双子の赤字に挑むトランプの裏技
中東と朝鮮半島の米軍は撤退へ。大幅増額した軍事予算がたっぷり浮く
2018年4月5日(木)アナリスト工房
(2018年6月25日(月)編集)
アメリカの最大の債権国である中国が米国債投資の抑制に踏み切っており、対米貿易の黒字国の稼ぎが米国債投資を通じてキャッシュバックされる仕組みが揺らぐなか、トランプ政権は歴代政権が長年放置してきた深刻な"双子の赤字(貿易赤字と財政赤字)”の削減にいよいよ本格着手しました。
前回とりあげたアメリカの貿易赤字の対策は、先月23日から鉄鋼25%・アルミ10%の関税を上乗せしたのに続き、中国によるアメリカの知的財産権の侵害を理由に、産業機械・電子部品・自動車部品など500億ドル相当の中国製品に高関税を課すことを来月以降決める予定(トランプ貿易戦争の勝算と次の一手)。
対する中国は、今週2日から米国産の豚肉・ワイン・ナッツ・オレンジなど128品目に対し15〜25%の関税上乗せをはじめたのに続き、4日には牛肉・大豆・綿花・とうもろこし・航空機など米国産106品目の上乗せ関税25%を課す方針を打ち出しました。
最大の貿易相手国に対する赤字を削減したいアメリカと対米貿易黒字を減らしてでも米国債投資を抑えたい中国は、昨年11月の米中首脳会談で意気投合のうえ、いま2国間の貿易不均衡の是正を本格化しています。
なお、米中首脳会談をお膳立てしたのは、東西を結ぶトランプ外交の指南役を務めるキッシンジャー元国務長官と、ホワイトハウスから去った後も大統領を支えるバノン元首席戦略官。彼らの中国側の交渉相手は、いまの王副主席(当時の王氏は習主席の反腐敗闘争を主導していた政治局常務委員)です。
米政権は対中貿易交渉での成果を突破口に、他の対米黒字の国々に対しても不均衡是正を強く推進してゆくでしょう。
▼財政再建はレーガノミクスの教訓を活かし、内なる敵を容赦なく切り捨て
アメリカの貿易戦争の敵が外国勢に対し、財政再建は国内の抵抗勢力(とくに軍産複合体)との戦いです。1980年代のレーガン政権(1981-1989)は、軍事費の拡大に伴う財政赤字の膨張を防げなかった結果、公共投資がままならず社会インフラの荒廃とともに経済活力を損なってしまいました(下記)。
「問題は、レーガン政権期にますます深刻となった連邦政府の財政赤字であった。大規模な減税政策の一方、軍事費を拡大した結果として、1985年度以降、毎年度の連邦財政赤字は2,000億ドルをこえる規模におよび、政府の累積負債額は80年代末には3兆ドルにに達した。
財政の逼迫化は公共投資を抑制し、老朽化した州際ハイウェーの修理さえままならない状況が生まれていた。社会的インフラストラクチャー改善の立ち遅れが、経済活性化にいずれブレーキをかける要因となることも明らかであった」
紀平英作『アメリカ史』山川出版社(1999)
"内なる敵(軍産複合体など抵抗勢力)"に屈し国内経済を疲弊させたレーガンの失政を教訓に、トランプ大統領は最初に"外の敵(軍事費などをばらまく先の外国)"をやり玉にあげることから財政再建に着手しています。
昨年12月、国連総会でアメリカへエルサレムの首都認定取消を求める決議が成立した直後、トランプ政権は歴代政権が"世界の火薬庫”の中東で7兆ドル(いまの米政府債務残高のなんと3分の1も占める)を無駄に費やしてきたことを問題視し、中東諸国など決議賛成の国々に対する援助停止を警告。
そのうえ先週29日、トランプ大統領はまもなく米軍をシリアから撤退させる(すなわちシリア反政府軍への援助を終える)決意を表明しました(下記)。
「われわれはISISに完全に勝利しつつあり、まもなくシリアから撤退する。もうすぐだ(会場からは大きな拍手)!現地の後始末は、他の国々にまかせよう。すぐに早急に、アメリカはシリアを退く」
トランプ米大統領(Mar 29th 2018)オハイオ州リッチフィールドの集会
