現代に活かしたい高橋是清の教訓
2014年5月26日(月)
大胆な金融緩和でもって円安を誘導し輸出を躍進させた高橋是清(1854-1936年)は、
「物の値打だとか、資本の値打のみをあげて『人の働きの値打』をそのままにしておいては、購買力は減退し、不景気を誘発する結果にもなる(大阪朝日新聞1935.1.1-4)」
と、人々の購買力が減らないよう賃上げの必要を強調していました。
しかし実際には、主力の綿産業の名目賃金は、世界恐慌の本格化した1930年からの4年間で29%も急落。産業界は当初、高橋蔵相の意向を受け入れず、繊維産業の女工を中心に賃金破壊を断行しました。
当時の基軸通貨ポンドに換算すると、その間に43%も円安進行しているため、わが国の賃金は60%も引き下げられたのです。
一方、同期間における英国の綿産業の賃下げ率は、わずか9%に過ぎません。
結果、労働コスト減少で価格競争力をつけた日本の主力品は、大幅なポンド高で競争力を失った英国を抜き、1933年には輸出量世界一の座を獲得しました。
1932年からはCPI(東京小売物価指数)が上向きデフレを脱していたのですが、物の値打(物価)があがっても物をつくる人の値打ち(名目賃金)をしばらくあげなかったことが、当時の日本経済の競争力強化に奏功したのです。
なお1935年、わが国が貿易黒字へ復帰するとともに、賃金が大きく上向き基調に転じました。以降、シェア拡大した日本製品を担う女工たちも報われているので、ご安心ください。
それから80年後。現代の主力品の自動車は、2013年度の主要8社の輸出台数が前年度比▲0.5%と、実は輸出が伸び悩んでいます。
自動車の海外販売好調のけん引役は、輸出の3.8倍の台数を担う海外生産です。海外生産台数が前年度比6.9%も増えており、生産拠点の海外へのシフトに歯止めが掛かっていません。
結果、2013年度の日本は3年連続の貿易赤字で、その赤字額が拡大基調です。
生産拠点が国内に戻らず、今の日本の輸出が振るわないのはなぜでしょうか?
為替の追い風の一方で賃金の上昇基調のもとでは、輸出の価格競争力をつけることが困難だからです。
2013年度の平均円相場は前年度に対し17%円安の水準ですが、産業界が政府からの賃上げ要請に押されたため、規模30人以上の製造業の名目賃金指数(現金給与総額)は前年度比1.3%増。輸出が伸び悩んでいるにもかかわらず、労働コストが早くも上向いてしまいました。
2014年度以降も、政策目標に掲げる年2%物価上昇のもとでも国民の購買力が減退しないよう、さらなる賃上げ圧力が想定されます。
消費地の外国での生産の動きが強まるなか、いっそうの労働コスト負担を強いられる国内拠点への回帰ならびに輸出の躍進は期待薄です。
以上、1930年代の高橋財政は輸出の競争力をつけて貿易収支の黒字化の達成後に大幅な賃金上昇を実現できたのに対し、現代のアベノミクスは賃上げから始めてしまったため競争力がつかず貿易赤字が深刻化しているのです。
アベノミクスが手本としている高橋是清の経済政策は、その理念のままでなく産業界が"成果報酬(成果を上げた後での報酬引き上げ)"の原則に沿った修正を英断したからこそ、見事成功したのです。
2014年度の日経平均対象225社の予想純利益は、前年度に対しわずか0.7%増(5月23日時点の会社予想に基づく)。企業業績が伸び悩むなか、さらなる賃上げを続けてゆくのは無理な状況です。
「あわてる乞食はもらいが少ない」といった悪循環から抜け出すためには、再び産業界の理にかなった英断を期待しています。
産業界による経済政策の修正のほかにも、現代に活かしたい教訓がもう1つあります。中央銀行の国債買取りでの歳出急増は、長く続けてはならないことです。
1935年以降の高橋是清は、自分の命に代えても、大胆な金融緩和を終える姿勢を最期まで貫きました。
「緩和策は続けるな(高橋是清の教訓2)」へつづく
株式会社アナリスト工房
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<参考文献>
・富田俊基「1930代における国債の日本銀行引き受け」(『知的資産創造2003.7号』野村総合研究所)
・畑瀬真理子「戦間期日本の為替レート変動と輸出」(『金融研究2002.6号』日本銀行金融研究所)