ドイツ銀行の凋落が止まらない
「断わる!価格が下落基調にある限り、ショート(売り持ち)は続けるべきだ!」
ABX指数(サブプライムローン証券化商品の価格指数)が下落するたびに、それを30億ドルもショートしているドイツ銀行のG.リップマン氏のもとには、上司とリスク管理担当者から、ショートを終了あるいは縮小するよう求めるメールが次々と届いていた。
(中略)リップマン氏の上記主張は正しかった。結局、ABX指数はわずか2セントまで暴落。(中略)彼の活躍のおかげで、ドイツ銀行は2008年後半のリーマンショックを乗り切った。
G.ザッカーマン 著『史上最強のトレード』クラウンビジネスNY(2009)
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次のショックを引き起こす筆頭候補に、同行が浮上しているのはなぜ?
2016年7月25日(月)アナリスト工房
(2016年7月28日(木)脚注追加)
リーマンショック(2008年9月の金融危機)では、元凶となった証券化商品を大量に抱えこんだ米リーマンブラザーズが倒産したのに対し、勇気あるデリバティブ・トレーダーがそれをショート(売り持ち)していたドイツ銀行は損害が軽く済みました。
上司の指示とリスク管理のルールに逆らい史上最強のトレードを貫く成功体験に勢いづいたドイツ銀行は、2012年末にはデリバティブの元本残高が55.6兆ユーロに膨らみ、米JPモルガンを抜き首位へ浮上しています。同時に、そのことがユーロ圏最大手行の凋落へのプロローグだったのです。
2015年1−12月のドイツ銀行は、68億ユーロの最終赤字。デリバティブを手がける主力の投資銀行部門の収益力低下と資本上積みに伴うコスト増による評価減が、赤字に陥った最大の原因です。市場では、同行がデリバティブで巨額の含み損を抱えているとの観測が強まりました。
とくに同年6−7月のギリシャ債務危機では、ギリシャ国デフォルトに賭けるデリバティブを大量にショートしている(すなわちギリシャのデフォルトリスクをたっぷり背負っている)危うい金融機関として、市場で最有力視されていたのがドイツ銀行です。
リーマンショック時のドイツ銀行は、そのとき150億ドル稼いだJ.ポールソン氏のヘッジファンドと共同で、米国の金融システム崩壊に賭けたうえで証券化商品を売り崩し金融危機を引き起こしたことが、トレード成功の要因でした。
一方、EU(欧州連合)ユーロ圏内の危機では、その成功体験が活かせません。圏内トップバンクとしての責務を担うドイツ銀行は、ギリシャ国リスクを大量に引き受けることで、ギリシャ発の金融危機を防がなければなりません。そのような立場が足かせとなっている同行は、最大の収益を狙うトレードができない状態と見受けられます。
幸いギリシャのデフォルトが回避されるとともに、事業規模を縮小しはじめたドイツ銀行のデリバティブ元本残高は41.9兆ユーロまで減少しています(2015年末時点:同行アニュアルレポートに基づく)。
拠点・人員縮小とコスト削減により、2016年1−3月の同行はなんとか黒字化(純利益2億ユーロ)。とはいえ、前年同期比58%減益と依然芳しくない。
ドイツ銀行の凋落に拍車を掛けたのは、今年6月24日のBrexit(英国のEU離脱)騒動。離脱の動きがフランスやイタリアに広がった場合にはEUが空中分解するとの懸念を背景に、G.ソロス氏などヘッジファンド勢が同行の株式を大量にショートしました(Brexit(英国のEU離脱)騒動の舞台裏)。
このときのソロス氏のポジション(持ち高の状態)は、ドイツ銀行株とS&P500(米国株500銘柄の株価指数)のショートとともに金のロング(買い持ち)。1オンスあたり何ドルで取引される金が基軸通貨ドルの価値を測るモノサシであることから、老獪な85歳の彼の戦略は、ドイツ銀行を破綻させ次のショック(世界金融危機)を引き起こし、米国主導のいまの通貨体制を揺さぶることによる収益狙いとみてとれます。
かつてショックを招いてでもヘッジファンドと共同で攻撃的なトレードを貫き通した同行は、事業規模縮小のもと守りの姿勢に転じたいま、ファンドからの猛攻撃を受けてショックへの引き金として利用されようとしているのです。
6月29日公表のIMF(国際通貨基金)の報告によると、世界の金融機関のなかで破綻した場合に金融システムへの悪影響が最も大きいのは、多数の保険会社(アリアンツなど)や金融機関と密接な関係をもつドイツ銀行(2位:HSBC、3位:クレディスイス)。
なのに同日公表されたFRB(米国中銀)のストレステスト(財務健全性に関する検査)の結果は、世界の大手金融機関のうちリスク管理体制に不備のあるドイツ銀行が、他1行(スペインのサンタンデール銀行)とともに不合格でした。
来年前半までにドイツ銀行は、いまの国内店舗723店のうち188店を閉鎖することで、いっそうのコスト削減を図る予定。しかし、主力の投資銀行ビジネスでの収益力を取り戻さない限り、同行の存続は難しい状況にあります。
今月のドイツ銀行の株価は、一時年初来50.2%安の水準まで下落(7月8日)。ヘッジファンドなどからの強い売り圧力を受けて、足元も上値の重い展開が続いています。
人員整理などで肝心な投資銀行ビジネスの規模が縮小しており、殿(しんがり:戦争での退却時に最後尾で敵の追撃を阻止する部隊)が心もとないなか、同行の株価と信用リスクは予断を許さない展開がしばらく続きそうです。
アナリスト工房 2016年7月25日(月)記事
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*)2016年7月27日に公表されたドイツ銀行4−6月.決算は、純利益が前年同期比▲98%減のわずか0.2億ユーロ。リストラ(資産売却と人員整理)での大幅なコスト削減により最終黒字だが、トップラインの純収益が同▲20%も減収している。主力の投資銀行部門などの事業縮小に伴い、同行の収益基盤の損傷が著しいと見受けられる点がネガティブだ。
2019年からの”TLAC(総損失吸収力)規制”では、国際基準行のなかで大きすぎて潰せない世界の30行(ドイツ銀行、日本の3メガバンク、JPモルガン、HSBC、ゴールドマンサックスなど)に、さらなる資本の上積みが段階的に課されていく。しかし、事業規模の縮小が著しいドイツ銀行が信用力をとり戻し新たに資本調達を行うことは、困難な状況にある。
ユーロ圏トップバンクにふさわしい収益力と信用が回復しない限り、同行の凋落は止まらないと想定される。