米国から離れる中国、離される日本

米中は経済切り離し、日米韓は同盟解消への覚悟を決めるときが来た

2019年9月5日(木)アナリスト工房

「捨てる神あれば、拾う神あり」。中国が買わずに見捨てたアメリカの農産物は、これまでの対米貿易交渉の結果、日本が拾って買い取ることを決めました。米産品を"見捨てる神チャイナ"と"拾う神ニッポン"の決断の舞台裏では、本気で貿易不均衡ゼロに挑むトランプ米政権の経済的な狙いがみてとれます。

同時に、東アジアの軍事・社会情勢の大きな動き(日米韓安保を見直したい米政権の意向に沿った日韓同盟の切り離し、反トランプ抵抗勢力による香港デモへの関与など)が、貿易戦争と深く関係しながら進行中。神々の東アジアはいったいどこへ向かうのでしょうか?

▼貿易戦争に無条件降伏した日本の対韓制裁は、米軍撤退への協力

「日米貿易交渉のズバリ落とし所」と「日米安保の見直し」を7月の参院選前にトランプ大統領のツイッターや記者会見でこれ以上繰り返して欲しくなかった日本政府にとって、貿易交渉の続きを選挙後へ遅らせた代償はものすごく高くつきました。

8月のG7仏ビアリッツ.での日米首脳会談は、中国に買ってもらえず大量に余った米国産トウモロコシ(数億ドル相当)を、日本がなんと全量購入することでアメリカと大筋合意してしまったのです(下記)。

「今回の大筋合意は、アメリカにとってものすごいビッグなディールであり、米農民たちにとってものすごく素敵な取引だ!」

トランプ大統領(Aug 25th 2019)日米首脳会談後の共同記者会見

しかも日本の主力輸出品の自動車は、日米首脳会談では関税撤廃が見送られただけでなく、将来の関税制裁への余地が残ったまま。このように日本にとって一方的に不利な日米貿易協定案が、9月下旬までに作成される予定。対米黒字国に不均衡是正を強く迫るトランプ貿易戦争で、対米従属を続けたい日本政府は戦意がなくサッサと無条件降伏したと解釈できます。

また、東アジアから米軍を撤退させたいトランプ政権が突きつけてきた日米安保の見直しを参院選後へ遅らせたことによる日本政府にとってのもう1つの代償は、韓国への貿易制裁を促され実行したために、日米韓同盟の終わりが近づいたことです。

日本政府は8月2日、安保上の懸念(軍事利用可能な電子部品の北朝鮮への横流しなど)を口実に、韓国を安保上の友好国「ホワイト国」のリストから除外することを決定(8月28日施行)。日本から韓国への輸出は、先行して制裁対象となった半導体材料(*)だけでなく他の電子材料・部品や化学品・産業機械についても、個別案件ごとの許可が必要となり取引がままならなくなりました。

6月のG20大阪の共同声明「自由、公平、無差別で透明性があり予測可能な貿易」を懸命に取りまとめた日本政府は、トランプ大統領に促され早くも自ら声明を踏み倒したと推察されます(朝鮮統一を促す日本の対韓制裁)。

なぜなら、貿易と軍事・安保を区別せず併せて対処するのは、深刻な双子の赤字(不均衡拡大した貿易赤字、軍事費膨張が悪化させた財政赤字)に挑むトランプ独特の政策手法ですからね。

韓国政府は8月23日、日本の不自然なトランプ流制裁への報復として、日韓の間での唯一の軍事協定"GSOMIA(軍事情報協定)"の破棄を日本へ通告(11月22日に協定失効へ)。このとき、安保を見直し中のトランプ大統領の狙いどおり、日米韓の同盟関係に大きな亀裂が入ったのです。

日本政府は、米軍海外撤退を推進中のトランプ氏の意向に沿うよう、韓国を制裁しホワイト国から外すことで在韓米軍撤退への協力に応じたと推察されます。ホワイト国から外され日米との同盟関係が薄れる韓国は、2020年までに北朝鮮との国家統一に踏み切るでしょう。

日本の対韓制裁により、たとえ朝鮮半島の非核化への米朝交渉が失敗した場合でも、米政権は韓国からの米軍撤退を遂行できる可能性が高まりました。中ロが後ろ盾となる東側の統一国家での米軍駐留はありえませんからね。

在韓米軍の撤退ともに、朝鮮半島の有事に備える役割をあわせもつ在日米軍も去ってゆく可能性が高い。そのとき、半島統一国とともに"拾う神ニッポン"は、外国の軍隊が駐留しない"真の独立”を拾うことができるでしょう。

▼関係修復が困難な米中は、需要の瞬間蒸発を防ぐため貿易交渉再開へ

一方で米国産トウモロコシの購入を見送った中国は、アメリカとのし烈な関税上乗せ合戦を続けながら、トランプ氏が打ち出した"米中経済の切り離し"に応じる覚悟を見せはじめました。

