米国債防衛をはじめたFRBの次の一手
通貨の番人はドル防衛をあきらめ、米政権の狙いどおり利下げへ
2019年4月1日(月)アナリスト工房
(2019年4月5日(金)編集)
「まるでFRB(米連邦中銀)は、パットができずスコアが不振な、力まかせのゴルフ選手のようだ」。
執拗な金融引き締め政策をトランプ大統領から繰り返し批判されていたFRBは、19年3月の利上げを見送ったのと同時に、量的引き締め(過去の量的緩和で買い取った金融商品を大量売却することにより、市場から資金回収する金融引き締め策)を9月末にまでに終えることを決定しました(3月21日公表)。
FRB量的引き締め(17年10月−)の終え方の大きな特徴は、最大で月200億ドルのMBS(住宅ローン債券)の売却による引き締めを継続したまま、同額の米国債の買い取りによる緩和を段階的に開始する点にあります。
これまで最大で月300億ドル売却してきた米国債が、19年5月から月150億ドルに半減のうえ、10月からは月200億ドルの買い取りに転じる予定。以降、正味の引き締め額(=MBSでの引き締め額-米国債での緩和額)が毎月ゼロとなります(下記)。
【 FRB量的引き締めの規模推移*)】
・17年10−12月実績:平均50億ドル/月(米国債40、MBS10)
・18年1−3月実績:平均130億ドル/月(米国債100、MBS30)
・18年4−6月実績:平均270億ドル/月(米国債160、MBS110)
・18年7−9月実績:平均300億ドル/月(米国債220、MBS80)
・18年10月−19年3月実績:平均400億ドル/月(米国債230、MBS170)
↓
・19年4月予定:最大500億ドル/月(米国債300、MBS200)
・19年5−9月予定:最大350億ドル/月(米国債150、MBS200)
・19年10月−予定:ゼロ/月(米国債▲200、MBS200以内)
互いに異なる金融商品での引き締めと緩和を混在させるFRBの奇策手法は、メキシコとの国境沿いの壁建設などで奇策を連発してきたトランプ米政権の影響かもしれませんね。
▼FRBが売却から購入へ切り替える米国債は、需給が大きく改善
FRB量的引き締めは、MBS(住宅ローン債券)での引き締め続行のまま米国債での引き締めを緩和へ反転させることにより、19年9月末に終了予定。米国債での量的引き締めの状態を量的緩和(中銀が金融商品を大量購入することにより、市場へ資金供給する金融緩和策)へ反転させることは、量的緩和を付け加え正味の緩和状態へ移行させることに実質等しい。
米国債での最大月300億ドルのペースで実施中の量的引き締めは、19年5月から月150億ドルに半減のうえ、10月からは月200億ドルの緩和へ移行します(上記)。そのためにFRBが引き締め状態の現状に付け加えていく米国債での量的緩和の規模は、5月から月150億ドル(=300−150)、10月からさらに月350億ドル(=150−▲200)。
すなわち実質的には、米国債でのFRB量的緩和が5月からスタートし、その追加緩和が10月から実施予定。量的緩和と同時に追加緩和が決まったのです。
FRBが大量の米国債を実質買うことを3月21日に決めた直後から、市場では米国債価格が急騰。米国債市場の指標となっている10年物の利回りは、28日には一時2.338%、17年11月以来の水準まで低下(価格は上昇)しました。債券バブル崩壊への懸念が広まった18年10月(10年物利回りが一時3.259%まで価格低下)を底に、米国債10年物の価格はひとまず持ち直したのです。
なお、米連邦政府の債務残高に法定上限が適用された19年3月1日からは、米財務省は政府債務をまかなう米国債の発行残高を増やせない状態。議会承認を要する債務上限引き上げは、政府と議会の関係が悪化したなか、10月以降となる可能性が高い。米政権が海外米軍撤退などにより財政支出抑制を図るのは、国家デフォルトを防ぐ狙いとみてとれます(ビジネス流トランプの軍事リストラ)。
