Brexit(英国のEU離脱)騒動の舞台裏
「もはや金と兌換できなくなったポンドは、外国為替市場で急激に値崩れした。イギリスが逃げ出した1931年9月21日にポンドを保有していた外国人は、それを従来の4.86ドルではなく、たった3.75ドルで交換するしかなかった。(中略)12月、ポンドの価格は3.25ドルまで下落した。大損害である。いまや1931年にイギリス政府を最終的な危機におとしいれた、ぞっとするような事態が再び始まろうとしていた。」
P.バーンスタイン 著・鈴木主税 訳『ゴールド』日本経済新聞社(2001)
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英国発の新たなショックが米国主導の通貨体制を揺さぶるのはなぜ?
2016年6月27日(月)アナリスト工房
これまで英米の基軸通貨が信用を失った後は、その通貨価値が衰退する歴史を繰り返しています。
1.知っておきたい英米の基軸通貨の歴史はこれだけ!
第2次世界大戦前の覇権国イギリスは、大恐慌時の深刻な「双子の赤字」により金本位制(通貨価値を金に裏づける制度)を維持できなくなり、1931年9月にポンドの金との兌換を停止(金再輸出禁止)。当時の基軸通貨であったポンドは、台頭してきた新興国アメリカのドルに対し3カ月間で33%も暴落しました。
基軸通貨の座をドルに明け渡した後のポンドは、1960年代から成熟化に伴う経済停滞「英国病」に陥り、1985年2月には1ポンドあたり1.05ドルの最安値をつけています。
「ブレトンウッズ体制(1944-1971年)」のもとで戦後の基軸通貨となったドルも、1971年のニクソンショックで金との兌換停止したとたん暴落(1ドルあたり360円→308円)。アメリカとその通貨ドルの覇権を支えるブレトンウッズ体制は崩壊しましたたが、その後もドルは基軸通貨として居座り続けています。
とはいえ、2008年9月のリーマンショック、2011年8月の米国デフォルト騒動を経て、同年10月には一時75.32円の最安値をつけました。
話を、1985年に最安値をつけたポンドに戻します。
翌1986年のイギリスの金融市場改革「ビッグバン」で打ち出された金融立国への政策が実現していくにつれて、ポンドは反発も長続きしません。
1992年9月の「ポンド危機」では、G.ソロスのヘッジファンドに売り浴びせられた往年の基軸通貨は、BOE(英国中銀)の1日に2度の大幅利上げ(10%→12%→15%)での防衛もむなしく、翌年2月までに30%急落(1992年9月の高値2.011ドル→1993年2月の安値1.406ドル)。その後も、反発のたびに押し戻されるのがポンド相場の特徴です。
そして今月は、イギリスのEU(欧州連合)からの離脱「Brexit」をめぐり、ポンドが24年ぶりに世界の注目を集めています。
2.英国民投票が突きつけた、ドル中心の体制への最終警告
イギリスがBrexitを決めた6月23日の国民投票は、直前の世論調査ではEUへの残留派が優勢に対し、実際には離脱派が勝利しました。
EUからの離脱を支持する多くの国民は、清き一票が改ざんされないよう、投票所に備えつけの鉛筆でなく持参したペンで投票用紙を記入。実態とは異なる不適切な世論調査に続くと懸念されていた、不正開票・集計の余地を未然に防ぐ戦略が奏功したのかもしれませんね。
翌24日の開票スタート直後に1.502ドルの年初来高値をつけたポンドは、わずか6時間半後には1.323ドルまで年初来安値を更新しながら12%暴落。このとき、いまの基軸通貨ドルも一時99.02円まで7%も急落しています。
イギリスの国民投票の結果がポンドだけでなくアメリカのドルの急落にまで波及し、世界の市場がリーマンショックに続く新たな危機の様相を呈しているのはなぜでしょうか?
EUからの離脱への動きが他の欧州主要国に広がった場合には、EUとECB(欧州中銀)が空中分解することにより、「ECBの緩和マネーがアメリカのドルを買い支える構造」が崩れることを、市場が懸念しているのです。
成熟化とともに国々の経済成長が伸び悩むなか、EU内では「国境を自由に越えてやってくる外国人と外国製品が国内の正規雇用と産業活力を奪っている」との不満が高まっています。
イギリスに続きEU離脱ドミノがフランス、スペイン、オランダなどに広がった場合には、EUもその中銀(ECB)も自ずと消滅すると想定されます。
いま、すでに実質破綻していると見受けられるアメリカの国債とその通貨ドルを買い支えているのは、日欧の緩和マネーです。なかでも、毎月800億ユーロの規模で量的緩和(中央銀行が国債などを買い取ることによる市中への資金供給)を実施中のECBは、最大のマネーを供給しています。
日銀の量的緩和(年80兆円の規模)が来年半ばに国債市場での売り物が尽きるため限界を迎えるのに続き、EU離脱ドミノに伴いECBが消滅した場合には、アメリカの財政と通貨はハシゴを外される可能性が高い(騒動後の米債務問題はいっそうヤバい,手づまりの日銀とECBの金融緩和)。
その点が嫌気され、アメリカ主導の通貨体制が脅かされるたびに価格上昇傾向にある金相場(NY商品取引所の期近物)は、今月24日には安値から高値まで8%急騰。1オンスあたり何ドルかの建値で取引される金への資金シフトは、いまの通貨体制を担うべき基軸通貨の価値が揺らいでいることを意味します。
今年1−3月から金を積極的に購入しているのは、G.ソロス氏です。そのファンドは、同時にS&P500をショート(売る権利「プットオプション」の購入)していることからも、アメリカの衰退に賭けていると見受けられます。
イギリスを衰退させた1992年のポンド危機に続き、いまのソロス氏の攻撃のターゲットは覇権国のアメリカです。
翌4月の外国勢の米国債保有高は、1978年に米財務省が統計をとりはじめて以来、過去最高の減少を記録(7,460億ドルの売り越し:*)。売り越しの主体は、その地域(ケイマン諸島など)から、ヘッジファンドと推察されます。
ヘッジファンド勢の米国債売却は、中国の量的引き締め政策(外貨準備で保有する米国債の換金処分)と同様に、その代金の一部が他の通貨へ両替されることを通じてドル安への要因です。
今般の英国発の金融危機は、危機開始時にすでに主要先進国の金融政策が手づまりとなっている点が、前回のリーマンショック時とは大きく異なります。
日欧の緩和策は、今年になってからは、ドルを支えるための自国通貨安を導くことができていません(手づまりの日銀とECBの金融緩和)。
わが国が構えをみせている為替介入は、中国がドルの反発時に米国債を有利に自国通貨へ換金しようと量的引き締めを活発化する恐れがあるため、米財務省の了解がなかなか得られない状況です。
アメリカが通貨防衛のために利上げした場合には、ソロス氏が株価下落に合わせてS&P500のショートを拡大していくことにより下落に拍車がかかり、危機がいっそう深刻化する可能性が高い。
以上、イギリス発のBrexitショックは、EUとECBの空中分解への懸念を浮上させ、日銀とともにECBが支えているアメリカ主導の通貨体制を大きく揺さぶっているのです。
FRB(米国中銀)による起死回生の次の一手が注目されます。いまのドル中心の体制を続けるか終わらせるかは、あなた次第です!
アナリスト工房 2016年6月27日(月)記事
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*)『Foreign selling of U.S. Treasuries in April was most since 1978: data』ロイター記事(2016年6月15日).