中国政府は8月23日、アメリカの第4弾の対中関税制裁(中国からの輸入品3000億ドルに対し、追加関税10%を9月1日と12月15日の2回に分けて発動)への報復として、750億ドル分の米国品に5〜10%の追加関税を徴収することを発表(アメリカと同様に、9月1日と12月15日の2回に分けて発動)。中国の関税制裁対象は、自動車、原油、穀物などアメリカの輸出注力品が中心です。

すかさず同日(8月23日)、トランプ大統領は追加関税の第4弾の税率を15%へ、すでに課している第1〜3弾の計2500億ドルに対する税率25%ついても10月1日から30%へ引き上げることを対抗措置として発表。すなわち、中国からの輸入品のほぼすべての関税が5%上昇します。中国の報復に対するトランプ政権の対抗措置は、あらかじめ準備完了だったようですね。

同日(8月23日)、トランプ大統領が発表した中国への対抗措置のなかで最も注目されるのは、アメリカ企業に対し中国から撤退のうえ米国内で生産することを速やかに検討せよとの命令(下記)。

「アメリカの偉大な企業に対し、速やかに中国以外の選択肢(米国へ戻り、製品を国内で生産することを含む)を探しはじめるよう命令する」

トランプ大統領(Aug 23th 2019)Twitter

大統領が非常事態宣言を発令することにより、緊急経済権限法(IEEPA)に基づき、米国企業を海外から強制撤退させることが可能です。中国へ進出した企業の工場の多くがアメリカへ回帰した場合は、トランプ政権の狙いどおり中国からの輸入が大幅削減できるでしょう。

アメリカが巨額の対中貿易赤字を是正するためには、あわせて注力の米国品(農産物や原油)を中国に購入再開してもらう必要があります。また米中ともに、貿易戦争が市場と実体経済に及ぼす激変をできる限り緩和させるため、市場・経済にとって好材料となる貿易交渉をぜひ再開したいはずです。

一方、貿易黒字に伴う稼ぎを対米投資でキャシュバックしてきた中国のマネーで潤い続けたい反トランプ抵抗勢力は、中国本土への犯罪容疑者引き渡しを可能とする「逃亡犯条例」の改正案に反対する香港デモに関与しながら、米中貿易交渉を妨害してきました(下記:**)。

「現実を歪め白と黒を逆にした二重基準を盲従するアメリカの政治家たち(ペロシ下院議長など)は、すでにヒステリーの寸前だ。彼らは、過激な犯罪分子と共謀し、香港で反中国の犯罪事件に狂ったように関与している」

中国外務省の声明(Aug 15th 2019)

幸い、香港トップの林鄭行政長官は9月4日、逃亡犯条例改正案の正式撤回を表明しました。このまま香港デモ隊の交通施設や路上での破壊活動が収まれば、米中貿易交渉は当初の予定どおり9月中に(米中ともに追加関税を引き上げ予定の10月1日の前に)再開する可能性が高い

次回米中交渉の注目点は、1)アメリカが米企業への国内回帰命令を発しないことを確約するか、2)中国が米産品(農産物や原油)をどれだけ購入することを約束できるか、の2つ。とくに、アメリカ産トウモロコシを買わずに"見捨てた神チャイナ"が米産品を快く”拾う神"に変身できれば、米中貿易戦争の悪影響による市場・経済での"需要の瞬間蒸発"がいくらか抑えられるかもしれません。

アナリスト工房 2019年9月5日(木)記事

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*)日本の対韓貿易制裁は、半導体材料(フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素)については、他の制裁対象品に先行して2019年7月4日発動されました。その悪影響を受けて、7月の日本から韓国へのフッ化水素の輸出量は、なんと前月比84%減(日本貿易統計8月29日公表)。

なお、半導体メモリー世界トップシェアのサムスンは、8月中旬から中国製の原料でつくった韓国製の高純度フッ化水素を、メモリー製造工程の一部で使用開始しました(下記)。

「サムスン電子がDRAMやNAND型フラッシュなどメモリー工程に日本製フッ化水素の代替品を投じ始めた」

「サムスン電子は韓国のソルブレインとENFテクノロジーが製造したフッ化水素の納品を受け先月中旬から一部工程に投じ始めた。2つの会社は中国製の無水フッ化水素酸を輸入して日本から輸入していた純度99.999%のフッ化水素の液状製品を作るのに成功した」

「フッ化水素が必要な工程は50工程前後だ。サムスン電子はこのうち1~2工程から日本製に代わり国産製品を使っているという」

中央日報記事(Sep 4th 2019)

『サムスン、半導体工程に8月中旬から韓国製フッ化水素投入』

**)香港デモのリーダー黄氏は2019年8月8日、他のリーダーたちと一緒に、アメリカの在香港イーディー領事と面会している鮮明な写真がツイッターで公になってしまいました。

14年の大規模デモ「雨傘運動」の学生リーダーだった黄氏は、その実績を絶賛した米民主党の重鎮ペロシ下院議員(いまの下院議長)との翌15年の会談が、ペロシ氏自身のツィッターで写真とともに取り上げられています。