続いて、トランプ政権が指名したパウエル議長のFRBが米国債の受給を改善させる量的引き締め終了を決断したことは、市場で国家デフォルト懸念が高まるのを抑える効果を発揮しています。FRBは「パットを上手に決める」ための工夫と努力をはじめたのかもしれません。
▼逆イールドが語る市場の資金調達難。利下げへの環境は整った
一方、18年12月に深刻化した株式バブル崩壊が、FRB量的引き締め終了の決定(19年3月21日)を受けて再燃しています。
FRBの実質購入に伴う需給改善をにらみ米国債10年物へ向かった市場参加者の投資マネーは、実は株式をはじめ他の市場から逃げてきたマネーだったのです。FRBの米国債購入に伴い市場へ供給される資金は、MBS(住宅ローン債券)の売却により回収されるため、天下を回りませんからね。
資金が天下を回らない政策手法のもと、資金調達難が続くことを悲観した市場では、短期と長期の金利水準が逆転する”逆イールド”の現象が生じています。19年3月22日以降の米国債利回りでみた金利水準は、市場参加者の資金調達コストとの連動性高い1−3カ月物の短期金利が、債券の需給動向を比較的強く反映する10年物の長期金利を上回る状態です(図表)。
米財務省公表の日次データに基づきアナリスト工房作成
本来であれば、インフレ進行など経済不確実性に長くさらされる長期の金利水準の方が比較的高いはず。が、18年12月まで3カ月ごとに5回連続の利上げを経て、いまのドルの政策金利(翌日物)は2.25〜2.5%。レンジの中間値でみた金利水準は、15年12月にゼロ金利(0〜0.25%)が解除されてからなんと19倍に跳ね上がりました。
結果、3カ月以内の短期金利は、連続利上げの余波と市場参加者の資金調達難に伴い、いまも急騰したままなのです(図表)。
なお、FRBが量的引き締めを終えることを決めたとき利下げに踏み切らなかったのは、通貨の番人がドル急落を防ぐための激変緩和措置と推察されます。量的引き締めの終了と政策金利の利下げは、ともにドル安へ作用するため、併用した場合にはドル防衛がままならなくなりますからね。
市場参加者のドル資金調達難の悪影響は、金融機関から借入調達している企業にも及びます。調達した資金で自社株買いを行なっている米国企業は、機関投資家やヘッジファンド市が株式を売り逃げし手仕舞うなか、米国株の最大の買い手(米与野党が自社株買い退治へ協奏)。ゼロ金利時代にドル借り入れに過度に依存するようになった多くの中国企業も、資金調達難が深刻化しています。
いまの高水準の短期金利のままでは、米中をはじめ世界の株式市場だけでなく実体経済も行きづまる可能性が高い。
そこで、米政権から金融政策への口先介入が再開しました。19年3月28日、トランプ大統領が「インフレが落ち着いているにもかかわらず、誤って利上げしてきたFRB」をツイッターで改めて批判。翌29日、クドロー国家経済会議委員長は「0.5%の利下げが望ましい」と複数のメディア(CNBC、アクシオス)のインタビューで発言し、政策金利の引き下げを強く促しました。
逆イールドが示唆する次の金融危機への懸念が広まるなか、9月までにFRBは利下げを実施する可能性が高い。
なお、そんな危うい逆イールドをFRBが量的引き締め終了を決めたことによりつくったのは、通貨の番人としての最重要政策だったドル防衛をあきらめ利下げへ踏み切るための環境づくりが目的と推察されます。奇策を重ねることにより、FRBは米政権の狙いどおり「パットを上手に決めてスコアをばん回できる」かもしれません。
アナリスト工房 2019年4月1日(月)記事
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*)FRB量的引き締めによる資金回収額の月平均は、FRB公表の各月最終水曜に関するB/S(貸借対照表)に計上された米国債とMBS(住宅ローン債券)の合計額に基づく計算値。
なお、量的引き締め開始直前の17年9月末には4.46兆ドルあったFRBの総資産は、19年3月末には3.96兆ドルの水準まで5千億ドル減少。