高橋財政(1930年代の輸出を躍進)

「我が国が各国に比し早く経済難局から脱出し得たのは、輸出貿易の躍進と、通貨の適正なる供給ということに負うところが多い。(中略)多量の通貨を供給せんとする方策を樹てた以上、我が対外為替の下落は当然のことであった。(中略)物の値打だとか、資本の値打のみをあげて『人の働きの値打』をそのままにしておいては、購買力は減退し、不景気を誘発する結果にもなる。」

高橋是清『経済難局に処する道』大阪朝日新聞1935.1.1-4

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2014年4月10日(木)

アナリストに大切な市場経済の分野でも、遠い昔の歴史が再現されることがあります。

大量の通貨供給でもって為替を下落させ輸出の躍進を図る、現代の「アベノミクス(2012年11月-)」の政策は、実は1930年代に高橋是清蔵相が実施済みです(冒頭)。物価が上がっても人々の購買力が減らないよう賃上げを促す点も、今の状況とそっくりですね。

後に”日本のケインズ”と呼ばれる高橋是清が当時推進した「高橋財政(1931年12月-36年2月)」は、80年の時を経てアベノミクスの手本とされています。

当時の日本経済は、米国発の大恐慌のもと円高デフレを伴う停滞に陥った後、高橋蔵相の金融・財政政策による円安への是正とデフレからの脱却を通じてV字回復を達成しました。

今回は、第2次世界大戦前のわが国を早期に救った、高橋財政の施策と効果を紹介しましょう。

1929年10月の米国株の大暴落で始まった世界恐慌の影響を被ったわが国は、需要蒸発により30、31年のCPI(東京小売物価指数の前年比)がそれぞれ▲14.6%、▲12.7%と急落。輸出総額も落ち込みました(円ベースの前年比は30年:▲32%、31年:▲22%)。

経済成長率は、当時の日本は今の中国のように高成長が期待される新興大国であったにもかかわらず、停滞を続けます(実質GNPの前年比は30年:1.1%増、31年:0.4%増)。

また1931年9月、当時の基軸通貨であった英ポンドは、金(ゴールド)との兌換を停止。為替市場では、金による通貨価値の裏付けを失ったポンドの急落に伴い、30%も円高進行しました(8月:「1ポンド=9.84円」→10月:「1ポンド=7.55円」)。

このままでは、デフレ不況が加速してしまいます。そこで12月、蔵相に就任直後の高橋是清元首相は、ポンドに対抗して円の金との兌換を停止。仕掛けられた通貨安戦争に反撃し始めたのです。

1932年は、段階的な利下げ(公定歩合を6.57%から翌33年7月までに3.65%へ)と並行して、11月に国債の"日銀引き受け"を開始。膨らむ戦費と景気テコ入れに伴う歳出増に対応するため政府は、発行する国債を中央銀行へ直販するといった、必要額を確実に調達できる手段に踏み切りました。

35年末の政府債務残高は105億円(31年末:71億円、32年末:79億円)に急増。債務をまかなう国債のそれまでの発行額のうち28億円が、日銀引き受けによるものです。

引き受けに伴い中央銀行から政府へ支払われる国債購入代金は、政府がそれを財政支出することにより景気刺激の効果を発揮します。また、政府支出に伴う通貨供給量(マネーサプライ)の増加は、1円当たりの通貨価値低下およびインフレへの要因です。

以上の高橋財政の施策の結果、政府支出による有効需要の回復とともに、1932年よりCPIが上向きに転じ(東京小売物価指数の前年比は32年:1.0%増、33年:6.4%増、34年:2.1%増)、日本経済はデフレから脱却。経済成長率も、新興大国にふさわしい高水準へ復帰しました(実質GNPの前年比は32年:4.4%増、33年:10.1%増、34年:8.7%増)。

また為替は、34年10月から39年10月まで「1ポンド=17.14円」近辺で推移し、31年10月の水準に対し56%も円安方向に是正されました。日本の輸出産業は息を吹き返します。

33年、円安で価格競争力をつけたわが国の主力品の綿織物は、ポンド高で競争力を失った英国を抜き、輸出量世界一の座を固めました。

結果、日本全体の輸出総額はV字回復し(円ベースの前年比は32年:23%増、33年:32%増、34年:17%増)、35年には17年ぶりの貿易黒字へ返り咲いたのです。

当時の高橋蔵相主導での金融・財政政策は、円安、低金利、歳出拡大が中央銀行の国債買い取りとともに実施されていることから、現代のアベノミクスと多くの共通点がみられます(図表)。

一方、1930年代の高橋財政が日本経済を支える輸出ならびに経済成長率を大きく伸ばしたのに対し、80年後は東日本大震災後の輸出が伸び悩み貿易赤字額が拡大中です(31年ぶりに赤字転落した2011年:2.6兆円、2012年:6.9兆円、2013年:11.5兆円)。

経済成長率も、直近2013年10-12月の実質GDPが年率わずか0.7%増と伸び悩み、2014年4-6月からは消費増税の悪影響を被りマイナス成長が懸念されています。

足元のアベノミクスが失速気味なのに対し、その手本となった高橋財政はなぜ成功したのでしょうか?

実は、冒頭で紹介した新聞記事のなかで高橋是清の強調している点が、当初は無視されなかなか実施されなかったことが奏功したのです。

現代に活かしたい高橋是清の教訓」へ続く

株式会社アナリスト工房

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<参考文献>

・島謹三「いわゆる『高橋財政』について」(『金融研究1983.7号』日本銀行金融研究所).

・富田俊基「1930代における国債の日本銀行引き受け」(『知的資産創造2003.7号』野村総合研究所).

・畑瀬真理子「戦間期日本の為替レート変動と輸出」(『金融研究2002.6号』日本銀行金融研究所).