日欧緩和が縮小、米引き締めは苦難

主要先進国の金融政策を横断的に眺めると気づく、とんでもない舞台裏

2017年5月25日(木)アナリスト工房

1.緩和の出口へ向かった日銀とECB、ドル防衛に焦るFRB

世界の株価と基軸通貨ドルの価値を支えてきた日欧の金融緩和は、いま最終章へ突入しています。

史上最大規模の量的緩和(中央銀行が国債などを買い取ることにより市場へ資金供給する金融政策)を続けてきたECB(欧州中銀)が先月から緩和規模を縮小した(毎月800億ユーロ→毎月600億ユーロ)のに先立ち、わが国の中央銀行はさりげなく緩和の出口へ舵を切りはじめました。

いまも年80兆円の国債保有増加をめどに量的緩和を実施しているはずの日銀は、実際の国債保有高の前年同期に対する増加額が今年3月末に70兆円を割ってからは明らかにスローダウンしています(2月末:76兆円増→3月末:69兆円増→4月末:66兆円増)。

今月10日の衆院財務金融委員会で黒田日銀総裁は、前原元外相から問い詰められ、国債保有高の年あたりの増加ペースが「足元で60兆円前後」としぶしぶ認めました。欧州と同様に、すでにわが国の量的緩和の規模は従来の25%も縮小していますね。これからの展開はどうなるのでしょうか?

先月末に日銀が公表した当面の買い取り予定額に基づくと、来年4月末まで1年間の国債保有の増加額はなんと49兆円までスローダウンする見込み(=1回あたりの買い取り予定額の中間値と月間予定回数との積を12倍して推定した1年間の買い取り予定額93兆円-日銀がすでに保有している国債のうち1年以内に満期を迎える44兆円)。

毎月公表される当面の買い取り予定額が減少傾向にあるなか、緩和ペースのスローダウンの傾向は今月末以降いっそう顕著となる可能性が高い。スローダウンに伴い市場へ放出される緩和マネーが先細ることは、引き締めと同様に株安かつ円高・ドル安への要因です。

わが国がなし崩し的に量的緩和の縮小に踏み切った舞台裏は、すでに日本国債の発行残高のなんと41%も中央銀行が保有する異常事態(3月末時点)。国債市場での売り物が尽きつつあるなか、2008年12月からダラダラと続けてきた緩和策は量的な限界が近づいているのです。

日銀緩和の限界と縮小がきちんと公表されずほとんど報道されない背景には、世界最大の株式市場を有するとともに基軸通貨ドルを発行するアメリカが、トランプ氏の登場をきっかけに2つに分断されている実態がみられます。

まず、市場よりもモノづくりが大切なトランプ政権は、製造業の競争力向上のためにドル安志向。わが国の緩和策による円安・ドル高への誘導を非難した1月の大統領発言からも、ドル反落への要因となっている日銀緩和の縮小は米政権への朗報でしょう(西も東もみんな"為替操作国”)。

一方、ドルを防衛したいFRB(米国中銀)は、日欧の緩和縮小をにらみながら、3月に利上げ(政策金利を0.5〜0.75%から0.75〜1%へ)での引き締めを実施。昨年12月に0.25%利上げした後もドルの上値が重いなか、通貨の番人は早くも再利上げに踏み切ってしまいました。ドル安を促すトランプ米大統領の発言に振り回されたFRBは、すっかりペースを乱されてしまったようですね。

このように、ドルの価値をめぐるアメリカの政権と中央銀行との攻防のなか、双方に配慮するわが国は為替に大きな影響を及ぼす金融政策が変化していることを表明しづらい状況と推察されます。

2.FRBのバランスシート縮小の副作用は、トランプ緊縮財政が打ち消す

アメリカの利上げが効かない最大の理由は、FRBが過去の量的緩和(2008年11月-2014年10月に3回実施)で買い取った米国債と証券化商品の合計3.7兆ドルを満期のたびに同額継続しており、緩和をきちんと終えていないこと。自動車のアクセルから足を離さないままでは、ブレーキは踏んでも効きません。

そこで、アクセルから足を移動させるためにFRBは、買い取った債券(米国債と証券化商品)で総資産4.5兆ドルに膨らんでいるバランスシート(貸借対照表)を、数年かけて半分程度の規模へ縮小する計画を急いで策定中。FRBの債券は、早ければ年内に市場での売却が始まる方向性です。

FRBが保有する米国債などを売却することによるバランスシートの縮小策は、市場の需給悪化に伴う債券価格の下落を通じて、長期金利(国債のなかで代表的な10年物の利回り)を上昇させる要因。長期金利の上昇は、政策金利(短期金融市場の翌日物金利)の利上げと同様に、いまのFRBの政策目標の引き締めに作用します。

しかし、企業の設備資金の調達コストを左右する長期金利の上昇を引き起こすFRBバランスシート縮小策は、設備投資の需要を冷やす副作用があるため、アメリカでのモノづくり重視のトランプ政権が反対の意向と見受けられます。

今週23日に米政権が議会へ提出した新年度の予算教書(今年10月からの国家予算の方針案)は、外交・対外援助・医療保険などを中心に今後10年間の歳出をなんと3.6兆ドルも大幅削減することにより、財政赤字の解消を図る内容。

劇的な歳出カットに伴い国債発行額がそれだけ減るため、教書のとおり予算が成立した場合には、FRBの国債売却による引き締め効果も設備需要を冷やす副作用も打ち消されます

なお、米議会での審議が難航し予算が成立しないまま新年度始めの10月を迎えた場合には、先月に続き再びシャットダウン(政府機関閉鎖)の危機です。また、3月15日から法定上限の残高19.8兆ドルに張り付いたままの政府債務は、米財務省の必死な資金繰りでしのげる限界が10月頃までの公算。それまでに政府債務上限を引き上げられなければ、アメリカの国家デフォルトです。

その場合、シャットダウンや国家デフォルトが生じた後のFRBの債券売却は、もちろん中止。一方、トランプ大統領の”小さな政府”は、暴落したドルを武器にアメリカの産業競争力を取り戻し、製造拠点の国内回帰とアメリカ人の雇用回復の政策目標を実現できるでしょう

以上、トランプ相場の舞台裏には、実体経済を取り戻すためにドル安・債券高(低長期金利)を望む米政権と、日欧の緩和縮小の逆風のなか金融市場を守るためにドル高・債券安(高長期金利)・株高を促したいアメリカの中央銀行との間でのし烈な攻防がみてとれます。

いまのところ、予算が成立してもしなくても政策目標を実現できそうな、巧みな予算教書を作成した政権側が優勢。ただその政府文書は、議会で成立しないことを前提につくられた方針案では?

アナリスト工房 2017年5月25日(木)記事