トランプ氏が米軍シリア撤退を決めた背景には、米軍の支援する反政府軍が化学兵器を製造していた事実がみてとれます。
今年3月末までに、シリア政府軍は反政府軍が支配していた首都ダマスカス郊外の東グータ地区の95%を奪還。その過程で、同地区の化学兵器工場が発見され、工場内部の映像がテレビ報道などで公開されました。報道によると、そこには逃げた反政府軍が置いていった有害物質がなんと40トン以上もあったとのこと。
ロシア軍の支援を受けて圧倒的優勢なシリア政府軍には国際条約が禁じる兵器を使う動機はないので、シリアの化学兵器は反政府軍のものと見受けられます。アメリカの中東へのバラマキ援助は、人道に反するとんでもない目的に使われていたのです。
中東の軍事利権を失いたくない抵抗勢力(とくに軍産複合体の頂点に立つ国務省)には反論の余地がないことから、財政再建を急ぐトランプ大統領の決意表明どおり米軍は近い将来シリアを退いてゆくでしょう。
同様の理由により、今年5月の米朝首脳会談の後は、シリアに続き朝鮮半島からの米軍撤退が発表される可能性が高い。
また、3月14日にはティラーソン国務長官が解任され、2019年度(2018年10月-2019年9月)の国務省予算は前年度比60%減のわずか0.67億ドル。新たな国務長官として指名されたポンペオ前CIA長官は、CIAに巣食う”柱(抵抗勢力)”を取り除いた実績の持ち主です。連邦政府の予算と紛争の火種をまき散らしてきた国務省は、新たなトップのもとで実質解体されてゆく方向とみてとれます。
巨額の財政赤字の改善を実現させるために、トランプ政権は外の敵とともに内なる敵を容赦なく退治しているのです。
▼軍事覇権から降りて大きく浮く費用の一部は、社会インフラ整備に活用
深刻な米財政赤字の最大の原因は、レーガノミクスの時代と同様に21世紀のいまも、膨張する軍事予算(2017年度:6,190億ドル→2018年度:7,000億ドル→2019年度:7,160億ドル)。そこでトランプ政権は、2018〜2019年度の軍事予算をたっぷり増額のうえ、米軍を中東と朝鮮半島から撤退させることにより大きく浮かす作戦に打って出たと推察されます。
浮かす軍事予算の一部は、社会インフラ建設に振り向けることにより、すっかり荒廃してしまったインフラの整備とアメリカ人の雇用回復のために活用することが可能です。インフラ建設の象徴といえば、メキシコとの国境沿いの”トランプの壁”ですね。すでに壁の予算は多くの事ができる程度まで獲得しているので、浮く軍事費の大半は使われずに済むと想定されます(下記)。
「米軍の再整備のために獲得した7,000億ドルと7,160億ドルのおかげで、多くの雇用が創出されるとともに軍資金が豊かになった。わが国へ麻薬とギャングが流入するのを防ぐために、国境に大きな壁をつくることは国土防衛だ。軍事費で壁を建設しよう!」
「国境の壁を建設・修繕するために獲得した16億ドルで、多くの事ができるだろう」
トランプ米大統領(Mar 25th 2018)Twitter
なお、中東をロシアに任せ海外から撤退する米軍は、新たに国境警備を担当予定(下記)。これまで国務省など軍産複合体に利用されてきた軍人たちへの配慮は、足元の大統領支持率が上昇している要因の1つと推察されます。
「壁と適切な警備ができるようになるまでは、われわれは軍隊と一緒に国境を守っていく!」
トランプ米大統領(Apr 3rd 2018)バルト3国の大統領たちとの会合
最後に、双子の赤字削減への米政権の取り組みは、その1つ1つの唐突な奇策が互いにうまく連携していることから、実は緻密な戦略に基づき周到に準備されたダイナミックな裏技です。世界の経済と地政学に極めて大きな影響を及ぼす、トランプの裏技の次の一手が注目されます。
アナリスト工房 2018年4月5日(木)記事