市場展望2016年 中国の影響は?
「中国は、グローバル経済戦略をもつ唯一の大国だ。最も重要な立場でありながら、何をしでかすか分からない。しでかすことに覚悟ができていなかったりその意図が理解できない外国勢は、ビックリする場面が増えるとともに中国への対応に迷う2016年となるだろう。」
イアン・ブレマー『2016年の地政学リスクのベスト5』米タイム誌 Jan 18, 2016号
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2016年1月12日(火)アナリスト工房
2008年のリーマンショックの直後から日米欧が輪番で実施中のQE(量的緩和)は、大量の投資マネーを市中へ供給することにより、マネーが向かう世界の金融商品と基軸通貨ドルの価格を押し上げてきました。
一方で2015年半ばからは、中国がQT(量的引き締め)を本格化させ、債券のなかで発行額No.1の米国債とその通貨ドルを売り浴びせており、市場の雲行きが怪しくなってきました(中国の量的引き締めとは?)。
ドルと一線を画す通貨バスケット制のもと、米国債をせっせと売却
新興国のQTが先進国のQEを巻き戻す動きに拍車がかかったのは、昨年12月にPBOC(中国人民銀行)が"通貨バスケット制"へ復帰するとともにドル売り介入の規模を急拡大させて以降です(中国の通貨バスケット制とその狙い)。
介入でPBOCが売ったドルは、外貨準備で運用されている米国債などドル建て資産の売却代金で支払われます。結果、2015年12月の中国の外貨準備高は3兆3,300億ドル(前月比1,100億ドル減、前年同月比5,100億ドル減)。過去最大の減少額となりました。
すなわち、人民元の価値がドルだけででなく複数の通貨からなるバスケットの価値に連動する通貨バスケット制のもと、元に一線を画されたドルが切り上がるなか、中国は米国債を好条件で自国通貨へ換金処分しているのです。
また、国際通貨体制の主導権をめぐる米中攻防を嫌気したマネーがわが国の円へ逃避し、足元の為替市場では円がドルおよび人民元に対し強含んでいます。
たっぷり油を注いだうえで火をつけたサーキットブレーカー
続いて年明けの株式市場では、CSRC(中国証券監督管理委員会)が"サーキットブレーカー”を導入したことを市場参加者が嫌気。年初来の下落率は、上海総合指数が10.0%、NYダウが6.2%、日経平均が4.1%(1月8日時点)。中国発の世界同時株安で始まる異例の年始相場となりました。
このサーキットブレーカーは、市場相場の過度の変動を防ぐために、相場急変時には取引をいったん停止させる市場制度です。日・米の証券取引所も同様の制度を設けています。
いったいなぜ中国のサーキットブレーカーは、その制度の狙いとは逆に、株価急落を招いたのでしょうか?
株式の売り圧力が極めて高い状態のもとでサーキットブレーカーの制度がはじまったことにより、その発動での取引停止前に大勢の市場参加者が売り急いだからです。
昨年7月、CSRCは持株比率5%以上の大口株主の株式売却を禁止。以降、売りたくても売れない彼らの売り需要が積みがっています。売れないリスクが不安な他の大勢の市場参加者は、年明けのサーキットブレーカーに対し取引停止前に大量に売り急ぐ態度で臨みました。結果、株価が急落した次第です。
上海総合指数は、わずか11カ月間になんと2.5倍の水準に急騰した後、その高値(2015年6月は一時5,178)から2カ月後には45%急落(8月は一時2,851)。極めて荒い値動きから、中国株式市場は国内の短期の投機筋主導とみてとれます。
中国の経済ならびに企業業績が成長鈍化するなか、株価指数は本来であれば急騰前の2,000程度の水準にサッサと戻るはずが、CSRCの売却禁止令により足元の市場相場(2016年1月8日は3,186)は超割高のままです。
世界の通貨も株式も中国主導の通貨体制も、真価が問われる2016年
1月8日からCSRCは、サーキットブレーカーをいったん取り下げられましたが、大口株主に3カ月間で発行済株式の1%以内の売却を許すようになりました。
売り取引が次々と実行されていくにつれて、上海総合指数は投機相場がはじまる前の水準(2,000程度)に均衡する展開が予想されます。
世界の市場参加者が中国を注視するなか、QEマネーで著しく割高な水準に押し上げられてきた日米欧の株式も同時下落の展開となるでしょう。
為替は、英エコノミスト誌 Jan 9th, 2016号の購買力平価「ビッグマック指数」によると、基軸通貨ドルに対し市場の人民元が46%割安、円が37%割安、ユーロが19%割安。すなわち、ドルは超割高な水準にあります(*)。
いまは日欧のQEマネーが必死に買い支えているドルは、購買力平価に基づくと、やがて割高状態の解消とともに理論価格へ均衡していくのです。
QEバブル崩壊がリーマンショックに続く金融危機を招いた場合には、シェアNo.1の投資通貨の暴落とともに、理論価格の市場での実現が想定されます。
以上、先進国の緩和マネーがつり上げてきた株式と基軸通貨は、中国のしでかした通貨と株式市場の制度改定が世界の市場をビックリさせたことにより、年明けから株価とドルの雲行きがいっそう怪しくなってきた次第です。
また、中国のQTが日欧のQEを巻き戻している背景には、中国主導の通貨体制を象徴するAIIB(アジアインフラ投資銀行)などの国際機関を次々と立ち上げたBRICS勢が西側中心の国際通貨体制にが挑む姿がみてとれます。
人民元の通貨バスケット制も中国株のサーキットブレーカーも、実は十分なシミュレーションと緻密な計算に基づき打ち出された制度かもしれません。
一方で西側の市場参加者にとっては、中国発のドタバタ劇に振り回され、通貨も株価も本当の価値が試される2016年となりそうです。
株式会社アナリスト工房 2016年1月12日(火)記事
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*)英エコノミスト誌 Jan 9th, 2016号の購買力平価「ビッグマック指数」によると、ビッグマックに基づく理論価格(1ドル=3.57人民元、1ドル=75.1円、1ユーロ=1.33ドル)に対し、と実際の市場価格(1ドル=6.56人民元、1ドル=118.7円、1ユーロは1.08ドル)。よって、ドルは人民元、円、ユーロに対し超割高状態にあります。