米緩和縮小ペース倍速決定の舞台裏

「QE拡大」の演出は、パウエル議長のFRB十八番の量的奇策術の1つ

2021年12月20日(月)アナリスト工房

「米連銀FRBはすでにQE(量的緩和)のペースをずいぶん縮小したはずなのに、アメリカの債券と株式は暴落せず価格を保っている。いまも実はQE拡大中では?」

あるいは

「正式なテーパリング(QE縮小)が始まった11月以降は、金融商品の市場価格を支える大規模な”裏QE”の存在が伺い知れる。その正体はいったい何か?」

といった米テーパリングの開始そして加速後になぜか暴落せず何かにしっかり支えられている債券と株式の市場の不可解な現象とその正体に関するさまざまな憶測は、多くの市場参加者たちの間でホットな話題となっている。


実はパウエル議長のFRBは、米大統領の意向どおり金融政策を速やかに転換し、アメリカ経済の抱える課題に早急に対処するのがとても得意だ。そのとき、わたくしどもアナリストをアッと驚かせる、とんでもない奇策を駆使しながら。

19年7月末に量的引き締め(過去のQEで買い取った金融商品を売却し市場から資金回収する引き締め策)の終えたときのFRBは、限度枠をはるかに超える強い締め上げ状態(ドル高要因)をいったんつくった後それを一気に解消。予定よりも2カ月早く引き締めが突然終了し、その旨が終了当日にようやく公表された。そんなサプライズの結果、米ドルは従来の水準よりも著しく急落。トランプ45代大統領が任命したパウエル議長のFRBは、アメリカの競争力を高める自国通貨安を奇策で上手に導き、対中貿易戦争で大活躍だった(米インフレ退治はQEマネー一掃の勢い)。


いまのバイデン大統領の意向どおりインフレ退治に励むパウエル氏のFRBは、もちろん今回も期待どおり奇策のサプライズはバッチリ。22年1月半ばからのテーパリング倍速を決めた先週のFOMC(米金融政策決定会合)に先立ち、11月半ばから実施中のテーパリング(QE縮小)が2週間にわたり秘かに中断され、なんと緩和状態が一時的に演じられた。結果FRBは、ずいぶん過酷なテーパリング倍速がFOMCで正式に決まったときの金融商品暴落を見事万全に防いだ。

【QE4のテーパリング(量的緩和第4弾の縮小)スケジュール】


従来は月1200億ドル(米債800億、住宅ローン債400億)だったが、

<2021年11月以降>

・11月15日〜:月1050億ドル(米債700億、住宅ローン債350億)

・12月14日〜:月900億ドル(米債600億、住宅ローン債300億)

<2022年>

・1月14日〜:月600億ドル(米債400億、住宅ローン債200億)

・2月半ば〜:月300億ドル(米債200億、住宅ローン債100億)

・3月半ばに終了予定

FRB週次公表のバランスシート(毎週水曜時点)に基づくと、テーパリング開始後の21年12月15日までの4週間の量的緩和額は785億ドルと、開始前の11月17日までの4週間の緩和額1768億ドルに対しはるかに減少。しかしその内訳は、12月15日までの2週間が1005億ドルの緩和と、その前の2週間が220億ドルの引き締めに対し、なんと月2000億ドルを超えるペースでの大規模緩和状態だった。


このように、テーパリング倍速を決めたFOMCが終わる12月15日までの2週間のFRBは、限度枠オーバーかつ空前規模のQEを演じていた。テーパリング開始後にもかかわらずQEを一時とんでもない規模にまで膨らませたFRBの狙いは、FOMCでの22年1月半ばからの倍速決定に伴い、米国債および米国株の暴落を防ぐための万全の措置と見受けられる。もちろん市場参加者たちは、今回のテーパリング倍速決定をほとんど抵抗なく受け入れた。


▼QEマネー回収策リバースレポは絶好調。「裏QE」の正体は米財政資金

一時的な超大規模QE演出の結果、12月15日にはFRB傘下のNY連銀が実施中の資金回収策リバースレポ(米国債を担保に金融機関から資金借入)は、1兆6211億ドルに膨らみ過去最高を更新(従来は9月末の1兆6049億ドル)。米国債を担保に連銀が民間金融機関から借金するリバースレポは翌日物だが、21年3月から毎日実施し次々と残高を急増させることにより、市場からのQEマネー回収奇策と化している。

アメリカが量的緩和を終え引き締めに転じるときは、テーパリング終了後の量的引き締めにより資金回収を実施するのが金融政策の基本。だが今回は、テーパリング前半の段階でQE4マネーの回収率は早くも34.1%(=1兆6211億ドル/4兆7499億ドル)と、まるで量的引き締め後半の高水準だ(図表)。

QEマネー全回収する勢いに満ちあふれた今回の米リバースレポは、史上最大のFRB奇策かもしれない。

22年2月、中国元CBDC(中銀デジタル通貨)が北京冬季五輪の会場で華やかにデビュー予定。中銀発行通貨のデジタル化による利便を武器に中国元の普及加速が濃厚ななか、長期にわたるQEですっかり疲弊した米ドルが基軸通貨であり続けるためには、とくに通貨価値の面で抜本的刷新が必要。金・銀など実物資産で価値を裏付けた新ドル発行に向けて、FRB傘下のNY連銀はいまのドルをすべて回収し「通貨リセット(新ドル切り替え)」に踏み切る構えが伺い知れる。

やがてリバースレポのデフォルト(連銀があえて資金返済せず、担保の米国債が民間金融機関へ移転)をきっかけに、米ドル全回収が一気に進むだろう。


最後に、アメリカの債券や株式の市場を支える大規模な「裏QE」の主な担い手は、連邦政府と見受けられる。米財務省が管理する連邦政府預金TGAの残高は、FRBが空前規模の大規模緩和を一時的に演出した12月15日までの2週間に1008億ドル減少した(下図)。前FRB議長のイエレン長官の財務省は、連邦政府の資金繰りを上手に工夫しながら、取引銀行FRBのテーパリング倍速の環境づくりに協力中とみてとれる。

TGAの預け先FRBの週報(B/Sのページ)に基づき作成

連邦政府が決済口座TGAの預け先FRBを通して支払った巨額の資金のなかには、支払先の企業や団体での資金運用など市場へ向かい投資マネーと化し、金融商品の市場価格を保つのに貢献中のお金がもちろんあるはず。それでもなお運用先の金融機関などで余った資金が米リバースレポに殺到しているならば、(通常であれば需要が跳ね上がる時期の)月末には程遠い月半ばにリバースレポ残高が過去最高更新した珍事の理由がしっくりくるだろう。


12月15日、米連邦政府の債務残高上限が31.38兆ドルへ引き上げられた(従来は28.88兆ドル)。以後たっぷり増額された財政資金は、巡り巡って債券や株式の市場を支えるともに、やがて連銀リバースレポに資金回収されてゆく

年末のリバースレポの残高は、著しく跳ね上がりその年のピークを付ける傾向が強い。米連銀のQEマネー回収率(=リバースレポ残高/QE残高)が通貨リセットへの距離を測る指標と化したなか、今年は最後までその動きに目を離せない展開が続きそうだ。

アナリスト工房 2021年12月20日(月)記事