きな打撃を懸念する独仏などは、アメリカの治外法権でしかも欧州へ及ぶ制裁にノーを突きつけました。仏トタル社のイラン南パルスガス田開発の大型事業が心配なフランスは、ルメール財務省の発言が非常に手厳しいですね(下記)。

「いま欧州のすべての国々には、対米従属の道を歩み続けられないとの.認識がある。(中略)アメリカの治外法権での制裁と"世界の経済警察官"としての地位を容認できるかと問われれば、われわれの答えはノーだ!」

ルメール仏財務相(May 11th 2018)パリでの記者会見

有望な南パルスガス田開発の事業権益は、仏トタル社50.1%、中国CNPC社30%。イラン国営NIOC社19.9%。トタル社が対イラン制裁リスクを回避するためにこの大規模事業から撤退した場合には、中国国有のCNPC社の権益比率が過半数となる可能性が高い。そのとき欧州企業のビジネスチャンスは、アメリカの理不尽な制裁にきっと従わない中国へ移転します。

そこでEUの欧州委員会は、域内の企業に対しアメリカの経済制裁に従うのを禁じる”ブロッキング規制”の発動への手続きに着手するとともに、政策金融を担うEIB(欧州投資銀行)にイラン事業への貸出を認め促す方針を打ち出しました(5月18日発表)。

EIBから資金調達する欧州企業がブロッキング規制のもとでイランとの資金決済を行うためには、資金は制裁リスクのあるドルでなくそんなリスクのない欧州通貨ユーロが主流となっていくでしょう。

イランビジネスでのドル外しは、原油取引でのドル外しと同様に、ドル通貨の需要減少を通じてドル安への要因です。巨額の貿易赤字を減らしたいトランプ政権は、アメリカ製品が輸出競争力を取り戻すことを狙いドル安志向であることから、イラン核協定からの離脱と対イラン制裁の復活の目的の1つがドル安誘導と推察されます。

▼もう1つの狙いは、中東からの米軍撤退による深刻な財政赤字の改善

軍事の目的も兼ねた米政権の経済・金融政策のもとでは、市場参加者の大半がなかなか気づかない重要ポイントが軍事行動に隠れているケースもみてとれます。

5月21日、ポンペオ米国務長官がイランへ"12カ条の要求(ウラン濃縮の完全停止、弾道ミサイルの開発終了、核査察の無条件での受け入れ、シリアからの撤退、反イスラエル武装組織ヒズボラへの援助停止など)”を突きつけました。しかし、核兵器を保有するイスラエルと戦いながら、ロシアやトルコと一緒にシリアを守るイランは、これらの要求に従うはずがない

要求に先立ち5月14日、在イスラエル米大使館が聖地エルサレムへ移転。パレスチナ自治区ガザでは、石を投げ抗議するパレスチナ人のデモ隊をイスラエル軍が銃撃。この日のデモ隊の死者は60人、負傷者は3,000人を超えました。

アメリカが火に油を注いだため世界の非難が親米イスラエルへ殺到するなか、イスラエルの最大の敵イランは軍縮できる状況ではないにもかかわらず、無理難題を要求しています。そんな米政権のイランに対する政策には、いったいどのような軍事上の狙いがあるのでしょうか?

今年3月、トランプ大統領は、歴代政権が"世界の火薬庫”の中東で7兆ドル(米政府債務残高のなんと3分の1も占める)も無駄に費やしてきたことを問題視のうえ、米軍をシリアから撤退させる決意を表明しました。

一方、中東の利権を手放したくない軍産複合体など抵抗勢力は、現地の紛争が火種としてくすぶり続け大戦には至らずかつ紛争を終わらせない状態を保つことで、いつまでも米軍を駐留させたい。

そこでトランプ政権は、米大使館の聖地への移転と受け入れられるはずのない要求でもってイランの中東を守る意志を高めさせ、むしろ火種に油を注ぐことにより早期に中東紛争を片付け米軍を撤退させ、深刻な財政赤字を減らす狙いと推察されます。

▼自国第一に目覚めたイタリアの騒動も、実は抵抗勢力との戦い

アメリカのイラン核協定からの離脱と対イラン経済制裁の復活をきっかけに欧米の一枚岩が割れたのに続き、米英の影響を受けて”自国第一"に目覚めたイタリアの不満が爆発しているEUの結束も危うくなってきました。

連立与党になるはずだった草の根社会主義の「五つ星」と自国第一主義の「同盟」が首相に推薦したコンテ教授は、5月27日、選んだ閣僚のなかで1名(反EUのサボナ元産業相)が親EUのマッタレラ伊大統領に承認されず、組閣を断念。イタリア国民の民意を反映した選挙結果よりも、独仏など外国勢主体のEUの意向が尊重されてしまったのです。

マッタレラ氏が暫定首相として指名した財政緊縮派のコッタレリ元IMF財務局長も、議会で信認を得られそうにない見通しを踏まえ29日に組閣を中断。いまもイタリア政治の空白状態が続いています(*)。

アメリカに続く自国第一と抵抗勢力の争いに伴う混乱を嫌気した市場は、イタリア国債を売り浴びせるとともにドイツ国債や米国債を購入。29日の伊10年国債利回りは一時なんと3.4%まで急騰(価格は暴落)し、そのとき独10年国債に対するスプレッド(利回り差)が3.1%に急拡大しました。

「イタリアは植民地でなく、独仏の奴隷ではない。わが国はスプレッドをむさぼる金融筋の奴隷ではない!」

イタリアの政党「同盟」のサルビーニ党首(May 28th 2018)Twitter

そのスプレッドは、借金体質のイタリアと財政健全なドイツとの信用リスクの格差を表します。イタリアが国の借金を返済し続けるためには、EUから離脱し通貨を自国のリラへ切り替えたうえで、大量のリラを刷り通貨価値を切り下げていく必要があるでしょう。

スプレッドが急拡大したことは、2016年にEU離脱を決めたイギリスに続き、イタリアもEUから去る懸念が急速に高まったことを反映しているのです。

以上、アメリカのイランへの制裁復活とイタリアのEU離脱を予感させる騒動は、ともに自国第一の現政権(あるいは選挙で政権の座に就くことを選ばれた人々)とグローバル志向の抵抗勢力との争いが根底にあります

今年11月までにイラン制裁が復活・強化され、7月29日以降イタリア議会の再選挙が行われる可能性が高い。年内は、為替も債券も不安定な相場展開が続くでしょう(*)。

アナリスト工房 2018年5月31日(木)記事

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*)日本時間の6月1日(金)未明、マッタレラ伊大統領は「五つ星」と「同盟」が推薦したコンテ教授を首相として再び指名。コンテ氏の新たな閣僚リスト(五つ星のディマイオ党首が産業相、同盟のサルビーニ党首が内務相、反EUのサボナ元産業相が欧州担当相など)が大統領承認され、コンテ伊政権が近く発足する見通しとなり、イタリアの政治空白と議会再選挙への懸念は後退しました。

とはいえ、アメリカのトランプ政権の発足直後と同様に、自国第一の新政権と抵抗勢力とのバトルに伴う激しい混乱が想定されることから、為替・債券市場では不安定な相場展開がしばらく続くでしょう。